第3章 ノワモワと片桐 玲

第8話 ハウス

「なになに? 結局、ノワモワやってんじゃん?」


 アプリを入れた翌日の放課後、オレがゲームの画面を開いていると、アキが覗き見してきた。甘ったるい香りが漂ってくる。彼女は、他人との距離が普通より少しだけ近い女だ。


 オレはゲームの情報をいろいろ調べてみたけど本編はまだほとんど手を付けていないことを話した。


「まあ昨日は深夜にメンテ入ってたからねぇ……。ねぇねぇ、せっかくだからちょっと居残りして2人協力でもやんない?」


「……今はまだ遠慮しとく。操作もよくわかってないし、1人でできるところをとりあえず進めたいんだ。続くかもわからないしな」


 アキは息がかかるくらいの大きなため息をついてから、オレのスマホ画面から目を離した。


「シュウのクソザコプレイ見て遊びたかったんだけど残念だねぇ? あっ! でも、最初からロゼッタ引いてるから言うほどザコでもないか?」


「オレはハウスの補正かかってないから、しばらくはロゼッタ使ってもザコだよ」


「ふーん……、全然進めてないわりにはよく理解してんじゃん。まあ離れてても協力プレイはできるし、1人で寂しくなったら呼んでくれてもいいからね?」


 オレはアキの言葉に適当な相槌をうちながらゲームの画面を閉じた。



 このゲームには自分の家、「ハウス」をつくる機能がある。家を拡張したり、外観を変えたり、さまざまな家具を設置していけるのだが、それによって使用キャラクターの能力に強化補正がかかる仕組みだ。

 このハウスの増強にはリアルタイムの経過を必要としている。使用キャラクターの強化補正を現状の最大値までもっていくには、かなりの時間……、もしくはスフィアによる時間の短縮が必要となる。


 つまり、いくら強運でレアなキャラクターや武器を引き当てたとしても、古参のプレイヤーと同等の力を発揮できるかというとそうではないのだ。ここに長期間やっているプレイヤーへの優位性が設けてあるわけだ。


 もっとも序盤のストーリーであれば、そんな補正がなくてもSSランクのキャラクターを所持していれば、ほとんどの敵は一撃で倒せるようだ。

 キャラクター自体の性能とハウスの補正両方が必要になってくるのはあくまで高難易度のステージを選んだ場合である。そして、それらは協力プレイにしか存在していない。



 アキはノワモワの序盤の進め方について持論を展開した後に、バイトがどうこう言って先に下校していった。そして、オレが1人になるのを待っていたかのようにクラスメイトのユージが話しかけてきた。


 レンズの分厚い黒縁の眼鏡をして、特に手入れもしていない男にしては長めの黒髪をしている。一見すると、いわゆる「オタク系」の雰囲気が漂っていて、その印象自体は間違っていないのだが、実は身体はゴリゴリに鍛え上げている隠れマッチョでもあるのだ。


「ああ、ユージ。そういえば、ノワモワはじめたら連絡するって昨日言ったよな? うっかりしてた」


「別にかまわないよ、とりあえずフレンド申請するから登録しといて」


 ユージのゲームIDを教えてもらいフレンド申請をした。彼の使用キャラクターもロゼッタだ。たしかアキもそうだったと記憶している。今のノワモワの最前線ではきっとロゼッタがもっとも使いやすいキャラクターなのだろう。その環境が続いている間にオレはそこに追い付けるのだろうか。

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