第12話 我儘娘

豚鬼オークってあれのことだったんだ。ってことはあれの群れがいるの?」


 四年前のメイネでは到底体力が持たなかっただろう。


 メイネの勘違いなのだが。


 あれは豚鬼オークではなくプテラだ。


「あれだけは、消さないと」


 メイネの瞳から熱が消えていく。


 冷酷に、冷徹に。


 バッグから結晶を取り出す。


死霊覚醒クリエイト・アンデット!」


 結晶から無数の光条が放たれ、閉じ込められていた魂を呼び起こす。


 大気を震わせる咆哮を上げて現れたのは超大型の地竜。


 暴竜レクス


 調子に乗ってアイアール大森林の深層を訪れた際、死にかけながらも何とか倒したメイネの切り札。


 巨大を支える逞しい二本の足と、小さな腕。


 捕食者たることを誇示する大口には、鉄さえ砕く破壊の牙。


 見たものの体を恐怖で硬直させる縦長の瞳孔が、異形のプテラを見下ろした。


 木々より体高のある異形のプテラより、更に巨大な地竜。


 離れたホエ村の人々も、その巨軀を目にしていた。


 異形のプテラが飛び掛かり腕を振るう。


 しかし暴竜レクスは防御などしない。


「喰らい尽くせ」


 メイネの底冷えしそうな声を受けた暴竜レクスは突進し、プテラの攻撃をその身に受けながら押し倒す。


 そのままプテラの頚部を噛み千切った。


 けたたましい叫びをあげるプテラが踠く。


 再生しようと傷口が蠢くが、それを超える速度で暴竜レクスが喰らっていく。


 行われたのは一方的な虐殺。


 とても戦闘と呼べるものではなかった。


「あ、どうしよ。証拠も消しちゃった……」


 豚鬼オークを跡形もなく倒してしまった。


 これでは倒した証明ができない。


「でも豚鬼オークがいなくなったしいっか」


 豚鬼オーク討伐こそ達成できてなくとも、結果的に村は救われる。


 村長が何故依頼したのかを考えれば、まあこれでも良いだろう。


 メイネは晴れやかな顔でホエ村に戻った。






「ご無事でしたか!」


 ホエ村に戻るなり、待っていた村長が駆け寄る。


「まねー」


 想定外ではあったものの結果は圧勝。


 余裕綽々だ。


「何か豚鬼オークよりも恐ろしい怪物が見えたのじゃがあれは一体……」


「ん? 私は見なかったけど」


 十中八九暴竜レクスのことだろう。


「そ、そうですか……して、豚鬼オークめはどうなったのてすか?」


「倒したよ。あの子たちが全部食べちゃった」


 サブレとバリバリを示す。


「全部、ですか? 体の一部たりとも残っていないと?」


 村長がなんともいえない顔をした。


「そうそう。血くらいなら戻ったらあると思うけど」


「ほう、では息子を現場に連れて行って確認させたいのですが、そこまでの護衛を頼めますかな?」


「いーよ」


 そして村長の息子を案内すると、その凄惨さに言葉が出ていなかった。


 結果としては、異形のプテラが食べていた豚鬼オークの残骸があり、豚鬼オークの脅威がなくなったことは証明された。


 そこで漸くメイネが倒したのは豚鬼オークではなかったのだと気づく。


 なら兵士が言っていた通り、異形の名前はプテラでいいのかと今更理解する。


 メイネは無事に村長から報酬を受け取り、カノンの傭兵ギルドで受付嬢に愚痴っていた。


「それで豚鬼オークだと思って倒したやつがプテラで、プテラに食べられてた方が豚鬼オークだったんだって」


「ちょ、ちょっと待って下さい! プテラを倒したんですか!?」


 受付嬢が驚きのあまり声を荒げる。


 それを聞いていたギルド内の者たちが騒めいた。


「だから、そうだっていってるじゃん」


「その……特徴をお聞きしても?」


「頭がつるつるで、腕が虫みたいで、ずんぐりむっくり」


 説明がアレだが、その特徴は受付嬢の知るものと一致していた。


「ほ、ほんとに倒したんですか……」


「だからさ! 追加で報酬とか、ね!」


 メイネが受付嬢に身を寄せて指でつんつんする。


「そ、それは……何しろ証明できるものが有りませんので……」


「はぁ〜」


 露骨にため息を吐く。


 それはもう、これ見よがしに。


「ま、稼げたからいいけど」


