第5話

 球技大会は結局、上級生のチームが優勝、準優勝を総なめして終わった。因みに、私たちの戦績は、どのチームも決勝トーナメントには進出できず、予選敗退という戦績しか残せなかった。

 そして今、私とアイツはまた放課後に居残ってクラス名簿を見ながら、あーでもないこーどもないと話している。その様子を、亜久愛ちゃんがノートに変な落書きを書きながら聞いている。

 私たちは今度の合唱祭の曲をどうするかで話し合っている。球技大会がこの間終わったばかりなのに、六月中旬には合唱祭が行われるだなんて、本当に忙しい。五月の終わりごろには中間試験もあるから、今から準備しないと間に合わない。因みに、亜久愛ちゃんが合唱祭委員だから、一緒に話し合いの場に参加している。

「亜久愛ちゃんはどう思う?」

 亜久愛ちゃんが落書きをしていた手を止めて、こっちを見ながら答えた。

「うーん、二人の言う曲は素敵だよね。だけど……」

「だけど?」

 私が聞き返すと、亜久愛ちゃんは難しい顔をしながら答えた。

「私は別の曲がいいと思う」

 私とアイツはがっくりと項垂れた。

「あー、やっぱり決まらねぇな。もう、クラスの奴らに聞くしかないな」

 大きく伸びをしながらアイツが言った。

「あ! 私、もう時間だから、部活行くね! 今日、完成させないといけないやつがあるから、ごめんね」

 亜久愛ちゃんは、美術部に所属していて、真面目に制作しているみたいだけど、私には彼女の芸術がちょっと分からない。ま、亜久愛ちゃんが楽しんでいればいいのかなと思いながら、彼女に手を振りながら「亜久愛ちゃん、また明日ね」といって見送った。

「俺もそろそろ部活に行くわ」

 そう言って、アイツは将棋部に行こうとした。アイツも帰宅部にならずに、毎日将棋を打ちに行っているらしいから驚く。

「ねぇ、サッカー、あんなに上手なのに、将棋部がいいの?」

 アイツはやっぱりサッカーが上手だった。この間のPK戦で最後に外したのはアイツだったけど、試合で一対ゼロで負けていたのに、それを土壇場で一点返したのもアイツだった。球技大会が終ってからしばらくの間、サッカー部の先輩たちが入部しないかとずっと誘いに来ていた。もちろん、サッカー部の顧問の先生にも話しかけられているのを見たことがある。

「サッカーは好きだけど、サッカーばかりやりたいとまでは、今は思っていないよ」

「将棋の方がずっとやりたいってこと?」

「あぁ、もちろん」

 私がなんとなく納得が言っていないような顔をしていると、アイツがゆっくりと息を吐いてから言った。

「戦術とか、そういうのを考えるのが好きなんだよ。将棋はそういうのが考えられるから、本当に楽しいんだ」

 アイツの顔が真っ赤になっている。こんなに恥ずかしそうな顔をしているのは初めて見た。

「そっか、そうなんだ」

 たしかに、今回の球技大会もみんなの名前や自己紹介の内容を聞いて、勝てるチームを作ろうとしていた。そういうのを考えるのが好きなら、なんか納得するかも。

 私がそんなことを思っていると、アイツが顔を下に向けながら恐る恐る言った。

「あの時の事……本当にごめん」

「え? ごめん、聞こえなかったんだけど」

 私はアイツが何を言ったのか聞こえなかった。

 アイツは黙ってしまった。私はどうすればいいかが分からず、アイツが何かを言うのを待っていた。私とアイツとの間に、沈黙の時間が続く。

 アイツが顔を上げて、私を見た。アイツの瞳と自分の瞳が合わさる。

 アイツが優しい目で見つめる。

「本当にどうしたの?」

 私はアイツに言った。こんな優しい目で見られるなんて恥ずかしい。アイツはまだ何か言いたそうにしていたけど、片手を少し上げて言った。

「じゃぁ、また明日」

「うん、また明日ね」

 アイツはまとめた荷物を持って将棋部が活動する国語科資料室に向かって行った。

 私はアイツがいなくなるのを確認すると、両手で自分の顔を隠した。

 初めて好きになった男の子は学校中の人気者で、頭も良くて、走るのが速くて、サッカーが凄く上手で、笑った顔がキラキラしていて、本当に好きだった。だけど、あの時から、もう恋はしないって心に誓ったの。

 もう傷つきたくはないから。

 それなのに、どうしてあんな優しい目で見るの?

「どうしよう、私……」

 両手で顔を隠さないと、今の顔なんて恥ずかしくて誰かに見られたくない。

 きっと、今の私、凄く真っ赤な顔をしていると思う。心臓がバクバクと強い音を打つ。

 あの時、誓ったはずなのに。もう誰かにときめいたりしないって決めたのに。

 私は、アイツに対する想いが育ち始めることに、気づかない振りができなくなっていた。

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