第15話 確率

 クロエ ST-401-1822号、通常同じシリーズで顔を合わせるのは、下4桁が違う者たちだけ……、それゆえに彼女は1822号と呼ばれている。


 彼女の目の前にあるモニターは普段、担当するプレイヤーの動きを監視するためのものである。しかし、今はそこに黒髪で細い銀縁の眼鏡をした如何にも「インテリ」を思わせる男性が映っていた。


『クロエ1822号、初回のガチャに続いて次の武器ガチャ10連でもSSランクを排出したようですが、これはどういった意図でしょうか?』


 彼はウィリアム……、正確にはシステム世界の住人「ウィリアムシリーズ」の1人である。ウィリアムシリーズは他シリーズの管理と運営を担当している。今回、クロエ1822号は続けてSSランクのキャラクターと武器を排出したことで、それについての彼女の意図を聞き取りにきたのだ。


『ガチャはランクごとに排出確率が定められています。その数値から逸脱する排出の調整は監査の対象となりますよ?』


 クロエ1822号は下を向き、画面の向こうのウィリアムに聞こえないようにため息をついた。彼女はウィリアムシリーズがあまり好きではないのだ。下向きのままで笑顔をつくってから、彼女は画面に目を向けた。


「ご安心下さい。きちんと方向性を定めてのことです。今回は、一旦プレイヤーに現状、最強のプレイ環境を整え、その快適さを知ってもらいます。一度それを体験させたうえで、次回のアップデート時に高ランクの排出を絞る予定にしています」


 クロエ1822号の目論見は、一度最高の環境を整えてあげれば、新たなイベントによってその快適さを失ったときにそれを取り戻すためのガチャを引くのではないか? というものだった。


 ノワール・グリモワールでは、新しいイベントと同時に新しいキャラクターとその武器のガチャを実装する。そして、新しいキャラクターが新たに追加されるステージ環境にマッチしていることがほとんどなのだ。それゆえにゲームの快適さを常に追い求めると、常に最新のキャラクターと武器を手に入れる必要がある。


 それを課金せずに、ゲーム内で蓄積したスフィアだけで実現するのはよほどの強運がない限りできない。いや……、ガチャの排出をコントロールしているクロエシリーズが存在する以上、どんな強運をもってしてもそれは不可能なのだ。


『……わかりました。クロエ1822号なりの考えがあるのであれば結構です。一応、今話してくれた内容をレポートにして提出してもらえますか? うまくいくようであれば他のクロエたちに拡散しますので』


 クロエ1822号は、この会話を1秒でも早く切り上げたい一心で余計なことを言わずに、ただただ笑顔で頷いていた。その彼女の願いが届いたのか、ほどなくしてウィリアムは画面から消え、モニターは通常のプレイヤー監視画面へと戻った。もっとも、今はゲームアプリを閉じているようだが……。



「まったく……、現場の苦労も知らないで……。確率確率うるさいのよ、誰のおかげでこの世界が成り立ってると思ってるのかしら?」



「1822号、聞こえてるわよ! 気持ちはわかるけど心の中に仕舞っときな?」



 隣りのクロエに窘められて、彼女は照れくさそうに舌を出した。どうやら声に出すつもりはなかったらしい。


『とにかく、今は我慢の時よ。次のアップデートで必ず課金へと導いてみせるわ。1730号も協力してくれるんだしね!』

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