第27話 審判の炎

 極平凡な村。


 特産品と呼べるものはないが、開けた土地だけはある。


 牧畜が盛んで多くの村人たちは毎日家畜の世話をし、それを売って年に三度税を納める。


 同じ様な村など、探そうとせずとも幾らでも見つかるだろう。


 目が覚めれば元気におはようと言って。


 眠る前には穏やかにおやすみと言う。


 そんな長閑な毎日は唐突に終わりを告げる。


 とある村人が村人を襲い始めた。


 引っ掻き、噛みつき。


 とても理性がある様には見えない蛮行。


 更に殺された人までもが、瞳の光を失っているにもかかわらず立ち上がる。


 瞬く間にだらりと肩を落とし体液を垂れ流す亡者で村が溢れかえる。


「み、みんなどうしたの!?」


 銀髪の幼い少女、イルティアが腰を抜かし後退る。


 一緒に遊んでいた筈の少年少女が様子のおかしい大人に襲われ、同じ様になってしまった。


 不意に横から肩に手を置かれる。


「ひぅっ!?」


 悪寒に身の毛がよだつ。


 ビクッと肩が跳ねた。


 ゆっくりと顔を向けると、一番仲の良かった女の子が狂気に染まり牙を剥き出しにしていた。


「や、やだっ!」


 これまでにない程、身の危険を感じたイルティア。


 生存本能を刺激された魂が活性化し、潜在能力が覚醒する。


 咄嗟に押し退けた親友が発火し、火だるまになった。


 皮膚が肉が毛が焼け焦げる異臭が鼻を突き、噎せ返る。


「なんなの!?」


 イルティアは咳き込みながら、襲いかかる亡者を振り払い続ける。


 亡者たちは例外なく発火し斃れるとその動きを止めた。


 恐怖に蹌踉めく足を無理矢理動かして走った所為で、何度もつんのめる。


 亡者の体液と泥で汚れ、服に至っては更に所々焦げてしまっていた。


 鼻を手で擦ってしまい、顔が黒く煤けていた。


「ひぃっ!?」


 背後から捕まれ無意識に炎で迎撃する。


 見知った顔の人間の焼死体を何度も目にし、精神が急速にすり減る。


 イルティアの心は、亡者とは別の狂気に染まりかけていた。


「帰らないと……」


 思い浮かぶのはいつだって優しい両親の姿。


「……早く、助けてよ」


 決意と弱音。


 混濁した気持ちは整理とは無縁で、ぐちゃぐちゃに散らばる。


 震える足取りで進んでいると、背後から両腕を掴まれる。


 もう何度目かもわからない。


「離してっ!」


 力任せに振り払う。


 子どもの力では到底振り払うなど無理だ。


 だが振り払われた者は燃え上がり、自ら手を引く。


「イル、ティア……」


「え……」


 途中からは辛くて顔を見ない様にしていた。


 振り向かなければ、どれだけ良かっただろう。


「あぁ……」


 イルティアの心に罅が入る。


 燃え上がっていたのは、大好きな父と母。


 そして何より、その瞳には光が宿っていたから。


 まだアンデット化していなかったから。


「あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 幼い少女の慟哭が、燃え上がる村に響き渡る。


 イルティアの錯乱した精神が可視化されているかの様に、不安定な炎がイルティアを中心に広がる。


 イルティアが手を伸ばす程、両親はその身を強く焼かれた。


「違う違う違う違う違う違う違う違う」


 倒れる両親を見て、頭を抱えて蹲る。


 拳を頭を何度も地面に打ち付ける。


 放っておけば、死ぬまで続けてしまいそうだった。


「まさかほんとにこんなガキんちょがねぇ……」


 黒い長髪の男が品定めする様に、乱心したイルティアを見ている。


「サトギリさん、信じていなかったんですか?」


 失敬なと応えるのは木人。


 数年前にもかかわらず、二者とも現在と姿は変わらない。


「原初の一片ひとひらだっけ? そんなこと言われたって想像もつかないしさ」


「無理もありませんが、進歩は想像力無くして起こりません。これで少しは信じていただけましたか?」


「それはこのガキんちょの伸び次第かな。死霊魔術師を殺す手札になったら信じてもいいよ」


「では、信頼を得たも同義ですね。時が来たら死霊魔術について詳しく教えてくださると思っても?」


「まあそう言う話だったからね」


「それにしても取り替え子チェンジリングで世界を渡っていたとは、驚きでした。」


 我すら忘れたイルティアの世界に二者は存在しない。


 呻く少女を連れて行こうとサトギリが肩に手を置いた。


「っ!?」


 サトギリが危険を察知して手を引く。


 魂を感知できるサトギリだからこそ、魂が灼かれかけていたことに気づいた。


 骨の体に人面の化け物じみた男が、まるで化け物でも見るかの様にイルティアを見た。


「これは扱いが大変そうだなあ」


 めんどくさそうに言ったサトギリ。


 その目が倒れるイルティアの両親の焼死体を捉える。


 そうして現れた笑みは、気味悪く悍ましい怪物の様だった。


使えそーだよねぇ。いーこと考えた」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る