第2話 空間の歪み


 マザーの朝は早い。二人が起きる前に衣服を水に通し乱暴に洗う。その後、外にかかっている紐に投げつけて乾かすと、次は朝食準備に取り掛かる。昨日、残しておいた野菜をめった切りにして鍋に放り込む。そうしたら、そろそろ二人が起きてくる頃だ。


「マザーおはよう……」


 ソラが目をかきながら起きてきた。普段は綺麗な茶色い髪の毛も、朝だけは別らしい。


「マザー! いい朝だわ!! おはよう!!」


 朝からリーネが快調に飛ばす。今日はソラの方が少し早く起きてきた。


「君達! 朝から元気がいいな! おはよう」


 その後に続けて愛してるぞ、と言いながらそれぞれのおでこにキスをした。


「さあ! 今日はみんなで町にでようか! さっさとたいらげてくれたまえ!」


 切り刻まれ、原型をとどめていない何かのスープを二人は元気よく口に運んでいる。マザーは煙草を吸いながらその姿を離れて見守る。心地の良い、いつも通りの朝の光景。


「町から帰ったら魔法の練習だ。 今日はソラも一緒だな!」


「ふん! はかった!」


「ホラ! くひのなかなくなっへはらしゃへりな」


「二人とも飲み込んでからでいいぞ。何て言ってるか分からないからな」


 二人を見守るマザーの視線は温かく、それだけで愛の深さを感じられた──




 ──二人は食事を終え、町にでる支度を進めている。


「そろそろ出かけようか。君達、今日は荷物持ち頼んだぞ!」


 マザーが外で煙草を吹かしているところ、ようやく支度を終えた二人が出てきた。


「マザー! ぼく、傷を治してるところ見ていてもいい?」


「わたしも! わたしもみる!」


 二人は魔法を見るのが好きだった。たまにマザーが町に連れ出してくれる時があるが、その時は決まって、魔法で傷を癒すマザーの側を片時も離れずに見つめていた。


 三人は仲良く並びながら、周りの空き地から町に続く一本道へと向かう。


 ……その時、道がぐにゃりと歪み始めた。いや、正しくは道が見えている空間が歪む。そこに不気味なオーラが流れだす。歪んだ空間からは、二人の男が何やら互いに文句を言いながらこちらに歩いてくる。


「あー、大陸グリモアの端っこまで移動するなんてイライラするぜ。もっとマシな方法はないのかよ」


「移動させているのは私だ。少しは感謝したらどうだ。こんな奴と一緒だなんて……まったく嫌気が差す」


 体格の良いライオンの獣人の男が、マントを羽織り、歪んだ仮面を着けた男に文句を言っている。二人には、顔を隠した女神の紋章が刻まれているのが見える。


「さっさと終わらせて帰ろうぜ。こんなの、俺様じゃなくて他の奴にやらせればいいんだ」


「仕方ないだろう。今回は相手が相手だ」


 しばらく二人で言い合った後、仮面の男が三人に向かって話しかける。


「ご機嫌ようマザー。それに子供達。少し我々に協力していただきたい」


 男の丁寧な物言いが、気味の悪さを更に助長する。隣の獣人は常に何かをぶつぶつと呟いている。


「誰だお前ら。荷物持ちはもう足りてんだ。他を当たりな! それとも何だ? 過去に私に惚れた奴らか?」


 マザーは後ろにソラとリーネを隠れさせ、強気に言い返す。


「ったくお前は回りくどいから話が進まねぇんだよ。おい! 大人しくついて来い! こっちは長い距離を移動してイライラしてんだ……!!」


 獣人の口元に赤い光が集まり出す。更にたてがみを逆立てると狙いをこちらに定めた……!!


「怒りの魔法……!!」


俺様の雄叫びライオネル・シャウト……!」


 放たれた魔法が真っ直ぐに突き進み、土煙と共に地面をえぐりながら猛スピードで近づいてくる……!!


「ちっ、君達!後ろから離れるなよ……!!」


 マザーはすかさず両手を前に突き出す……!


「慈愛の魔法……」


 優しい光がマザーの正面に集まり出す……


女神フロディア加護プロテクション……!!」


 相手の口から放たれた魔法が着弾し弾け飛ぶ!! 魔法の衝突で空気が轟き、周りの木々が音を立てて揺さぶられる。遅れて到達した土煙は、三人を飲み込むと対峙している二組を隔てた──



 ──僅かな静寂が流れ視界が開けてくると、抉り取られた地面は、三人へと続く真っ直ぐな道を作り出していた。


「な……無傷だと!? 俺様の魔法だぞ!?」


「貴様も落ちたものだなマグリット」


「うるせえ! お前は引っ込んでろ!!」


 ライオンの獣人、マグリットと仮面の男が再び喧嘩を始める。マザーはこの隙に後ろの二人に距離を取らせる。


「リーネ! ソラ! 森の中に隠れろ!! 出来るだけ遠くに走って距離を取れ!」


 二人は小さく頷くと、家の裏に広がる森へと駆け出す。それを見届けると目の前の敵を睨め付ける。


「おいおい、余り私に手を出すなよ? 私に惚れると火傷するぜ……!!」


 マザーは両腕を伸ばし、手を重ね合わせると光が集まり出す……


「慈愛の魔法……」


 咥えていた煙草を敵に向かって吐き出し、すかさず魔法を放つ……!!


愛の業火アドア・バーン……!!」


 放たれた業火は煙草を一瞬で塵に変え、抉られた地面を焼き尽くしながら進んで行く……!


「おい! ゲルニカ!!」


「分かっている!!嫌悪の魔法……!!」


 仮面の男、ゲルニカの正面に黒い光が集まり出す……!


空間スペイシャル辟易ディスガスト!!」


 凄まじい魔法の衝突に轟音が響き渡る!! 拒絶された業火は空へと道筋を変え、空間を焼き焦がした。


「熱っ!あっっつ!!たてがみが焦げちまった」


「ははは! は未だ健在ですか! 愛情の魔法使い、テレサ・プロメッサ!!」

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