第16話 凸(とつ)

「シュウ、日本史のノート貸してくんない? あの先生、黒板消すの早いんだよねぇ?」


 6限目の授業が終わったと同時にアキは後ろを振り返って尋ねてきた。ついさっきまで目の前で寝ていたのを見ていただけに複雑な気持ちだ。もっとも、アキがノートをねだってくるのはいつものことなのだが……。


「いいじゃん? ノワモワの素材集め手伝ってやってんだからさぁ?」



 アキとユージの2人とは下校後、よくノワモワで遊んでいる。夜の22時から24時あたりの時間は、どちらかと通話をしながら遊ぶのが日課となっていた。クラス……、というよりは学年、ひょっとしたら学校レベルでも流行っているようで、彼ら2人以外にも何人かフレンド登録をしていて共に遊ぶこともある。だが、通話をしながらなのは、この2人だけだった。



 7月に入り、季節は本格的な夏を迎えていた。学期末テストが近付いており、それを追えれば待ちに待った夏休みだ。来年受験を迎えるのを考えると、なにもうれいなく遊びを満喫できる夏休みは今年までかもしれない。


 オレはノワモワのストーリーモードだけはアキやユージに追い付いていた。武器ガチャの10連を引いて以降、一度もガチャに手を出さないまま、ほぼロゼッタの力のみでそこまで進んでいる。

 どうやら通常のストーリーモードはそれほど難易度が高くないようで、SSランクのキャラクターとそれに見合った装備があれば苦労せずに最新まで辿り着けた。


 スフィアの所持数は4,000を超え、近いうちにやってくるアップデートのガチャを引く準備も整っている。まさかと思ったが、自分の予想以上にオレはこのゲームにハマってしまったようだ。


「シュウがちゃっかり武器まで引き当ててクソザコじゃなくなったのはちょっと残念なんだけど、凸ってないからまだまだザコなのよねぇ?」


 最初に2人協力をプレイした時と違って、今はキャラの能力と操作両方で多少は戦闘に貢献できるようになってはいる。それでも、ハウスの補正値はまだまだアキに敵わない。


 さらにキャラクターの強化要素で通称「とつ」と呼ばれる能力の底上げが存在する。すでに手持ちのキャラクターを再度ガチャで引いた際に手に入るアイテムを使って、キャラクターの能力を最大4段階強化できるのだ。

 最大まで強化することを通称「4凸」と呼び、アキのロゼッタはその状態にある。一方のオレは「0凸」なので、この部分での能力差も大きかった。


 凸は、ガチャを引いた際の副産物として手に入るアイテムを使うので、スフィアを温存しているオレにはそれがまったくないのだ。


 ただ、ガチャを大量に回せるだけのスフィアは持っている。次回のアップデートで新しいキャラクターを手に入れるついでに強化アイテムも手に入れられれば儲けもの、くらいに思っている。


「スフィアもずいぶん貯め込んでるみたいだし、どっぷりハマってるじゃん? だからおもしろいって言ったっしょ? なにが『くじ運悪いからー』よ? むしろ全然いい方じゃない?」


 たしかに今のオレのノワモワにおける運気はかなり良い方ではないだろうか? ただ、なにか甘い蜜に誘われてどんでもない沼に誘い込まれているような気もしないでもなかった。


 

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