第7話 ディスコルディア計画


 ──おーい! おーい!


 度重なる衝撃音を聞きつけ、港町ポートタウンに続く道から住民が様子を見にきたようだ。


 木々が倒れ、地面がひび割れ、ところどころが焼焦げている。変わり果てたその場所には二人の子供が倒れていた。


「リーネ! 大丈夫か! ソラ! しっかりしろ!」


 外傷はない。しかし、二人の意識はなく、ぐったりとしている。

 ひとまず子供達を安全なところへ……!!


 一体、どうなっているんだ……この跡は……? マザーは……? 何が起こっていたんだ──





──ここはグリモア大陸のどこか。暗雲が立ち込め、城のような建物から漏れる灯りが辺りを不気味に映し出す。

 その城内。長い廊下を石の壁に掛かる蝋燭が照らす。二人の会話は石の壁に跳ね返り遠くまで響いている。


「おいマグ! お前テレサにボコられたんだって?」


 ライオンの獣人に絡む細く引き締まった男。つり上がった目を更につり上がらせて揶揄からかっている。無論のこと、傷が残る体とその事実を喜んでいる。


 マグリットは痛い所を突かれ、苛立ちを全面に出す。


「黙れ! その分厚い面を食いちぎってやろうか」


「あぁん? やってやるよ。その邪魔そうなたてがみもいらねぇよなぁ?」


 薄暗い廊下で歪み合う二人。交わした視線には火花が飛び交う。一触即発、そんな時……


「マグリット、サルバド、どうでもいい事を城内に持ち込むなといつも言っているだろう。貴様ら場所をわきまえたらどうだ。」


 後ろから呆れた声が近づいてくる。歩いてきたのはゲルニカ。その隣には、露出の多い際どい服を着た、長身の女性が歩いている。


「二人とも血だらけの方がお似合いよ! ねぇ、早く始めてよ! 私が傷を見てあげるからさぁ」


 彼女は傷ついた二人を想像し、妖艶な表情を浮かべる。あぁ……マグリット! その傷、私が治してあげるってば! サルバドも怪我しようよ?


 サルバドは両手を上に挙げ、大袈裟に降参を示す。二人の横をゲルニカが追い越すが、彼女は間を陣取り、二人の腕を引いて歩く。


「グレイだけはごめんだぜ。マグ、今日のところはお預けだ」


「ちっ、気に食わねぇがそれだけは同感だ」


 長い廊下に四人の足音が響く。あれだけ罵り合っていた二人だが、間にグレイが入ったことで急に静かになった。


 普段、これ程に静かだと過ごしやすいのだがね……と、先頭を歩くゲルニカが嫌味を吐く。


 廊下を照らすいくつもの蝋燭ろうそくを、四人の影が通り過ぎる。突き当たりに行き着くと重厚な扉が現れた。それをゲルニカがゆっくりと押し、四人は中に入る。


 大きな空間が広がる部屋を、吊り下げられたシャンデリアが微かに照らす。中央には細長いテーブルが用意され、先に着席している三人の人影が見える。


 そのうちの一人が立ち上がるや否や、入ってきた四人を咎める様に声をかける。


「ナンセンスだよ。遅いじゃないか! 君たちは僕の様に美しく生きれないのかい?」


 白髪の魔族が椅子から立ち上がると、大きな身振り手振りで話し出す。背中の翼もそれに含まれる為、動きが煩くてしょうがない。


「決めた。エンシーレ、お前は前から気に入らねぇと思ってたんだよ……鬣よりも先に……そのうるせぇ翼をむしり取ってやるよ!!」


 サルバドは腰掛けからダガーを取り出し、勢い良く走り出す。

 扉の前に残された三人は、呆れながらゆっくりと席に向かう。いや、内一人は、イライラしながら爪を尖らせ、もう一人は、早く血が流れないかと目を輝かせていた……


 サルバドのダガーを、翼で受けようとするエンシーレ。互いが衝突するその瞬間……


「ああ……いつもこの有様だ。君たちには相変わらず、絶望の感情しか湧かないよ……」


 二人の前に穴が出現する。翼とダガーは目の前に空いた穴に消え、彼らの後ろから姿を見せる。背後に現れた穴から翼とダガーが自分を襲い、結局、自らの攻撃で傷つく羽目になった二人。


