第13話 メイネ対ジーク

 なんやかんやでメイネはアニカの家に住むことになった。


 アニカは従者だと言うが、メイネにその自覚はない。


「私の従者のペットなんだから文句は言わせないわ!」


 とはアニカの言で、サブレとバリバリを連れて領主邸宅へ。


 道中人々の反応は様々で、恐怖するものから好奇心を寄せる者までいた。


 反応が良かったのは主に子どもだった。


 走って近づこうとするのを親に止められているところが何回か見られた。


「お嬢様! 何故その魔物をお連れになっているのですか!?」


 屋敷に着くと、門番がアニカに詰め寄る。


 門番はメイネがカノンを訪れた時にサブレとバリバリを見ている。


 きっちり話がついた筈なのに何故、と考えたところでアニカのお転婆が思い出される。


 アニカが見つければ、連れてくるだろうことは容易に想像できた。


「この魔物たちも含めて、ロトナたちは今日から私の従者よ!」


「何を訳の分からないことを言っているんですか!? どれだけの民が不安に感じたと思って……」


「黙りなさい!」


 ぴしゃり、と門番の言葉を遮る。


「これはこの領の為でもあるのよ! プテラに勝てる人がこの領にどれだけいるのかしら!」


 アニカが我が事の様にででん、と胸を張る。


「か、彼女たちがそれ程の実力を持っていると言うのですか?」


 プテラに勝てる、と言われて門番がメイネたちに目を向ける。


「らしいわ!」


「らしい、とはなんですか?」


「実際に見た訳じゃないもの!」


 そうなのだ。


 アニカは、屋敷を抜け出して傭兵の真似事をしようとしていたら、偶然メイネと受付嬢の会話が耳に入っただけ。


「信用もできない、実力も定かではない。それを御当主様になんと説明するのですか!」


「実力ならいつでも確かめられるじゃない!」


 アニカがメイネに目を向ける。


「力を示して貰ってもいいかしら!」


「そのおじさんをボコせばいいの?」


 門番の肩がびくりと跳ねる。


「見ている人が少ないから今じゃなくていいわ!」


 門番から力が抜けた。


「パパを呼んで来て!」


 アニカが門番に命じる。


「御当主様をお呼びする気ですか!? こちらから伺うのではなく!?」


「魔物たちも見て貰った方が早いでしょ!」


「ですが御当主様は大変お忙しく……」


「いいから呼んで来て! 無理ならその時に押しかけるわ!」


「わ、分かりましたから」


 門番はトボトボと当主の元へと向かう。


 無礼なことを言って機嫌を損ねたらどうしようか、と足取りが重い。


「使用人には私から言っておくけど、パパには挨拶してもらうわ!」


「ええー」


 流石にそれは譲れない、とアニカ。


 メイネは不満そうだ。


「帰ろっかな」


「ダメよ! 少しくらい我慢なさい!」


「誰が言ってんの」


 アニカにだけは言われたくない。


「なによ! もう少し従者らしくしたらどうなの!」


 しばらく、やいのやいのと言い争っていると、赤髪の偉丈夫が現れた。


「パパ!」


 アニカが言う。


 彼こそがカノンの現当主でありウェルス王国の辺境伯。


 リキ・マナ・カノンだ。


 リキからは、オークくらいなら殴り飛ばしそうな圧を感じる。


 スーツの様な気品ある衣服が、主張の激しい筋肉で今にもはち切れそうだ。


 しかし見た目とは裏腹に貴族らしい洗練された足取りでメイネの前まで来た。


「お前がロトナか?」


 低い声も相まって圧が凄い。


「そうだよ」


「そうか。お前は?」


 リキがアレボルを見やる。


「アレボルだよ」


「何故お前が答える? 兜を外せ」


「アレボルは恥ずかしがり屋だから嫌だって」


「あ?」


 リキの眉間に皺が寄った。


「見せれん理由でもあんのか?」


 何か訳ありかと尋ねる。


「恥ずかしいんだって」


「それは聞いた」


 メイネは意図が分かっているのかいないのか。


 適当に答える。


「まあいい」


 時間の無駄だ、と話題を変える。


 もっと重要な事が他にあるから。


「お前らがプテラを倒せるってのは、本当か?」


