4 - 2 初子
そうですか、
いえ、お気になさらないでください。雑誌の取材を受ける、というのも弟が決めたことでしょうし。え? ……
──そう、交通事故です。
弁護士さん、ですものね。疑いますよね。分かります。当時の私も疑いましたし、今では確信を持っています。我が家は決して裕福ではない……それどころか、なかなかに貧乏でした。私を高校に行かせるのがギリギリ。下手をしたら国広は中学を出てすぐに仕事を探さなければならなかった。そんな経済状況の中で、両親が自分で自分にかけた保険金を目的に事故を起こして……事故を起こしちゃ、だめなんですよね。事故に巻き込まれた風を装って亡くなったのだとしたら──亡くなったんです。父と母は。お金を私たちに残すために。
私はどうにか高校を卒業して、大学に進学して……明星さんと知り合ったのもその頃です。弟の高校の友人ということで顔と名前だけは知っていましたけど、というのも、不思議な子だったんですね。明星さん。こんな言い方をするのもおかしいかもしれませんけど、親もいないし、親戚もいない、ただ遺産をどうにかやり繰りして小さな一軒家で暮らしているきょうだいって、側から見るとあまり……でしょう? 私にも国広にも、友だちは多くなかったです。ほとんどいなかったって言っても良いかも。国広はせっかく合格した高校を特に理由もなくサボることが多い子でしたし、私も自分の生活が──放課後は毎日バイト、週末は一日中色々なイベントのスタッフの仕事なんかを詰め込んでいたせいで、ふたりで膝を付き合わせて将来について相談する暇はなかったんです。
そんな中に、明星さんが。
弟が、いつだったかな、急に学校に行くって言い出して。私は当時高校は卒業してたけど浪人生で。必死で勉強しながらバイトもしてて、それに加えて保護者代わりとして学校にも呼び出されて毎日目の下にくまを作ってて、だから、国広が学校に通うようになってくれた時には本当に嬉しかった。進路相談の際に本人の希望として「大学への進学ではなく、通いたい専門学校がある」って言われた時には泣いちゃいました。しかも調理師専門学校で……将来のこときちんと考えてるんだなって……学校からの帰り道で「自分の店を持ちたい」って改めて宣言されて、久しぶりにきょうだいで手を繋いで家に帰りました。
弟の夢は、叶ったんですよね、一瞬だったけど。
明星さんのお陰で。
そう、そうだ、明星さんの話。明星さんの話でしたね。
私と明星さんがきちんと知り合ったのは、私が大学四回生で、弟が専門学校に入学して少し経った頃──国広が明星さんを家に連れてきたんです。友だちだって。
明星さんは大学生でした。国立大学の、大学生。弟は「俺が不登校やめたの、明星のお陰」ってちょっと照れたみたいに言ってて、それだけで私もなんとなく納得しました。
明星さん、その頃の明星さんは本当に星みたいに輝いていたんです。
大きな飴色の目がキラキラしてて、国広よりは小柄だけど私よりは背が高くて、「国広くんからいつもお姉さんの話聞いてて、会いたくなって来ちゃいました!」っていきなり握手されて……思えば、あの時からもう狙われてたんですよね。ふふ。笑っちゃう。国広、弟公認で、私と明星さんはすぐお付き合いを始めました。とはいえ、なんていうのかな。初めてお会いした方にこんな話をするのも変なんですけど、私、男性と交際したことがなかったんです。もちろん女性とも。さっきちょっとお話ししましたけど、私と弟の周りには大人がいなくって。庇護してくれる大人が。だから私たちきょうだいは自力で自分たちを守らなきゃいけなかった。恋愛よりもお金。デートよりもバイト。そんな風に生きてたら、初恋のタイミングだって逸しちゃいますよね。
だから私と明星さんの交際は、中学生みたいなお付き合いでした。手を繋いで繁華街を歩き回ったり、一緒に映画を見てからパンケーキを食べてお茶して、国広が夜勤のバイトに出かける20時前にキスして解散。……つまらないでしょ? 大丈夫、フォローしてもらわなくても。私も当時、すごく焦ってました。明星さん、明星くん、こんなに優しくて魅力的で、私の提案する拙いデートプランや希望をいつも笑顔で受け入れてくれる人に、こんなままじゃいずれ見捨てられてしまうんじゃないかって。
