4 - 3 絹子
──で、わざわざ東京から?
へえ、暇なんだね、弁護士って。
うそうそ、冗談。でも、弟にはもう会ったんでしょ?
はい、で、せっかく店を貸切にしたんだから、しっかり飲んでってくれるんでしょうね? え? 証言を取り終えるまでは飲まない? つまんないこと言ってんじゃないよ。そもそも、私にできる証言なんてそう多くないと思うんだけど?
はいはい。
何の話だっけ?
灰沖くんのことは本当に残念だったと思う。それに……自殺、だったんだよね? 飛び降り。そんな風になっちゃうイメージがなかったから、聞いた時驚いた。私もできればお葬式行きたかったんだけど、先に東京に向かった初子ちゃんから「遺体の状態がかなり悪いから、できれば遠慮してほしい」って連絡が来て、あの初子ちゃんがそこまで言うってことは──って諦めたんだよね。灰沖家、っていうか初子ちゃんと国広くんのご両親もお墓がなくって結局初子ちゃんのお母さんが懇意にしてたカトリック? の教会の納骨堂に納めてて、でも国広くんのお骨を納めるスペースはないからってことで、今国広くんは無藤家の墓で眠ってます。うちの親父とオフクロもそれでいいって言ってたし、初子ちゃんもいつでも好きなタイミングでお墓参りできるからいいんじゃないかな。私も月命日には顔を出すようにしてる。
それね。髪の毛。
髪の毛の話をする前にさぁ──聞きたいことがあるんだけど。
ああ、弁護士じゃなくて。そっち。そっちの記者。えーっと、ひびきの? あ、きょうの?
あんたさ、自分が何を書いてるか分かってるの? イチャモンとかじゃなくて、マジで。読んだよ、月刊海音のXビルの記事。月刊海音ってさ、こういう言い方は性格じゃないかもだけど、病院にもバーにもカフェにも美容院にも、それにうちみたいなバーにも、とにかく色んなところに置かれて読まれてる雑誌じゃん。定期購読者数全国No. 1(当社比)っていう売り文句も見たことあるわよ。最初、怪談コーナーが始まった時には結構面白かった。いい意味で浮いてるっていうか。今までってコラムのコーナーは基本その月の新作映画とか、編集部おすすめのランチが美味しい店! とかで、有益っちゃ有益だけど地方在住者としてはあんまり使えないな……みたいな情報が多かったから。怪談だったら有益も何もないじゃない? 読んだ人全員が平等に怖いんだから。
でも、今月の──Xビル。急に生々しすぎて驚いた。弟がオーナーやってるビルだからっていう話じゃない。そもそも私は明星から直接話を聞くまで、あいつがこの雑誌に載ってる『Xビル』の持ち主だってことすら知らなかった。
具体例として載せてるのは客ふたりの証言だけだけど……ふたりとも原因不明の病気を発症してる。記者、あんたが話を聞いたのはこのふたりだけじゃないよね? このふたりの病状が比較的マシだったから雑誌掲載の同意を得ることができた、そうだよね?
……はあ。ほんと最悪。
あんたさ、灰沖くんから聞かなかった? 灰沖くん、見える人だったんだよ。初子ちゃんが明星と結婚するって決まって、東京で一回式挙げて、それからこっちで──田舎はそういうのうるさいから──もう一度挙式するってなった時、灰沖くん、東京からわざわざご祝儀持って駆け付けてくれたんだよ。でもその時点であの子の顔色は悪かった。良くないものを見たんだと思う。
あのさ。
ここに住んでる私が言っても説得力はないって分かってるけど、無藤ってさ、良い家じゃないから。分かる?
記者には分かんなくても、弁護士先生には理解できるんじゃない? 弁護士権限でどこまで調べたの? 無藤家のこと。明星や初子ちゃん、それに灰沖くんが言わなかったこともどうせ知ってるんでしょ?
──なに、これ、手紙?
中見ていいの? これ……
(比較的、かなり長い沈黙)
鵬額社宛でこれが、ね。記者、響野、何茫然としてるの。意味分かってる? こんなモノが発生してるってことは、色んなことがすごく手遅れってことなんだよ?
編集長が揉み消しを、か……でも揉み消しきれるはずないよね、嫌な感じ、全部の文字に呪いが込められてるっていうか。呪いっていうよりも執念? 情念? 私は灰沖くんみたいに見える人じゃないから断言できないけど、ずっとこの土地で生まれて育った女だからさ。なんとなく察することぐらいはできるよ。この手紙の送り主は、この土地の女だって。
月刊海音。全国区の雑誌。そこに怪談のコーナーが発生した。それに便乗して、自分を拡散してもらおうと思った。手紙の送り主の考えは、まあそんなところでしょうよ。最初の7通のうちはあんたんとこの編集長もまだ揉み消して無視しようと思えてたんだろうね。でもこの──『赤ちゃん』。不気味すぎるでしょ。無視できなくなったとしても仕方がない。
響野。一応質問するけど、あんたが取材した相手の中で取材後に亡くなった人間は何人いる?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます