感情のソーサラー

よるのとびうお

第1話 感情の魔法


 青い炎が見える。


 真っ暗な暗闇から少し先に映る町の景色に見覚えはない。


(そこにいるのは誰……?)


 呼びかけても反応はなく、ぼくの声だけが暗い空間に響き渡る。他に何も聞こえない。周りを見渡しても、終わりの見えない暗闇が広がっている。


 ここで分かる事といえば、目の前に町が映し出されていること。そこで多くの人たちが走り回っていること。時々、眩しいほどの光が飛び交うこと。そして、町が青く燃えていること。これくらいだっけ──




「……………………きて!」



「……………ソラ!起きて!」


「……もう! 今日はわたしが魔法を見せてあげる日だよ! そろそろ起きて!!」


 ぼくは目の周りの水分を拭き取りながら身体を起こす。うう、頭が痛い。


 起こしてくれたのはリーネ。目は瑠璃色に透き通り、頭の後ろで束ねた金色の髪の毛が窓から入る風で揺れている。


 ぼくは覚えてないけど、小さい頃にマザーに拾われたらしい。それからここの孤児院で育ち、ついでに魔法も教えてもらっている。と言っても、ここにはマザー含めて三人しかいないんだけど。


「またあの夢を見てたの? 大丈夫?」


「……リーネおはよう。うん。まだ頭がぼーっとするけど……あれ、もうマザー出かけちゃった?」


「もうとっくよ! マザーがいるうちに始めたかったのに!!」


「ええ!? 何でもっと早く起こしてくれなかったの!!」


 ずっと起こしてたわよっ、と愚痴をこぼしながらリーネは部屋を出ていく。


「先に外で待ってるから、早く支度してよね!」


 マザーはいつも、麓の港町ポートタウンに下りては食材や必要なものを分けてもらっている。そのお礼に、傷の手当てなどをすることで、町の人とは支え合って暮らしている。

 

 おはようくらい言いたかったのに……って早く支度しなきゃ! ぼくは大急ぎで支度を済ませて外へ出た。


「遅いじゃない! 早く始めるわよっ!」


 よっぽど魔法が好きなんだろう。最近、ついに魔法が発現した事も相まって、魔法が絡むといつもこうだ。


「じゃあ今日は魔法の基礎から始めるわね!」


 まず人には、喜び・悲しみ・怒り・恐怖・信頼・嫌悪の六つの基礎となる感情があるの。その中で、最も強く感じた心の魔法が使えるようになるわ! そう、この前の私みたいにね!


 そう得意げに語るリーネはこれでも通常運転だ。ちゃんと聞いてるからドヤ顔でこっちを見ないでよ……と思いつつも相槌を打つ。しかし、まだ胸に手を当ててポーズを決めているリーネにぼくは、更にはいはいと反応してみせそれを流す。それを見て満足したのだろう。続きを語り出した。


「魔法が使える人は少ないから、この歳で発現したわたしは天才だわ!」


 でも魔法はこれだけじゃないの! 例えば喜びの感情には楽しい気持ちや嬉しい気持ちがあったり、悲しみの感情には痛いや苦しいがあるの! でも、愛とうらみの感情は基本感情に含まれないわ! ソラくん。あなたは分かるわよね?


 相変わらず大好きな魔法を語れて楽しそうだ。でも今日はいつもよりスイッチ入るのが早いなぁ……


「はい。それははぐくまれる感情だからです」


「その通り! だから基本はこの6つの感情に全てが分類されるわ!」


 それから! と言い、リーネが正面の木に向かって両手をかざす。


「魔法を使う時は、その感情が一番表に出ていなきゃいけないの!」


「楽しみの魔法……!!」


 かざした手に黄色い光が集まりだす……


心の矢プリザント・アロー……!!」


 手から放たれた魔法は空気などものともせずに突き進み、見事に木の幹に命中する。


「す、すごい……!! 本当に魔法が使えるようになってたんだ!」


 ふっふっふっ、と彼女は更に満足げな表情を浮かべた。でも、楽しい気持ちを他の感情が上回っちゃうと発動できないから、そこは要注意よ! っと慣れないウインクをしてみせた。これは絶対マザーの真似をしていると分かったが……それより。


