第32話 推しキャラ

 放課後、アキは珍しくユージに向かって大笑いをしていた。


「ちょっと灰原くん! さすがにそれは大ウケなんですけどぉ!」


 アキ特有の煽りに慣れていないユージは、嫌悪感を滲ませた顔をオレに向けてくる。


「ユージ、気にするな。多分アキに悪意はない……、というかなにも考えてない」


 オレが彼女を軽くバカにする言い方をしたのがよかったのか、ユージは機嫌を取り戻した。

 彼がなぜアキに笑われていたかというと、例の「水着ガチャ」で思いっきり課金をしていたからだ。



 オレと話をしている時のユージは、今回のガチャに対して積極的ではなかった。過去の傾向をしっかり理解していて、キャラクターの性能はよくないだろうと予想し、結果その通りだった。

 ――にも関わらず、なぜ課金するほどスフィアを消費してガチャを回してしまったのかというと、実装されたキャラクターが特別だったのだ。


 正確には、ユージにとって「特別」なキャラクターというべきか。


 水着姿のキャラクターは計6人、すべて過去の期間限定イベントにて実装された人気キャラクターだ。ユーザーはやはり男性が多いのか、可愛い女の子の水着キャラクターばかりが追加された(1人だけネタ枠なのか筋骨隆々のおっさんが混ざっているのだが……)。

 どうやら、その中にユージがこのゲームでもっとも推しているキャラクターが含まれていたようだ。


 そうなれば当然ユージはガチャを回す。元々このゲームにはお金を注ぎ込んでいる男だ。そこに「推しキャラ」が水着姿で登場しようものならブレーキなんてあったもんじゃない。

 そして、ここまでくるともうお察しの訳だが、こういう時の彼は運が悪い。推しキャラ1体手に入れば引き上げるつもりが、それだけしっかり出てこないのだ。


 結局は、実装された水着キャラクター5体引いても「推し」だけは排出されず、プレミアムキャラチケットでの交換にてなんとかそれを手に入れたようだ。

 なんというか、ユージの運の悪さには同情するが、その情熱には関心してしまった。たしかに彼から言わせれば、オレのスフィア1,000個消費なんて「甘い」の一言かもしれない。


「シュウだって好きなキャラクターができたら僕の気持ちがわかるよ」


 彼からそう言われたが、別にその気持ちは理解できなくてもいいと思った。


「てーか、シュウは推しキャラとかいんの? 最初に手に入れたロゼッタとか?」


 アキにこう聞かれて、オレは少し考えた。ノワモワは楽しいし、キャラクターも魅力的だとは思う。しかし、「推し」と言われるとどうだろうか……。

 スマホの画面を眺めていると、オレはふとあることを思い付いた。


「オレの推しキャラはこの子かな?」


 オレはスマホ画面に映るコンシェルジュ「クロエ」を指差した。

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