第26話 失意
「遺書は認めているのかしら? 下衆ロン毛」
「代筆して欲しいのかい? 舐めんなよ、凡人」
サトギリの正面に紫黒色の魔導書が現れる。
そしてアニカに骨の人差し指を向ける。
「
呪文を唱えた次の瞬間、サトギリの指が伸びた。
アニカの心臓目掛けて突き抜ける。
「!?」
咄嗟に横に跳び退いたアニカ。
しかしそのアニカを追う様に、サトギリの骨の指が曲がった。
「キモい!」
アニカが迫る骨の指に合わせて籠手で衝撃波を放つ。
上手くタイミングが合い、骨が砕ける。
しかし砕けた指は短くなったものの、サトギリはアンデット。
苦痛も感じず、短くなった指を更に伸ばす。
身を屈めて避け、指が曲がる瞬間に衝撃波を合わせる。
籠手で指を押し返しながら放ったことで先よりも骨が多く砕けた。
アニカが警戒を解かずにサトギリを見る。
だが更に指を伸ばしてはこない。
訝しげにアニカが様子を窺うと、あることに気づく。
(……腕が縮んでる?)
サトギリの片腕が短くなっていた。
(伸ばした分だけ縮むってことかしら?)
現状のピースで推測する。
(厄介には変わらないけれど、変幻自在あって訳ではないのかも)
そうであれば活路となりうる。
「
サトギリを紫黒色の球体が包む。
「させないわ!」
呪文を聞いて効果を悟ったアニカ。
背負った兵器を両手で構え、魔力収束砲を放つ。
熱を持った魔力の塊が大広間を一閃。
紫黒色の球体が魔力に覆われる。
魔力収束砲の軌道下の床が熱で溶け、赤々と輝く。
やがて魔力放出が止まる。
焼け焦げた一条の軌跡には、
「嘘……」
「ざんねーん、凡人の魔力で焼けると思った?」
無傷のサトギリが立っていた。
(今のが効かないのなら、私に勝ち目はない……?)
魔力収束砲はアニカの最大火力。
それで倒せないなら諦めるしかないかと考えるが、
(いいえ、サトギリの魔力で防げるとしても、サトギリがイリーガルでないのなら他の魔術の行使中に
魔導書を唱えて魔術を行使する行為は、自動的に行われる。
勝手に魔力が流れ、魔術を構成する。
通常であれば、その際にある程度の出力と方向などのコントロールをするのが限界。
同時に他の魔術を行使するなど以ての外だ。
だからこそ、
アニカが狙うなら他の魔術の行使中。
しかし、その為にはサトギリの攻撃中に溜めを要する魔力収束砲を当てなければならない。
一朝一夕ではいかないだろう。
(あいつは私が……!)
決意を新たにサトギリを見据える。
「なに、その目。苛つくなぁ」
「癇癪持ち? モテないわよ……あ、大切な人の一人も居ないからこんな事してるのよね。ごめんなさい、気が回らなくて」
サトギリの表情が消える。
「決ーめた。オマエはアンデットにもしない。手足を切断してカノン中引き摺り回す」
そしてサトギリが攻勢に出る。
アニカに肉迫し、腕を振るう。
先程までとは打って変わって、感情丸出しの激しい連撃。
(急に形が変わるなら急所の側に近づけられた時点で死ぬ……!)
アニカは細心の注意を払って攻撃を籠手で受け止め、または避ける。
「
アニカが骨の腕に衝撃波を放つ寸前、そこにあった骨の腕が縮んで攻撃範囲から抜けた。
サトギリが肥大化したもう片方の腕を上から振るう。
しかしアニカは尋常ならざる反応速度を見せる。
敢えて衝撃波を空に放ち、その反動で裏拳をサトギリの腕に当てた。
「うっ……!?」
だが苦痛の声を漏らしたのは、アニカの方だった。
アニカの左足を、サトギリの膝から伸びた骨の槍が貫いていた。
サトギリの表情が歪む。
(上を向かされた……!)
サトギリの攻撃がブラフだったと気づいた時には遅かった。
アニカが咄嗟に骨の槍に衝撃波を放つ。
「あ゛ぁぁっ!」
アニカは骨の槍を砕いたが、左足の内部で僅かに骨の変形を許してしまった。
内側から肉を抉られ、激痛に声を上げた。
後少しでも遅ければ左足が切断されていただろう。
下手をすれば足を伝って胴体まで貫かれていた可能性もある。
距離を取ったアニカには先程までの余裕は無く、首筋を汗が伝っていた。
「アニカ嬢!?」
イルティアはアンデット騎士の群れを押し除けて、サトギリを目指す。
「大人しく相手をしてるからちょっとは賢いと思ったんだけどなぁ」
サトギリが騎士の一人を盾にする。
「っく……!」
「あ、君ちょっと来てよ」
サトギリが手招きして呼び寄せたのはイルティアが団長と呼んだ騎士。
「この人とは親しかったのかな?」
「……だったらなんだ?」
イルティアが言葉を絞り出したと同時。
かつて第七騎士団団長だったアンデットの頭部が弾けた。
「……は?」
思わずそんな声を漏らす。
次第に何が起きたのかを理解したイルティアが嘔吐した。
瞳は潤み、汗がとめどなく溢れ、みっともなく鼻水まで流れる。
「キ、サマ、何を……」
「バカに教えるには実際にやって見せるのが一番いいからさ」
サトギリが醜悪な笑みを浮かべて他のアンデット騎士に指を向ける。
人差し指と親指だけを立てたその手は、銃の様にアンデット騎士を捉え、
「やめろっ!」
「バァン」
手が上を向く。
指を向けられていたアンデット騎士の頭部が消し飛んだ。
「離れててもできまーす」
だから大人しくしていろ、と暗にイルティアに理解させる。
「先に、オマエから殺そうか?」
「……」
「させないわ!」
膝をついて黙るしかないイルティアを、アニカが片手を伸ばして隠す様に庇い前に出る。
それを愉快そうに見るサトギリ。
そして何か思いついた様に口端を吊り上げる。
「そうそう、バカなオマエの為にこんなのも用意してたんだった。来い」
大広間の奥の扉から二人の、いや二体の影が現れる。
サトギリによってアンデット化された男女。
身体中に痛々しい火傷の痕が残っている。
その姿を見たイルティアが驚愕に目を見開き、「あ、あぁ…」と震える体が勝手に声を出す。
「お母さん、お父さん……」
イルティアの肩を支えその呟きを聞いたアニカも目を見開く。
ダメ押しでイルティアの戦意が折れ、剣を落とした。
カランカランと虚しい響きが大広間に伝った。
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