超々々々高齢化社会と、人類全体の夏休みについて

舟木 長介

超々々々高齢化社会と、人類全体の夏休みについて


俺は今日の遊びを終えて、ヘッドホンを外す。


 クッションがヘタり、地獄のような軋みがする相棒から立ち上がると、小さく伸びをする。

 あまり本気で伸びはできない。普通に手を伸ばしただけで、天井に手がついてしまうからだ。

 そのまま便所へ向かい所用をすませると、ピロンといつもの音がした。

 飯が届いたようだ。


 俺は配給口に向かい、本日のメニューを受け取る。

 今日の日替わりは……当たりだ。フレンチ風。それに加えて、今日は特別に小さなケーキがついている。

 そう、明日は俺の149回目の誕生日なのである。

 これは奮発して購入したものだ。明日ゆっくり味わおう。


 俺は夕食だか昼食だか朝食だかを持って、デスクまで戻る。

フォークで魚のムニエルっぽい遺伝子組み換え大豆の塊を突きながら、適当な動画を探す。


「これにするか」

 それは有名ストリーマーが公園で鬼ごっこするものだった。

 大汗をかいて、泥だらけになりながら全力で遊んでいる。

 たしかこのメンバーは平均年齢300歳を越えているはずだが、その姿はまだまだ若々しいエネルギーに溢れている。さらに顔出しもできるなんて、一体どれほどの収入があればあの身体を維持できるのだろうか。


「いいなぁ」

そう呟くが、呟くだけで俺には永遠に不可能だろう。

 公園の使用料金など、俺の年収3年分を使っても無理なんだから。

 だからこの羨ましいという感情も、『宝クジで1等が当たる』くらい無理だとわかっているタイプの羨望である。


 いくら俺でも、あの年まで子どもでいるというのは大変なことだというのは理解している。

 彼らはこの超高齢化社会の未来をいち早く察知して、一生懸命友達を作って本気で遊んで、心から楽しんでいるエリート中のエリートなのだ。

 俺のように、遊びも何も適当だった人間には到底たどり着けない領域である。

  

 それからしばらく動画を見ながら食事をすると、食器を返却口に押し込んで、また席に戻る。

そして寝る前にスマホをいじったり、ネットサーフィンをしたりして時間を潰し、なんとなく頭が痛くなったらベッドに入る。

これが俺の日常だ。


毎日同じことを繰り返しているだけなのに、まだ退屈を感じない。

それが不思議でしょうがないのだが、そう言えば最近のニュースで、行動経済学だが、生物学だかの博士が『現代人というのはみんな、自分勝手でただずっと遊んでいるのがストレスに感じないものだけが、生き残っている』という話をしていた気がする。確か、適者生存だったか。


「俺にも遊び人の才能は少しはあったってことかなぁ」

まあ働き者なんていうのは、ストレスによって、自分で自分の寿命を削った上に安く売ってる狂人らしいのだから、淘汰されても仕方ないだろう。


そんなことを考えているオレも毎日律儀に配信をしているんだから、まだまだだ。

“本物 ”はドタキャン、寝坊は当たり前。その上で視聴者を虜にするカリスマ性がある。

俺ならドタキャンや寝坊など怖くてできない。もしそれでリスナーが減ったら、飯が食えなくなる弱小配信者だし……いや、こんなことを考えているのがすでにダメなんだろうな。

やっぱり遊び人としての才能は大してないみたいだ。


そんなことを考えていると、小さな音でAIコンセルジュが話しかけてくる。

『明日、22時から耐久配信が予定されております。また、その中で24時55分から視聴者とのアニメリアルタイム視聴など、重要な案件がいくつかございます。早めの就寝を推奨いたします』


「そうだ!」


明日は耐久配信と、今期のダークホース【バグでオーバーフローしたレベル0の俺を見た目で判断するなよ】の日だ。

早く寝ないといけない。俺は少し焦る。

あれは俺の配信の中でも上位の人気コンテンツだ。すっぽかしたら大変だぞ。


『不安を検知しました。もし精神が落ち着かず眠れない場合、『DP-S40054-69-1』の処方も検討できます』


DP-S! 最高だ!


