第42話 決戦
クラスの劇が始まる1時間前、オレたちは教室に集まって衣装に着替えたり、メイクをしてもらったりしていた。
ユージのムキムキ女装姿は、わかっているクラスメイトであっても笑いが零れている。本番中に吹き出さないか本気で心配になってきた。
アキはTシャツにジーンズ姿で、「男装」といっても普通の恰好だ。ただ、髪は黒に染め直して、短く見えるように纏めている。担任の教師からは「ずっとその髪色のままにしとけ」と言われていた。
彼女はオレの顔のメイクもやってくれた。当たり前だが、自分で化粧をするようなスキルは持ち合わせていない。化粧を施されている最中は、アキとの距離が近過ぎて目のやり場に困り、結局は目を瞑っていた。バニラみたいな甘い香りだけがずっと鼻腔をくすぐっていた。
オレは元々痩せた体型なので、女物の衣装も難なく着ることができる。あとは、誰が持ってきたかわからない肩あたりまでの茶髪のストレートヘアの
顔のメイク含めて完全な女装姿を披露したのは今日が初めて。クラスメイトからは今までに経験したことない視線を向けられた。あまり付き合いのない女子生徒から「可愛い」の声が聞こえてくる。
「やっぱり私の思った通りよねぇ、シュウの顔は女装したら映えるわけですよ?」
アキは大きめの鏡をオレに向けてきた。そこに映る自分の顔を見て、「顔だけならたしかに女子だな」と思ってしまった。少しだけ姉の顔に似ているような気もする。
舞台の始まる15分前、アキはクラスの全員に向けて激励の言葉を送った。
「今日までみんな居残りいっぱいして、しんどい練習いっぱいやってきたからね! あとは『楽しむ』しか残ってないから、思いっきりやってやろうよ!!」
その言葉は、今日まで誰よりも真剣に準備と練習に取り組んでいた彼女の姿を知っている者にとても響いたと思う。オレがそうだったから……。
人前に立つ、目立つことをずっと避けてきたオレにとって体育館の舞台に立つなんて何年振りだろうか。
並べられたパイプ椅子にたくさんの人が座っているのは見えたが、暗くて誰が座っているかなんて到底わからない。照明に温度を感じるなんてオレの記憶にない経験だ。光の当たった舞台はこんなにも暑いのか、と思った。
演技の上手いとか下手とかなんてわからない。強いて言うなら数回の出番のなかで台詞を飛ばさず、一度も噛まずにやりきったので、オレのなかではもう満点だ。
本番前、結局オレも人並みかそれ以上に緊張していたのか、ユージの緊張をほぐしたりとかアキがどうしてるとかを気にしている余裕がなかった。気付いたら出番がやってきて……、そして、気付いたら終わっていた。
劇は滞りなく進み、最後は役者全員が舞台に出て、観客席へ向けて大きく一礼をして終わった。大きな拍手を身体に浴びて、ゆっくりと照明がおとされていく。その瞬間の記憶だけがやけに鮮明に残った。
照明が完全に消え、舞台袖にいったところで一気に感情が爆発した。極度の緊張からくる疲労感と、それを遥かに上回る高揚感、さらにここにいるクラスメイトとそれを共有する一体感……。
次に控えているクラスがある都合、舞台袖から体育館の外へ出て、校舎とをつなぐ渡り廊下の前でみんな集まり、そこでそれぞれのがんばりを称え合った。女子生徒の何人かは涙を流したりもしている。
オレは女装姿のまま、同じく舞台衣装のままのユージとお互いを称え合い、同時に無事に終わったことを安堵していた。すると、そこに顔を出したアキが両手で、オレとユージそれぞれの手を片方ずつ引いてクラスのみんなから少し離れたところへと連れていった。そこで待っていたのはナッキーさんだ。
「みんなお疲れ! すっごく良かったよ! いっぱい笑えたし最後はちょっと泣きそうなっちゃった!」
ナッキーさんはいろんな形容を用いてオレたちの舞台を褒めちぎってくれる。アキはそれを聞きながら、オレとユージもよくやったと褒めてくれた。煽る以外に褒める、もできる女だったのか……、と今更ながら思った――というのは冗談だ。
「せっかくだから3人の写真撮らせてよ!? あとからちゃんと送るからさ!」
オレたちはナッキーさんに言われるがまま、体育館を背に3人で記念撮影を撮ってもらった。いろんな角度から何枚撮っているんだろう、というくらいに電子的なシャッター音が続けて鳴っている。
「せっかくだからナツキ姉さんも一緒に撮りましょう!?」
アキの思い付きで、ナッキーさん含めた4人での記念撮影もした。なんだかとても心が満たされている。クラスが優勝した体育祭ではまったく感じなかった気持ちだ。ユージの顔を見ると、彼も珍しくはじけそうな笑顔をしていた。
ナッキーさんの言葉があって、アキが引っ張ってくれなかったらきっと味わうことが無かった気持ちなんだろうな。オレはナッキーさんに心から感謝して、同じくアキにも初めてかもしれない感謝の気持ちを感じていた。
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