4 - 3 絹子

 ──で、わざわざ東京から?

 へえ、暇なんだね、弁護士って。


 うそうそ、冗談。でも、弟にはもう会ったんでしょ? 明星めいせい。あいつの方がよっぽど口悪くない? 愛想もないでしょ? あんなんでも起業できるっていうんだから世の中不思議だよね〜。

 はい、で、せっかく店を貸切にしたんだから、しっかり飲んでってくれるんでしょうね? え? 証言を取り終えるまでは飲まない? つまんないこと言ってんじゃないよ。そもそも、私にできる証言なんてそう多くないと思うんだけど?


 はいはい。無藤むとう絹子きぬこ、独身、バツイチ子持ち。子どもの名前は七花。親権取るの大変だったぁ。相手知ってる? 知らないか。初対面だもんね。明星の紹介で知り合ったバンドマンで──あ、これ一応オフレコね(声が極端に小さくなる)──びっくりするでしょ? 明星ほんとにそっち方面顔が広くてさ〜。最近も地元にツアーで来るバンドがいるっていうと絶対打ち上げにうちの店使ってくれるし、ほんと助かってるんだけど、あの結婚だけは失敗だったわ。まああの頃は私も若かったし、大都会で夫の帰りを待つ妻ごっこするのそれなりに楽しかったんだけど、いやねえ……見てよこれ、すごくない? 今も消えないの、刺されて縫った跡。5針縫ったわ。しかもさ、何が気に食わなかったのか知らないけど、あいつ私じゃなくて七花に切り付けようとしたんだよね、台所に置いてあった包丁で。子どもに手ぇ上げるなんて信じられないよ。血ぃダラダラ流しながら七花抱いてマンション飛び出して、明星はS県こっちにいたから呼び出せないし、どうしよう〜ってなってる時にそういえば初子ちゃんの弟がいるじゃん!って思い出して連絡したんだよね。灰沖くん。下の名前なんだっけ……それだ、国広くにひろくん。初子ちゃんは初対面から初子ちゃんだったんだけど、国広くんは結婚前の顔合わせの時に「灰沖です」って名乗ってきたのが印象に残ってて、それでずっと灰沖くんで記憶してるんだよねぇ。でその灰沖くんに連絡したら、すぐに警察と救急車呼んでくれて、あと自分もクルマ出してくれて、救急車より早く七花と私を病院に連れてってくれたんだよね。●●(バンドマンの名前)、今もフツーに活動してんのほんと意味不明すぎ。養育費も入れないし。まあでも無藤家はそこそこでかい家だし、今の家長は明星だからそんなにお金には困ってないんだけど……何かあったら傷の写真とかSNSにアップしてビビらせてやるつもり。なんてね。あはは。


 何の話だっけ?


 灰沖くんのことは本当に残念だったと思う。それに……自殺、だったんだよね? 飛び降り。そんな風になっちゃうイメージがなかったから、聞いた時驚いた。私もできればお葬式行きたかったんだけど、先に東京に向かった初子ちゃんから「遺体の状態がかなり悪いから、できれば遠慮してほしい」って連絡が来て、あの初子ちゃんがそこまで言うってことは──って諦めたんだよね。灰沖家、っていうか初子ちゃんと国広くんのご両親もお墓がなくって結局初子ちゃんのお母さんが懇意にしてたカトリック? の教会の納骨堂に納めてて、でも国広くんのお骨を納めるスペースはないからってことで、今国広くんは無藤家の墓で眠ってます。うちの親父とオフクロもそれでいいって言ってたし、初子ちゃんもいつでも好きなタイミングでお墓参りできるからいいんじゃないかな。私も月命日には顔を出すようにしてる。


 それね。髪の毛。

 髪の毛の話をする前にさぁ──聞きたいことがあるんだけど。

 ああ、弁護士じゃなくて。そっち。そっちの記者。えーっと、ひびきの? あ、きょうの? 響野きょうのって読むの? まあなんでもいいけど。

 あんたさ、? イチャモンとかじゃなくて、マジで。読んだよ、月刊海音のXビルの記事。月刊海音ってさ、こういう言い方は性格じゃないかもだけど、病院にもバーにもカフェにも美容院にも、それにうちみたいなバーにも、とにかく色んなところに置かれて読まれてる雑誌じゃん。定期購読者数全国No. 1(当社比)っていう売り文句も見たことあるわよ。最初、怪談コーナーが始まった時には結構面白かった。いい意味で浮いてるっていうか。今までってコラムのコーナーは基本その月の新作映画とか、編集部おすすめのランチが美味しい店! とかで、有益っちゃ有益だけど地方在住者としてはあんまり使えないな……みたいな情報が多かったから。怪談だったら有益も何もないじゃない? 読んだ人全員が平等に怖いんだから。

 でも、今月の──Xビル。急に生々しすぎて驚いた。弟がオーナーやってるビルだからっていう話じゃない。そもそも私は明星から直接話を聞くまで、あいつがこの雑誌に載ってる『Xビル』の持ち主だってことすら知らなかった。

 具体例として載せてるのは客ふたりの証言だけだけど……ふたりとも原因不明の病気を発症してる。記者、あんたが話を聞いたのはこのふたりだけじゃないよね? このふたりの病状が比較的マシだったから雑誌掲載の同意を得ることができた、そうだよね?


 ……はあ。ほんと最悪。


 あんたさ、灰沖くんから聞かなかった? 灰沖くん、見える人だったんだよ。初子ちゃんが明星と結婚するって決まって、東京で一回式挙げて、それからこっちで──田舎はそういうのうるさいから──もう一度挙式するってなった時、灰沖くん、東京からわざわざご祝儀持って駆け付けてくれたんだよ。でもその時点であの子の顔色は悪かった。良くないものを見たんだと思う。


 あのさ。


 ここに住んでる私が言っても説得力はないって分かってるけど、ってさ、。分かる?

 記者には分かんなくても、弁護士先生には理解できるんじゃない? 弁護士権限でどこまで調べたの? 無藤家のこと。明星や初子ちゃん、それに灰沖くんが言わなかったこともどうせ知ってるんでしょ?

 ──なに、これ、手紙?

 中見ていいの? これ……


(比較的、かなり長い沈黙)


 鵬額社宛でこれが、ね。記者、響野、何茫然としてるの。意味分かってる? こんなモノが発生してるってことは、色んなことがすごく手遅れってことなんだよ?

 編集長が揉み消しを、か……でも揉み消しきれるはずないよね、嫌な感じ、全部の文字に呪いが込められてるっていうか。呪いっていうよりも執念? 情念? 私は灰沖くんみたいに見える人じゃないから断言できないけど、ずっとこの土地で生まれて育った女だからさ。なんとなく察することぐらいはできるよ。

 月刊海音。全国区の雑誌。そこに怪談のコーナーが発生した。それに便乗して、自分を拡散してもらおうと思った。手紙の送り主の考えは、まあそんなところでしょうよ。最初の7通のうちはあんたんとこの編集長もまだ揉み消して無視しようと思えてたんだろうね。でもこの──『赤ちゃん』。不気味すぎるでしょ。無視できなくなったとしても仕方がない。


 響野。一応質問するけど、あんたが取材した相手の中で取材後に亡くなった人間は何人いる?

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