第59話 詫び石
慌ただしく動き回るステラシリーズ、ゲームアプリ「ノワール・グリモワール」の中では緊急メンテナンスが行われていた。同じ場所でジェイドシリーズも駆け回っている。無数にあるモニターからはウィリアムシリーズの指示が飛び交っていた。
「ジェイドシリーズは総ダメージ数の測定をお願いします!」
「ヒット数と1発ごとのダメージと乱数もしっかり抑えて下さい!」
「ステラシリーズは、挙動と環境への負荷の確認を!」
「ジェイド・特技調整班、人員足りてません! どっかから回せませんか!?」
「ステラ8823号、AからCまで挙動確認完了です! 次はどこですか!?」
過去に例を見ないアップデート1週間延期、リリースを直前に控えた最後のデバックで予期せぬ不具合が発見された。
新しく実装される予定のキャラクターの特技に、フィールド上の壁を貫通してレーザーを放つ攻撃が搭載される予定になっている。
新しく追加予定のマップでは問題ない仕様だったのだが、その特技を通常ストーリーモードにあるマップで使用すると、あり得ないところから敵を攻撃できてしまう。
これによって、本来の予定されている手順を踏まずに遠隔から敵を倒してしまうと、ゲーム進行上開けないといけない扉が開かなくなるバグが発見されたのだ。
1つ見つかると、それに近い症状が複数の箇所で起こりえることが確認された。ステラシリーズは、現状実装されているすべてのゲームマップを遡り、バグの発生箇所を修正している最中だった。
「マップをつくり変えるより、新キャラクターの特技を調整した方が早くないですか?」
「ユーザーにはまだ情報出回ってないけど、新キャラクターの基本スペックは一部の界隈にはすでに公開されてるそうよ?」
「『一部の界隈』ってなんですか?」
「うーん、なんだかよくわからないけどこの世界の繁栄を喜ぶ人たちがユーザーのいる世界にいるみたいなのよ? そこの偉い人だとかなんとか……」
「追加キャラクターの情報とそれに伴う利益の試算がすでに出ているから、下手に調整できないって聞いてるわ?」
メンテナンス関係ではまったく役に立たないクロエシリーズは、いつも通りユーザーの監視とガチャの調整をしていた。しかし、本来実装されるべき時期に新しいガチャが実装されていないため、既存のガチャもほとんど回されていない。
それに加えて、彼女たちの業務を管理・監視しているウィリアムシリーズもメンテナンスに手を取られているため、クロエシリーズの現場はいつもより弛緩した空気が漂っている。
「1822号は、次のガチャをどう見ていますか?」
ユーザー同士がよく協力プレイをしているため、自然とよく話をするクロエ1730号と1822号。彼女たちも他のクロエシリーズ同様に、いつもより緩めの空気で業務に当たっていた。もっとも両者の担当するプレイヤーは揃って、ここ数日はゲームのプレイ時間が極端に短くなっている。
「うーん……、まずは記念での配布スフィアと詫び石使わせないとね。後者は想定外だし」
「詫び石」、ゲームアプリで不具合などがあった場合にユーザーへの補填としてゲーム内アイテム、ノワール・グリモワールの場合だとスフィアを配布することを指している。
ソーシャルゲームの先駆けとなったとあるゲームの配布アイテム名が「魔法石」だったゆえに、お詫びの魔法石が「詫び石」と呼ばれるようになったと言われているが、真相は定かではない。
ともあれ、今回のアップデート延期により10(+1)連ガチャ1回分くらいのスフィアが全ユーザーに配布予定となっている。全クロエシリーズは一旦、これらをユーザーから奪い取るのが目標となった。
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