けれど、悲しいですよね。体に染み付いた生活リズムって、そうそう変えることができないんです。明星くんと一緒にいる時も、私は常に生活費のことを考えていました。弟のことを考えていました。デートの際には大抵明星くんが全部奢ってくれたけど、こんな風にしてもらう価値は私には……ないんじゃないかなって……。
手を繋いでキスする関係は、1年半ぐらいで破綻しました。明星くんの浮気がきっかけだったけど、原因は私にあります。だから私は、大人しく身を引きました。国広も残念がってくれたけど、明星くんには何の非もないから私のことは気にせず友だちでいてね、って言い聞かせたりして……。
それから私は大学を卒業して就職。国広もバーの雇われ店長みたいな感じで仕事を始めて、何年経った頃だっけ──明星くんに参加したんです。大学時代の友人の結婚式で。
本当にびっくりしました。だって明星くんとは年齢も卒業した大学も違うから、こんな偶然あるのかって。咄嗟に左手の薬指を確認しちゃいました。やらしいですよね。明星くんの左手の薬指には何も嵌ってなくてホッとしました。二次会の会場で、話しかけてきたのは明星くんでした。「久しぶり」「最近どう?」「こないだ、国広のバーに飲みに行ったよ」なんて、まるで昨日も会った相手と喋るような口ぶりは私の知ってる明星くんのまんまで、本当に嬉しかった。
数年前に別れる際に一旦消した連絡先を、改めて交換しました。何回かメッセージを交換して、通話で長話をして、一緒に映画を見に行ったりして、しばらく経って「もう一度付き合ってほしい」と言ってきたのは明星くんです。「できれば、結婚前提に」と。
結婚前提っていうのは──と明星くんは説明してくれました。彼は長男だから、結婚したら実家があるS県に戻らなければならないということ。その場合、結婚相手の私、初子にも仕事を辞めてついてきてほしいということ。子どもを産むかどうかは私の判断に任せるということ。明星くんの実家のご両親とは、度々顔を合わせることになる、ということ──。
私は全部を受け入れました。
ただひとつ。子どもについては「産まない」と即答して、彼の顔色を窺ってしまいましたけど。
子ども、嫌いじゃないです。でも、もしも、子どもが生まれたあとに私と明星くんの関係が破綻したとしたら? 今の時代、シングルマザーの再就職ってはっきり言って簡単じゃないと思います。子どもを抱えて、東京に戻って、良い仕事先を見つけられる自信がなかったんです。
その点、私ひとりだったらどうにでもなりますから。
明星くんと一緒になって、S県にやって来て、明星くんのお姉さんが離婚して実家に戻ってきて、それから明星くんが渋谷に良い土地を買ったから全フロアライブハウスのビルを建てるって言い出して──これが最近5年間ぐらいの話ですね。国広が一階のバーの店長になったって話はビル自体が開店した後に聞きました。雇われじゃない、念願の本当の店長だって国広は嬉しそうにしてました。
お店、私も一度だけ行きました。あの子らしい、良いお店だったと思います。
……国広、死んじゃったんですよね。国広……。
ああ、いえ、私は、その……明星くんとは意見が違うっていうか。記者さんの書かれた記事が原因だとは思っていないです。と、いうか、その──。
なんて言ったらいいんだろう。
弟は、自殺じゃない、と思ってます。
明星さんは勘違いしているみたいだけど。
変な死に方だったから、警察の方が検死を……解剖も含めて、してくださったんですね。その際、おかしなことを聞かれたんです。
国広は食毛症を抱えていたかって。
聞いたこともないです。でも、そんな風に質問されるってことは、そうなんですよね。
弟は、記者さん、あなたが教えてくださったQ県の拝み屋さんのところに向かう途中だったらしいです。でもQ県で特急電車を降りた途端様子がおかしくなって、駅ビルの最上階に駆け上がって、そこから飛び降りて死んだ。
記者さん。あなたを責めているわけじゃないの。ただ、一緒に考えてほしい。
弟の身に、何が起きていたんでしょう?
──あ、はなちゃん、それはお客さんのお菓子……。
ごめんなさい、やんちゃ盛りで。ほら、お兄さんにありがとうは?
はなちゃん、
絹は、近くにお
──え、はなちゃんのお母さんの名前、ですか? 絹子さんです。
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