2 - 7 響野
間宮探偵事務所の壁を伝ってどうにか外に出る。雑居ビルの3階にある事務所の外は快晴で、太陽がやけに眩しく見えた。エレベーターなどという便利なものはないので、錆び付いた階段を手摺に縋ってよろよろと降りる。1階に辿り着いたところで不意に気付く。市岡ヒサシと間宮最が、並んで棒アイスを食べている。
「な……え……?」
「おお、無事脱出おめでとう!」
ヒサシが大声を上げ、アイスを咥えたままの間宮が胸の前で小さく拍手をする。
脱出?
「間宮くんと響野くん両方抱えて逃げるのは無理だったから、一旦俺らだけ避難したんだよね。いや〜響野くんがゲロ吐いて倒れなくて良かった!」
あっけらかんと笑うヒサシの顔を見ていると腹も立たない。棒アイスはコンビニで調達してきたのだろう。間宮が手元のエコバッグから水のボトルを取り出して放り投げてくる。
キャップを開け、中身を一気に喉に流し込む。腐った匂いがしない水だ。体が浄化されていくような気さえする。
「なんか言われた?」
ヒサシと間宮には、どの程度見えていたのだろう。声は聞こえていたのだろうか。ペットボトルを空にしてため息を吐いた響野は、
「逃げないで、って言われました」
「やっぱ響野くんがトリガーなのか」
棒アイスの棒をデニムのポケットに突っ込んだヒサシが、大きく息を吐く。
「俺にも見えてた。女が響野くんに背中から抱き着いて、なんか言ってるとこ」
「私も」
と間宮は短く同意し、
「でもあの女、あんたにターゲット移した瞬間私たちのことは完全に無視するようになったんだよね……だから脱出できたっていうのもあるんだけど」
「あの幽霊──かなんか分かんないけど、とにかく最初はXビルだと思うんです。俺が記事を書いた。だから」
責任を取らなくてはならない。
まだ腐臭が鼻先を擽っているような気がする。それでも。
一瞬間宮と視線を交わしたヒサシが、
「じゃ、俺はそれを手伝おっか」
「は?」
思いもよらない申し出だった。
市岡家の出番は、清一に頼まれた地鎮祭で一旦は終わったはずである。それを、現場で響野が倒れて髪の毛を吐いたりしたものだから、兄の稟市と弟のヒサシがなんとなく関わってしまった。彼らは高い。Q県の市岡家の能力は本物だ。だから、地鎮祭だけでなく、本物の化け物の祓いを依頼した日には──一介の雑誌記者の給料で間に合うかどうか。
「稟ちゃんと父さんは仕事で引き受けるタイプだからちょっとアレだけど、俺は何せヒモだもんでね」
抜けるような青空を背にヒサシが笑う。
「やりたい時にやりたい仕事を適当な価格でやるんだ。っちゅうことで響野くん、引き続きよろしくピ!」
なぜか握手を求められ、反射的に応じてしまった。
ヒサシの手を握った瞬間、響野の意識は飛んだ。
「人間を昏倒させないと行動できない派閥なの?」
「いや〜、一旦安全なとこに移動しないといけないけど、響野くんがいちばん見えてるっぽいからさぁ……間宮くんだってクルマん中でゲロ吐かれたら嫌でしょ?」
「は!? 私のクルマで移動するの!?」
「レッツゴー横浜中華街!!」
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