「カノンからホエ村まで、往復も考えたら一日で達成出来るような依頼じゃない筈ですけどね……」


 受付嬢が頭を押さえる。


「お金欲しくなったらまた来るね! ばいばーい」


 そんな受付嬢に手を振ってそそくさと傭兵ギルドを出た。






「ちょ、ちょっと待ちなさい!」


 外に出たメイネに声が掛かる。


 しかしメイネは自分に言われていると気づいていない。


「待ちなさいって!」


 メイネの前に回り込んで道を塞いだのは、同じくらいの年の少女。


 二つに括った赤い髪と勝気な瞳からは活発な印象を受ける。


 上流階級であることが一目でわかる、品の良いローブを纏っていた。


「私?」


「そうよっ!」


 メイネに用があるみたいだが心当たりがない。


「どしたの?」


「プテラを倒したって本当!?」


「まあ」


「本当なのね!」


 少女がシュバっとメイネに詰め寄り手を取る。


「あなたたち、この私に仕えなさい!」


 色々すっ飛ばした唐突な誘い。


 メイネはするりと少女の手から逃れて、


「どんまい!」


 駆け出した。


「なんでよ!?」


 赤い髪の少女が追う。


「私そーゆーの無理!」


「やってみないと分からないじゃない!」


「わかる!」


「話聞きなさいよ!」


「聞かないよん!」


 少女たちの追いかけっこは続く。


 メイネにアレボルも続き、街中を走り回る二人と一体。


「あの子って……」


 それを見た女性が呟く。


 赤い髪の少女を知っているようだ。






 少女の体力は限界を越えていた。


 尚もふらつく足で追いかけるが、未だ疲れを見せないメイネに追いつくことはない。


 メイネは逃げながら時折露店でスイーツを買っていた。


 アレボルの手に紙袋が増えていく。


 街中をどれだけ逃げ回っても少女が付いてくるので、メイネはとうとう街を出てサブレとバリバリの元へ合流した。


 暫し遅れて、少女が汗塗れで追いつく。


「な、んで、にげ、る、のよ!」


 息も絶え絶え。


 震える膝を手で押さえ、なんとか立っていた。


「めんどくさい」


「わ、私が誰だか、知ってるの!?」


「だれ?」


「ふん! 聞いて驚きなさい! 私はこのカノン領領主の……」


 少女が名乗りをあげようとした時。


 メイネは露店で買ったドーナツを食べていた。


 先にサブレに食べさせて毒味も忘れない。


 正体を明かし、気持ち良くなろうとしていた少女が怒る。


「聞きなさいよ!」


「ふぇ」


 メイネの口がもきゅもきゅと動く。


 両手にそれぞれ持ったドーナツの穴から眼鏡の様に覗く。


「私は領主の娘! アニカ・マナ・カノンよ!」


 どーん、と腕を組んでふんぞり返る。


「長いね」


「もっと敬いなさいよ!」


「なんで?」


「偉いからよ!」


 髪をふぁっさー、と靡かせる。


「ふ〜ん、すごいね」


「気持ちが篭ってない!」


 適当にあしらうメイネと、ツンケンするアニカ。


「あなたの名前は!?」


「ロトナ」


 メイネが偽名を名乗り、


「……ねぇ、どうすれば帰ってくれる?」


 と聞くが、


「ロトナもついて来るなら帰るわ!」


 アニカがきっぱりと言う。


「……はぁ。で、なんだっけ?」


 結局メイネが折れた。


「私の従者にしてあげるわ!」


「や」


「なんでなのよ!?」


 メイネがため息を一つ。


「この子たち、怖くないの?」


 サブレとバリバリに目を配る。


 メイネとしては、ここで魔物を見せれば帰ってくれるんじゃないかという打算もあったのだが。


 アニカはメイネの言ってる意味がわからず首を傾げた。


「? 凄いペットじゃない!」


「……変な人」


 メイネが面白くなさそうにドーナツを齧る。


「なによ!」


「話聞けって言うのに全然ちゃんと話さないし」


「話してるじゃない!」


「なんで従者? ってのになって欲しいの?」


「ロトナたちがプテラを倒せるからよ!」


 メイネが聞き出して漸く詳しい話を始める。


「カノン領は本当はもっと発展してた筈なのよ! なのにあのプテラとかいうのが出てきたせいで他に手が回らないの! だから領主の娘として私が根絶やしにしてやるんだから!」