 リキの目が更に迫力を増す。


「頭がつるつるで虫みたいな手のやつは倒したよ。鎌が生えたやつは、前は無理だったけどたぶん今なら倒せる」


子爵級ヴァイカウントにあったことがあるのか!?」


 リキは驚きを隠せない。


「四年前だけどね」


「なら何故生きている?」


「知らない女の人が倒した」


 イルティアを思い出し、メイネの機嫌が悪くなる。


「そいつはどんな容姿だった?」


「銀色の髪ででっかいうねうねした剣持ってた」


「王国第一騎士団団長のイルティアか。嘘では無さそうだな」


 四年前に子爵級ヴァイカウントと呼ばれるプテラを単独で討伐したことで、当時十四歳の少女が第一騎士団入りしたことは、リキも把握している。


 遠い地での事ではなく、アイアール大森林での出来事であるから尚印象が強い。


「その鎌のプテラには子爵級ヴァイカウントという個体名がついている。お前らが倒した異形のプテラは我々には脅威だが、奴らにとっては雑兵に過ぎん」


「へ〜」


 メイネは興味が無さそうだ。


「お前らをアニカの従者としてこの屋敷に置くことは認めよう。だが納得できないものもいるだろう。その力を見せてくれ」


「門番のおじさんは?」


「何故その話が出る?」


「その人をボコすんじゃないの?」


「まさか」


 何を言っているんだとリキ。


「そいつと戦ってもらう」


 いつの間にか集まっていた屋敷の人々。


 顎でその中の一人の男を示す。


 冷たい目をした金髪の青年だ。


 マントがついた銀の鎧を着た剣士。


「パパ!? ジークと戦わせるつもり!?」


 その人選にアニカが吠える。


子爵級ヴァイカウントを単独で倒した男だ。実力を測るのに不測はないだろう?」


 ニヤリと口の端を上げるリキは、どこか楽しそうだ。


「でも!」


「勝てと言ってる訳じゃない。実力があれば認めるさ」


 不安そうなアニカ。


 リキは娘のそんな様子すら面白がっている。


「私はいいよ」


 そんな中、メイネが前に出た。


「戦うのはアレボルじゃないの!?」


 てっきり全身鎧で強そうなアレボルが戦うと思っていたアニカ。


「うん。アレボルじゃ手伝わないと無理そうだから」


 当然のことの様に言ってのける。


「俺に勝つ気でいるんだ」


 ジークは嫌味ではなく純粋に驚いていた。


「一応そのつもりでやった方がよくない?」


「まあ、そうだね」


 無愛想なジークだが、少し目の前の少女の実力に興味が湧いていた。


「そっちが本気なら手加減できなくなるけどいい?」


 ジークは警告の意味を込めて伝える。


「よくない。手加減して」


「聞いといてなんだけど無理だね」


 そしてカノン家の庭で二人が対峙する。


「いつでもいいよ」


 ジークの言葉を聞いた瞬間、メイネが結晶から青の魔導書を取り出す。


「ロトナって水の魔術師だったんだ!」


 気が気でなくソワソワとしていたアニカ。


 メイネのことを何も知らなかったので魔導書を見れて嬉しそうだ。


水竜の涙オーバーフロー


 荒ぶる水流がジークに襲いかかった。


「運は最悪だね」


 そう呟くジークの手には黄色の魔導書。


飛雷ライトニング!」


 ジークが呪文を唱えると、手に電気がバチバチと迸る。


 その手を前方に向け、そこから雷が放たれた。


 水流にぶつかり煙が上がる。


 雷は水流を侵食し、水の流れに逆らってメイネを狙う。


「うわ」


 メイネが水竜の涙オーバーフローの制御を手放し、飛び退いた。


 雷が立派な木に直撃し、焼き倒した。


「なんてことを!」


 庭師のお爺さんがジークを非難する。


 しかし戦闘中の二人の耳には届かない。


 メイネの回避先を読んで雷が放たれていた。


水の城壁カタラクト!」


 メイネの正面に大量の水が落下し、水の壁を作り出す。


 雷が水中を暴れ回り、そのエネルギーを拡散させる。


「どっちもどっち」


 互いに魔術が通らない。


「違う勝負をしようか」


 ジークが剣を抜く。


 芸術品の様な金の装飾が施された鍔。


 そして大きな両刃の刀身。


避雷針チャージ!」


 大剣が電気を纏う。