「よし、リーネができたんだ……ぼくだって!」


 ぼくは手を前に突き出し、リーネと同じ木に狙いを定める。


「魔法よ! 出てこい!!」


 途端に僕の手は光を放ち……放ち……放ち。


「ダメだ全然出てこないや……」


 ぼくは手を下ろすとその場に寝転がった。マザーやリーネだって魔法が使えるのになぁ。


「ふふっ、魔法が使える人なんて少ないんだから気に病むことはないわ。」


「魔法は感情を知り、感情は自分を知る事に繋がる。っていつもマザーが言ってるでしょ? 今日はこのまま一緒に瞑想でもしよ?」


 うん。ぼく達はまだ小さいし、大人になったらたくさんの感情が湧くはずだもんね。今は瞑想して自分の感情を知る事が大切なんだ。

 青々と茂る植物に見守られ目を閉じる二人。穏やかな空気が流れ、空にはいくつかの雲がゆっくりと進んで行く──



 ──おーい! おーーい!


 あ、マザーが帰ってきた! 後ろには何人かの男の人を連れている。また、無駄に手伝わせてるみたいだ。


「君達、ちゃんと鍛錬してて偉いな!」


「マザー! わたし今日も魔法出せたよ!」


「リーネ! それは凄い! あ、後ろのお前達ありがとな、もう帰っていいぞ」


 リーネがマザーに声をかける。マザーはいつも煙草を咥えていて口が悪い。でも、修道服を着ていても分かるほどスタイルが良いから、男を手玉に取るのが上手いんだって町の人が言ってた。


「マザー、今日も金髪が似合ってたっす。また何かあったらいつでも言ってください。じゃ」


「おうっ!荷物持ちありがとう! またよろしくな!」


 でも、町の人も嬉しそうだし、これはこれでいいのか。と一人でぼそぼそ言っているとマザーがこっちに突っ込んできた……!!


「君達ー! 愛してるぞー!!」


 ぼくたち二人を抱きしめては頭を撫で回す。おかげで目が回りそうになったけど、ぼくたちもマザーが大好きだ。二人で一緒に抱き返す。


「「マザーおかえりなさい!!」」


「ただいま! さ、夜ご飯の支度でもしようか! 二人とも頑張ってたみたいだし、いつも通り私が腕を振るってやろうっ!」


 マザーはぼく達にウインクをしながら荷物を渡してきた。ほら、やっぱりリーネはマザーの真似してたんだ……


 そして三人は夜ご飯の支度を始めた。マザーは町で貰ってきたものを片っ端から鍋に入れて煮込んでいる。


「ソラはもう10歳になるんだもんな。あと6年もしたら立派な大人だ。そろそろ私が直々に魔法と言うものを教えてやろう。」


「本当!? ぼくにも魔法が出せるかな!」


「ああ! ソラは強い心を持っているから、きっと使えるさ」


「わたしの方が二つもお姉さんで、わたしの方が魔法もできるけどね!」


 リーネが横槍を入れてきたのでぼくも反発する。ぼくは大人になったら大陸中を巡るんだ! それで、いつかマザーよりも凄い魔法使いになる!!


 はいはい君達は元気があってよろしい。さぁ、出来上がったから席に着きな! そう言ってマザーはぼく達の頭を撫でた後、鍋で煮込んだ物を取り分けた。中には魚の頭や何かの屑がたくさん入っている。


「愛しの君達、ご飯を食べながら、今日はどんな事を学んだのか話を聞かせてくれ」


 「あのねあのね! 今日、ちゃんと狙ったところに当たったの! それでね……」

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