 ぐっと拳を握る。


「そうなんだ。自分で頑張って」


「それは……」


 珍しくアニカの歯切れが悪い。


「魔術が、使えないの……」


 消え入りそうな声音。


 アニカの手に魔導書が現れる。


 それを見てメイネが口を噤む。


 アニカの魔導書がくすんだ白色をしていたから。


 メイネが死霊魔術を使う前の様に。


「うちは魔術師としても優れてる家系で、私はその中でも魔力が桁違いに多くて、それにイリーガルだったから期待されてたの……」


 さっきまで元気一杯だったアニカ。


 今では俯いてなんともしおらしい。


「なのに! もう十四歳なのに、いつまで経っても魔術が使えない! こんな私じゃ! カノン家の役に立てない!」


 アニカがその胸の内を叫ぶ。


「……イリーガルってなに?」


 しかしメイネの表情に変化は見られない。


「知らないの!? 生まれつき魔導書を使わなくても魔力を動かせる人のことよ!」


 メイネがそれを聞いて不思議そうにする。


「じゃあ魔導書が白くたっていいじゃん」


「魔力を動かせるって言っても、繊細なコントロールができる訳じゃないの。全身から放出できるだけ」


 アニカはどんどん落ち込んでいく。


 自分の悩みを言語化することで、より実感してしまったのだろう。


「でもただの魔力でもたくさん浴びせたら痛いと思うよ」


「人とか魔物にはそれで良かったんだけど、プテラには威力が足りなかったのよ……」


 試したことはあるらしい。


「集めてぶつければいいんじゃない?」


「……どうやって集めるのよ」


「それを考えたら? 私たちを誘う前に」


「なら一緒に考えればいいわ!」


「……」


 どう会話を運んでも逃げられそうにない。


 メイネが心底めんどくさそうにする。


「その方法を見つけたらさよならでいいなら、考えあげてもいいよ」


 メイネなりに妥協した結果だ。


 そんな条件を出したのは、方法に心当たりがあるから。


「それは嫌よ! 一緒にプテラ共を倒すんだから!」


 却下。


「わがまま!」


「何が不満なわけ!」


「人の言うこと聞くのが嫌! あと偉い人に気を使うのも嫌! 人がいっぱいいる家に行くのも嫌!」


「ロトナもわがままじゃない!」


 あーでもないこーでもないと、少女たちが言い合う。


「私は一人がいいの!」


「私はロトナと居たいわ!」


 互いに譲らず話は平行線。


 そんな中、アニカが切り出す。


「屋敷では、使用人にロトナたちと関わらない様言いつけるわ! 私以外の命令も聞かなくていい! 私のお小遣いも分けてあげる、贅沢が出来るわ! お部屋も用意するし、美味しい料理も食べさせてあげる! 大きなお風呂にも入れる!」


 メイネが嫌がらない様に、アニカが出来る限りのことを述べる。


「だから! 私の従者になりなさいっ!」


 アニカがここまで必死なのは、メイネが同年代でもあるから。


 メイネはそれを聞いて、ドーナツを落とす。


 地面につく前に慌ててキャッチした。


 詳しく話を聞けば、なんと好条件だろうか。


 もう傭兵ギルドで働かなくていいし、部屋に篭って贅沢な暮らしが出来る。


 とアニカは言うのだ。


 連なる甘い言葉の誘惑に、メイネは抗うことができない。


 いや、飛びついた。


「いいよん!」


 メイネの旅に目的があった訳ではない。


 自分が安全に、安心して暮らすために。


 そして趣味となった死霊魔術の研究を気兼ねなくする為に。


 一人でいることが最善だと思っていたし、旅をするのも性に合っていると思っていた。


 だが理想郷はここにあったのだ。


「……え?」


 アニカは何を言っても反発してきたメイネが急に誘いに乗ってきて驚く。


「早く行こ! 少しでも話と違ったらお別れだからね!」


 グイグイとアニカを押す。


 そんなうまい話ある訳ないと思いながらも、興奮が冷めやらない。


 嘘ならアニカにお灸を据えて逃げればいい。


 兵士たちが敵に回るとしても、プテラに苦戦している程度なら、暴竜レクスを出せばどうとでもなる筈。


「わ、わかったから! でも話をつけるのに時間がかかるわ!」


「それくらいなんとかして」


「急になんなのよ!?」


 姦しい少女たちの後に、アンデットたちが続いた。


 人と深く関わらない様にしていたメイネが、アニカの激烈なアプローチに折れた。


 間違いなく、メイネにとって転機となるだろう。

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