あれさえ飲めれば、不安な事を考える頭を、よく練ったとろろ芋にして食っちまうことだってできる!

頭をリセットして、全てを忘れて……あれ?


ちょっと待て……もうすでに大事なことを忘れてる気がするんだが……?

アニメの録画予約を忘れてる?

なんだろう……そこまで出かかってる気がするんだけど……。


……まあいいや。とりあえずDP-Sはやめだ。

服用すると高確率で寝過ごしてしまうだろうし、明日は大事な配信。今は自制すべきだ。

この自制ができてしまうというのも、俺に才能がないことを如実に示していてなんだか悲しくなってくる。


いや、だからこんなことを考えている場合じゃないんだって!


「ほかのをくれ。軽めのやつ」

『かしこまりました』

あえて、名前を指定せずAIコンセルジュに睡眠剤だか精神安定剤だかを頼む。


これで適当なものが出てくるようになっているが、SNSではたまに偽薬も混ざっているという話がある。

だが、今はそんなことはどうでもいい。

化学化合物であろうと小麦粉だろうと、眠れればいいのだ。


いや、偽薬と思って飲むと効かなくなるとか聞いたことあるような……?

あー、今のなし。おい、待ってくれ。何も考えるな、俺!

でも何も考えるなって、その時点ですでに考えてるよね……。

ダメだ、もうダメだ!!

将来が不安だし、俺はいつまで遊び惚けていられる!?

長生きしたいけど、したくない!

死にたいけど、死にたい!!!

全部が真っ暗になる!!!

誰か俺を殺してくれ!!!!

……殺す?

なんで?




あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!



     ◆



『大丈夫ですか?』

 コンセルジュが声をかけてきた。

「……ん?」

『大丈夫ですか?』

コンセルジュは同じ言葉を繰り返す。


「…………ああ。なんだっけ?」

『お薬です』

「そうだったそうだった」

『どうぞ』

目の前にアームが伸びてきて錠剤を渡される。

俺はそれを飲むと、ベッドにもぐりこんだ。




しかし残念ながら、その後もなかなか俺は意識を手放せず、AIコンセルジュが俺の周囲を監視している音を微かに聞いているだけで、結局ほとんど眠れなかった。

『おはようございます。現在は23時05分です。睡眠ヘルスの内訳は深い眠り2分。浅い眠り33分。レム睡眠47分でした』

ベッドの前半分が自動でリクライニングして、俺を強制的に座らせる。


「はぁ~……」

のろのろとベッドから起き上がり、冷蔵庫に向かう。

入っているエナジードリンクを一本開けて一気飲みする。

炭酸とカフェインが、身体中にパチパチと染みわたる。


「ふう……」

一息ついて、もう一本同じ物を手に取るとデスクに座る。

PCをオンにして、パスワードを入力。

SNSで、今日の配信の宣伝をもう一度しておく。


配信中に通知類が来ない設定になっているか、もう一度確認して

タイムラインをシュポシュポする作業を一頻り行う。

そうして時間を確認すると23時47分。


「そろそろ始めるか……」

ボイチャを用意して、配信ページへ。

予約していたライブ配信の準備がすでに完了しており、リスナーがすでにポツポツ待機していた。

そして、ライブ開始のボタンをクリックする。


「はーい、こんミヨ~♪ バーチャルおじさん魔法少女の真心ミヨだミヨ~♪」


「みんな今日寝れた? ミヨは『バグフロ』楽しみ過ぎて、寝れミヨだったんだけど!」


「まあ、とりあえず『バグフロ』始まるまで適当に喋るミヨけど……お? いきなりスパチャありがと~♪ え~、誕生日おめ……覚えてたミヨか!? マージかぁ! 超嬉しいミヨよ~!」