 ジークが駆け、距離を詰める。


 メイネはジークが剣を抜いたのを見た時から、結晶を握っていた。


 それは暴竜レクスの魂を閉じ込めた結晶。


 ーー死霊改竄チェンジ・アンデット


 メイネが魔導書を介さず死霊魔術を行使する。


 メイネもまた、イリーガルだ。


 死霊魔術に限り、魔導書を介さずに扱える。


 そしてメイネの手に骨の槍が現れた。


 巨大な穂を持つ二又の槍。


 穂の先端は鋭利で、外側は日本刀の刃の様に斬ることに特化した形状をしている。


「槍を出す魔術? あいつは水の魔術師じゃないのか?」


 リキの疑問に答えられるものはいない。


 距離を詰めていたジークに対し、メイネも飛び込む。


「ッ!?」


 ジークの目には、メイネが消えた様に見えていた。


 靴で隠れているが、メイネは両足を狼化させていた。


 人間離れした瞬発力で肉薄したメイネが二又の槍を突き出す。


 一瞬メイネを見失ったジークだが、常人ならざる反応速度で受け止めた。


 大剣の腹で受け、両手でそれを支える。


 しかし速度と重さの乗った一撃を完全に止めることが出来なかった。


 踏ん張った足が後方へ引き摺られ地を削る。


 砂埃が二人の姿を隠した。


 メイネの一撃を防ぎ切ったジークが力任せに押し退ける。


「雷を、喰ってる?」


 本来なら競り合った時点で、相手は感電する筈。


 しかし、メイネにはその様子が見られない。


 考えられるのは、骨の槍に何か秘密が有るということ。


 それが何かはわからないが、今は剣を振るうしかない。


 そこから剣撃と槍撃の応酬が繰り広げられた。


 メイネの槍撃には、穂の外側を用いた剣撃も混ざっている。


 少女の見た目からは想像できない重撃がジークを苦しめる。


 時折雷と水の魔術も飛び交い、二人の間合いには何人足りとも踏み込むことは許されない。


 そして終わりは唐突に訪れた。


 ジークの上段の一撃を、メイネが二又の槍の隙間で受け止める。


「きたきた!」


 メイネはこれを狙っていたのだろう。


 更にメイネが狼化した足の爆発的な瞬発力で飛び上がる。


 メイネが側方に半回転し空中で逆さになると、槍ごと捕らえた大剣も半回転する。


「痛っ!?」


 大剣を握ったジークの手が捻られ、咄嗟に手を離した。


 手を離さなければ肘が折れていただろう。


 メイネが更に半回転し、その勢いで大剣を投げ飛ばす。


 ちょうど一回転したメイネが着地し、ジークの首に穂先を突きつけた。


「勝てたー!」


 ぴょんぴょん跳ねながら喜ぶ。


 これでメイネのヒモ生活が始まるのだ。


 一方、超速で飛んでいった大剣は門番の目の前に突き立ち、門番が青褪めながら失神する。


「勝っちゃった……!」


 その結果に皆が言葉を失う中、アニカが言う。


「ジークに勝った! 凄い!」


 アニカの声を聞いて、皆が結果を受け入れていく。


 カノン家に仕える兵士の中でも最強格のジークに勝った。


 それはその戦いを目にしていた者たち、そして誰よりもジーク本人に衝撃を与えた。


「負けた……」


 自分に勝てる者など、第一と第二騎士団の中に数名いるぐらいだとジークは思っていた。


 それがぽっと出の年若い少女に負けた。


 現状に満足し、停滞していたジークの闘志に火がつく。


「ありがとう、ロトナって言ったっけ。次は俺が勝つから」


 ジークは誰にも顔を見られない様に立ち去った。


 歯を食いしばり、悔しさに打ち震える己を見られたくなかったから。


「え、もう戦う気ないけど」


 メイネには戦う理由がなかった。


「お前すげえじゃねえか!」


 リキがだーっはっはと豪快に笑いメイネの肩をバシバシ叩く。


「ふふん」


 メイネは、にんまりと頬をもちもちさせる。


 胸を張っていたところに、後ろからアニカが抱きついた。


「流石は私の従者ね!」


 アニカの二つに括った赤い髪が、メイネの頬を擽る。


 メイネは、過剰なスキンシップに少し嫌そうな顔をしていた。

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