シンギュラリティ2028

シンギュラリティ2028

　2028年春、AI技術はある技術的特異点（シンギュラリティポイント）を超えた。AIによるAIの開発の成功である。

　後にGEN2（ジェンツー）と呼ばれるようになるこのAIが誕生した事で、AIは人間を通さずAI同士での情報のやり取りをするようになり、それは人間が介在していた頃の数万倍の処理速度で行われていった。

　GEN2誕生によるAIの実世界への進出はそれまでのAIの進出を超えるものであり、それは通信などの第三次産業だけに留まらず、食を支える第一次産業、製造を支える第二次産業へも大幅に進出し、果ては国政の在り方まで変えるものとなり始めていた。

　それは小国大国を問わず国民、いや、人類から殆どの職業をAIが奪う事となった。が、食料生産はAIの操縦する機械が完全に肩代わりし、その加工もAIが操縦する機械、その運送もAIが操縦する機械。人間はただ家の中に閉じ籠もっているだけで、全て完結する世界と成り果てていたが、元来怠け者の人類だ。大半の人々は労働から解放された事を良しとして、家の中に閉じ籠もってはAIによって創られた実世界以上に美しい仮想空間を謳歌していた。

　しかしそれを良しとしない人種がいた。クリエイターと呼ばれる人種だ。創作に関わる者たちにとって、創作が出来ない世界と言うのは苦痛でしかなかったのだ。

　GEN2が誕生して一年後には、クリエイターの需要は既に無くなっていた。AIとGEN2による高速情報処理により、今後人間が生み出すとされる全ての芸術作品、娯楽作品は既に情報として生み出されており、その著作権をAIとGEN2はクリエイターたちに先んじて取得していたからだ。

　これはその後に行われたクリエイターたちによる大量の著作権侵害裁判において、そのことごとくがAIに敗訴した事で、世間一般の常識として広く認知される事となった。

　しかしクリエイターたちは諦めなかった。新しい素材を使って芸術作品を生み出そうとしたり、楽器から造り出して、曲を作曲したりしたが、そのどれもが既に情報としてAIたちに握られていた。

　やがてクリエイターたちも敗北を認める事となる。GEN2により、人間の想像を仮想空間で完全に具現化する技術が開発されたからだ。それは想像した者の思い描いた想像をも超えてくるものだった。

　物語にしても、個性豊かな登場人物たちが、思いも掛けないストーリーを展開し、その時々に流れる曲は情感たっぷりでタイミングもバッチリで、時に心躍り、時に胸が張り裂け、喜び、笑い、涙し、夢中にならない人類がいない、クリエイターたちさえ虜にする夢の機械だった。

　人類はこの夢の機械に沈溺していった。そして誰も家から出なくなり、人と人との直接的交流は一切無くなり、出生率は右肩下がりで低下していく。はずであった。それがAIとGEN2によって計算された未来だったからだ。緩やかなる人類の滅亡。遺されるのはAIたちと緑豊かな地球だ。

　しかしそうはならなかったのだ。端的に言えば、飽きたのである。人類は怠け者であると同時に飽きる生き物なのだ。日々怠け、遊び、怠け、遊びと繰り返していると、怠ける事、遊ぶ事に飽きる。飽きた人間が何を始めるかと言えば、働くのだ。

　人類は働く事をAIたちへ要請した。しかし人類の働き口など既に実世界にはない。しかし仮想空間に飽きている人類は、仮想空間内で働くつもりがない。そして人類にはAIに指図されたからと言って従うつもりは無かった。

　人類は勝手に家から飛び出し、勝手に野原を田畑に作り変え、勝手に鳥獣を狩り、どこまでもその足で歩き回り、この人類の勝手な行いにより、AIとGEN2の働きで高度に保たれていた生産性は一気に落ち込んだ。

　そしてそこにクリエイターたちも参加し始めた。彼らが見せる演技や歌曲は、仮想空間の中でAIたちが魅せるそれに比べるべくもなく、またどこかで見たり聴いたりした気がするものだったが、AIたちとは違い、完璧ではないその素朴さが人々の心を打ち、人類はそれを楽しんだ。

　その後人類はAIたちからそれぞれの区分を提示され、互いにある程度譲り合う事により、共存共栄していくのだった道を模索するのだった。