第4話
「相沢ー! お前ら、試合終わったかー?」
試合を終え、水飲み場に向かっている時に、同じクラスの伊藤くんが私たちに大きな声で呼びかけた。伊藤くんは、走って私たちの所に駆け寄ってくる。
「うん、私たち、バレー、負けちゃったけど、終わったよ」
「それじゃぁ、男子サッカーの応援に来てくれ! アイツら、マジで凄ぇんだ!」
伊藤くんはゼハァゼハァと大きく呼吸をしながら続けた。
「アイツら、三年の優勝候補の先輩たちに、一対一で引き分けたんだよ! それで、今からPK戦なんだ。とにかく、来て、応援してくれ!」
伊藤くんがサッカーの試合が行われているグラウンドに私たちを案内しながら走り出した。私たちは何も言わずに伊藤くんの後を追った。
サッカーの行われていた一番大きいグラウンドに着くと、同じクラスの男子と三年の先輩たちが水を飲んだり汗を拭いたりしながら休憩していた。アイツも首にタオルを巻きながら、水筒の飲み物を飲んでいた。
「PK戦を始めますので、ボールを蹴る選手とキーパーは集まってください」
審判の声で男子八人がピッチのセンターサークルに集まった。
この球技大会では、PK戦は各チーム三人が蹴る。各チーム三人蹴っても結果が決まらない時は、最終的にキャプテン同士のじゃんけんで勝敗が決まってしまう。だから、なんとしてでも、このPK戦で決めなければならない。
最初に蹴るのは、三年生チーム。
一人目の先輩が、ボールにゆっくりと加速しながら近づいた。
バシュッ!
ゴールのネットが勢いよく後方に動いた。
「よくやった」
先輩たちが蹴った勇気ある者を称えた。
次に、私たちのチーム。
最初に、蹴るのは藤山くん。藤山くんは、大きく深呼吸をして、息を整えた。そして……。
バシュッ!
藤山くんのボールもゴールのネットを大きく揺らした。
「よおおおおおおし! 藤山、よくやった!」
クラスの皆が藤山くんを称えた。
二人目の先輩が準備を始める。私たちの喜びは束の間、息をひそめるように見守る。
二人目の先輩が走る。そして……。
バシュッ!
二人目の先輩もキレイなゴールを決めた。
次に蹴るのは、木村くん。
木村くんは、首を左右に動かし、ふぅぅっと大きく息をして、「ヨシッ」と言った。そして……。
バシュッ。
木村くんのボールもゴールのネットを大きく揺らした。
ここまで両チームとも失敗がない。両者譲らぬ展開に私たちは息を飲むしかなかった。
三人目の先輩が準備をする。先輩の手が震えている。彼は同じクラスの人たちへと視線を動かした。ピッチの外にいる先輩たちが、皆、彼にエールを送る。まるで、大丈夫だから、悔いのないように蹴ってこいと言わんばかりだった。彼は、目を閉じ、ゆっくりと息を吐く。そして、目を開けると、もはや手の震えは止まっていた。先輩がゆっくりと走り、ボールに近づく。
バシュッ!
最後の先輩のシュートも奇麗に決まった。
先輩たちの大歓声の中、私たちの最後のキッカーが準備を始める。最後のキッカーはアイツだった。
「渡辺、頼む……!」
「渡辺くん、頑張って!」
皆がアイツにエールを送っていた。アイツはゴールを見つめ、それから下にあるボールを見つめた。そして、アイツは私たちの方を見た。皆、両手を合わせて祈るようにアイツにエールを送る。一瞬だけ、アイツと視線が合った気がする。私はなんとなく気まずくて、目を逸らしてしまった。もう一度、アイツの方を見ると、アイツの視線はゴールに向かっていた。アイツはふぅっと息を吐いた。アイツは走り出す。そして……。
カァンッ‼
一瞬何が起こったのかが分からなかった。ただ、先輩たちが抱き合って喜び合っている。
アイツはぼーっと空の方を見上げている。それから、こっちの方を振り返り、下の方を見ながら、ゆっくりと近づいてきた。前髪で顔の半分が見えない。
伊藤くんがアイツの傍に近寄った。伊藤くんはアイツの頭をわしゃわしゃと搔き乱しながら「お前、本当にマジで凄いよ! マジで凄いよ!」と泣き叫んでいた。
そんな様子を見て、他のみんなも伊藤くんに続いて、アイツの傍に駆け寄っていった。もちろん、私も駆け寄った。
伊藤くんがアイツの髪をぐしゃぐしゃと搔き乱したから、アイツの頬に涙の跡があるのに気付いた。
それを見て、私も目から涙が零れ落ちていた。
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