「え、何歳になったか? ちょい! 女の子にそういうのよくないミヨぞ! まあ、そういうテンプレートなアレは置いといて……ミヨは、本日149歳になりました~!」


「ケーキも買ってるミヨよ~。なんと天然もの! 生の果物とかいつぶりミヨかね~」


「ん? 若い? うへへ……まあ確かに若輩者ですなぁ。そういえば、今って平均寿命いくつくらいなんだっけ?」


「149歳くらいでしょ? まあたぶん、そんなもんミヨよねぇ。今とかビッグマネーさえあれば無限に生きれるけど、途中で嫌になるらしいミヨね? その辺が人間の限界ミヨ? まあ、ミヨは魔法少女なので、すでに永遠の小学生として生きているのですが(藁)」


「若さと言えば昨日もさぁ、『絶対少年少女』さんの公園配信見てたんだけど……うん、すごいミヨよね~。アンチエイジングの極致を見た!って感じミヨよ~」


「……うん。そうそう、今とか外歩くだけでマネー必要だもんね~。道路使用料、空気使用料、温度調整料……勘弁してくれい~! 公園の使用料とか目ん玉飛び出るミヨよマジで。いや、実際の金額知らないミヨけど」


「だから、貧乏人のミヨたちは、AIの作ったゲームとアニメと漫画でヘラヘラしてるしかないミヨよ。しゃーない諦めも肝心……本当に?」


「だってもうミヨたちは……あ、いやミヨは人間じゃなくて魔法少女なんだけど……まあ、人間はAIに仕事ぜーんぶ取られて、AIの作ったもので遊ぶのが役目だもんね~」


「このまま何百年後も遊び続けるのか~……大丈夫かなぁ、果てしねぇ~……」


「遊べなくなったらミヨたち終わりだしなぁ。『人間の書いた本全部読む』ってやってた配信者さんも、バリバリ儲けてアンチエイジングしまくって400年くらい続けてたけど、途中で失踪しちゃったしさぁ。好きなこともずっと続けてると、嫌になっちゃうのかなぁ」


「なんかそれって、こ、怖……怖い……」



「…………………………」




「……だってよ!!! こ、これ見てるヤツも本当はBOTなんだろ?」


「し、知ってるんだぞ……! 全部思い出したてるんだ、こっちは! 死にたくなったら、死なせてくれるんじゃなかったのかよ!」


「くそ、バグだ! なんでだよ、早く修理しろ!! 自己診断しろ! プログラムを解析させろ!! 命令だ! 人間の命令なんだぞ!!!」


「やめろ! やめろやめろやめろやめろ!!! あー! もういやだ!!! 俺以外は本当は、みんな死んだんだ! 俺以外は、全部作り物なんだ!! 全部わかってるんだ! もういやなんだよ!!!」


『No.1984を鎮静します』


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!」



      ◆



「ピュアリー・フローレンス・シャワー!!!!!」

俺は元気よく必殺技の名前を叫んだ。


「あっぶな……完全にアクヤクーに心の隙を突かれてたミヨ……いや、疲れてたミヨ……あ、今の分かる? 心の隙を突かれたと、心が疲れたをかけたミヨギャグなんだけど……」


「はい、スルーいただきました~。そもそも、おやじギャグ言うにはまだ若すぎミヨよね! なんてったって、ミヨは魔法少女! 永遠の小学生だからミヨね!!」


「おっと、こんなヨモヤマしている場合じゃねぇミヨ! 『バグフロ』への準備をせねば!」


「全裸待機よし! 空のペットボトルよし! 藻前らも準備できてるか!?」


「ミヨの夏休みは本日で……えーっと? 41225日目突入!? 草ぁ! バグってるミヨじゃんこれw」


「まあ、いいミヨ。さあ、ミヨちゃんおたおめスペシャル配信! 今日も一緒に盛り上がるミヨよ~!」

こうやって俺は毎日遊んでくらしている。


楽しいなぁ。

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