「ぐあっ、なんて硬い羽だ! 自分で惚れ惚れとしてしまうよ!」


 どんな場面でも自己陶酔をし始めるエンシーレ。


「痛ぇ! ちくしょう、お気に入りの革ジャンが破れちまった!!」


 サルバドは腕を軽く負傷し、血が肌を伝う。それが分かるや否や、グレイは目を輝かせて飛び付いてくる。


「あーんフィンセントありがとう! さ! サルバド! 傷を見せてー!」


 すかさず、サルバドの傷に光を纏った手をかざす。


「ぐああああああ痛ぇぇぇええ……」


 痛々しい絶叫が広い空間に響に渡る。

 グレイはその響きを全身に浴びながら恍惚こうこつ感に浸っている。


 グレイもいい加減にしたまえ……わしはどれだけ絶望すれば良いのだ……

 全身をローブで包み込み、フードを深く被っている為、フィンセントの表情は見えない。


 席に着いたゲルニカが、椅子に座り無言を貫く彼を見て、ため息を吐く。


 イカれた奴が多くて全てが嫌になる。もう少し、デ・ゴヤを見習って欲しいものだ……


「…………………………」


 ゲルニカが声をかけるが、この反応に慣れているのだろう。気にする様子もなく周りに視線を向ける。声をかけられたデ・ゴヤは、表情が見えなければ、微動だにもしない。ただ、そこに存在しているだけかの様だった──



 ──その時、広い空間に強い風が流れ、シャンデリアの灯りが消える。暗闇に包まれた広間は一瞬で静まり返る。


「皆んな元気が有り余っているみたいだね。少し黙ろうか」


 細長いテーブルの端にあった空席に、誰かが着席した気配を感じる。暗い空間を徐々にシャンデリアが照らし始める。ただ、先程より細々しい灯りが点くだけで、端に座る誰かはまだ暗闇の中にいる。


「ゲルニカ。成果を教えて」


 ゲルニカは襟を正し、仮面を付け直し、服装を整えて返事をする。他の六人は既に席に着いた様だ。


「エリス様、申し上げます。テレサ・プロメッサの感情が強大過ぎる故に、奪い取る事に苦戦しております。しかし、予定より感情を一つ多く持ち帰る事が出来ました」


「うん。ゲルニカ、マグリット、二人とも良くやったね」


 表情は見えないが、穏やかな口調の奥に冷たいものを感じる。少しでも返答を違えば命はない、そんな緊張感が七人の間に張り詰める。


 「ディスコルディア計画は、順調に進んでいるみたいで安心したよ」


 この世から感情を消し去るには、相応の強い心が必要……喜び・悲しみ・怒り・恐怖・信頼・嫌悪の基本感情。そこに愛と怨を加えた八つの強い心を集めるんだ。


 争い、血を流し合う事で強い感情が湧き出し、感情が湧き上がるからこそ荒波が立つ。


 平和に見せかけられたこの世は荒波だらけだ……感情がある限り、この争いの輪廻は止まらない。


 見せかけの平和は飽き飽きだよ。感情なんて実にくだらない。湧き上がるからこそ波が立つ。そんなものは全て失くなればいい。私たちでこの馬鹿げた流れに終止符を打ち、穏やかなで荒波の立たない世界を迎えよう。


 七つの波紋ゼノゲミュートの皆んなには期待しているよ。さぁ、まずは強い感情を集めるんだ。その為に、争いを仕掛けたって構わない。手順がどうなろうとも、行き着く先が凪であればそれで良い。

 共に平和な未来を築く為、これからも手を取り合って行こうか──


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