第36話 勝利

 体育祭の午後、出場種目がないオレはぼんやりと目の前の競技を眺めていた。いや、競技と一緒に目に映るアキの様子を目で追っていた。そう……、彼女は「目で追う」ほど、競技に出場していないときでも動き回っているのだ。


 体育祭で、普段は気付かなかった「片桐 玲」という女子についてオレは知った。


 まずは思っていたよりずっと運動神経がいいこと、とにかく足が速い。体育の授業は男女別々なので、彼女の運動能力を目にする機会がなかった。1年の時も同じクラスで、当然体育祭もあったわけだが、意識して見ていなかったのだ。


 もう1つ気付いたのは、「体育祭」というイベントに全力で挑んでいることだ。彼女はクラスの応援団長に立候補していた。自分が競技に出ている時も活躍しているのだが、そうでない時もずっと大きな声を出して応援の音頭をとっている。

 ときには、次の種目の案内をしたり、入場口への集合時間を伝えたりもしていた。


 実際にオレは午前中の棒倒しの際、彼女の案内で入場口へと向かった。それがなかったら集合に遅れていたかもしれない。



 陽キャラたちがこうした学校イベントに熱くなるのはよくあることだ。オレの経験では、中学校時代もそうだった。ただ、当時からそれをどこか冷めた目で見つめ、できればこちらを巻き込まないでほしいとすら思っていた。


 彼らと同じようにオレはイベント事を楽しめない。楽しもうとも思わない。ただ、「全員参加」みたいなよくわからない協調性を押し付けないでほしい、と思っていた。


 ついさっきまでのオレもそう思っていた。ただ、アキの姿を眺めていると違った感情が芽生えてきた。オレみたいな人がいることを承知の上で、それでも楽しませようと努力してるじゃないか、と……。


 それにオレと同じような考えのやつばかりだと学校行事なんてものは成り立たない。アキのように、引っ張っていく人がいることで初めてこうした行事は成立する。

 その意味では、イベントの運営面で1mmも努力していないオレはむしろアキやその周りの人たちに感謝すべきなのかもしれない。乗り気になっていないオレは彼女たちの存在に甘えているのだけなのか……。



 競技の結果をほとんど追っていなかったのだが、どうやらオレのクラスはかなり優秀だったようで、全種目によるクラス対抗の結果で優勝をした。

 アキを中心に応援団を務めたメンバーは歓喜の声を上げ、彼らを中心にクラスの輪ができた。オレもそこに参加していたが、正直そこまで嬉しさは込み上げてこない。

 そうか……、オレは体育祭に本気で挑んでいないから、嬉しさも悔しさもあまり感じないのか。


 勉強の態度や人を頼り切ってくる姿勢……、これでもかと煽り散らしてくる性格はあまり肯定できない。だが、今日の体育祭で少しだけアキという女子生徒をオレは見直した。

 それと同時に、自分の学校生活への向き合い方についても考えた。「今しかできないことを疎かにしないようにね?」か……、ナッキーさんの言葉の意味が理解できたような気がする。

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