第48話 排出率

「いやー……、1822号。やってやりましたね?」


 プレイヤー監視用のモニターを見つめながら小さな声で笑うクロエ1822号。その横で彼女を見つめて話しかける1730号。


「ふっ……、ふふふ、ふはははははっ!! やった! 貯め込んだスフィアを搾り取ってやったわよ!」


 例によって心の声が口から盛大にもれるクロエ1822号。普段なら近くのクロエシリーズに咎められるところだ。ただ、周りにいる他のクロエも、1822号が課金誘導に苦戦し、ウィリアムシリーズから叱責を受けて落ち込んでいたのを知っている。

 ゆえに、今回は高らかに声を上げる彼女を暖かい目で見守っているのだった。



 クロエ1822号が担当するプレイヤーは、5,000個を超過するスフィアを貯め込んでいた。その彼が今実装されているガチャを回すのを確認すると、彼女は1の排出を強烈に絞った。

 それは、どのプレイヤーも共通して手に入れようと躍起になっている「ホメ子」というキャラクターだ。


 1822号は、このキャラクターの排出を絞る……、というより、もはや「排出されない状態」にしていた。いくらガチャのキャラクター排出をコントロールする権限のあるクロエシリーズでも極端な調整は指導の対象となる。


 それは、ユーザーに提示されている「排出率」から大きく逸脱するからだ。レアなキャラクターを出し過ぎてもならず、絞り過ぎてもいけない。このバランスを上手にとりながら、プレイヤーの心理を課金へと誘導していく。それがクロエシリーズの使命なのだ。


 しかし、今回クロエ1822号は捨て身の方法に打って出た。スフィア1,000個消費することで未所持のSSランクキャラクターを手に入れられるプレミアムキャラチケット、これによって確定で手に入る状態がつくられるまで「ホメ子」を絶対に出さないと決めていたのだ。


 スフィアを大量に消費しても目当てのキャラクターが手に入らなければ、プレイヤーの心を折ってしまう。そうして、アンインストールしたプレイヤーの話を何度も見聞きしていた。

 それでも彼女は、5,000個を超えるスフィアを消費させるために、ある種の賭けに出たのだった。



 そして、クロエ1822号はその賭けに勝った。


 本当に驚くほどの短い時間に貯め込んだスフィアは次々とゲームシステムに消化されていき、あっという間に底をついたのだ。


 その瞬間の1822号の表情を見ていたクロエ1730号はこう思っていた。


『まさに起死回生……、1822号は今、この瞬間に蘇りました』


 クロエ1822号は目をギラギラさせて、モニターを見つめながらまだ余韻に浸っている。きっと対照的に、ゲーム画面を見つめるプレイヤーは絶望的な表情をしていることだろう。


『さぁ……、手持ちは尽きたわ。次こそ課金に引っ張り込んでやるわよ!』


 彼女はかつてないほどの意欲をここに覗かせるのだった。

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