【第二十三話】「淫魔、美食に目覚める! アラン君と初めてのピザ」

 7月中盤、台風が日本列島に近づき、湿気不快指数MAXですっきりとしない天気が続く都内S区のマンション508号室。

「アラン君、大丈夫……?」

 頭痛薬やアルミパウチ白粥、栄養ゼリーの入ったドラッグストアのビニール袋を持って帰宅した株式会社サウザンド人事部社員、守屋美希・通称ミキちゃんは暗い室内に問いかける。

「ミキさん、ごめんなさい……」

 連日の高湿度と気温変化の大波で気象病となり体調不良ダウン中の同居人、淫魔アランはソファーに突っ伏したまま答える。

「ひとまず無事そうね……良かったわ。薬買ってきたけどそもそも効くのかしら?」

「はい、多分……とりあえず夕食どうしましょうか?」

 気合と根性で立ち上がって台所に向かい、頭痛薬を開封しつつ牛乳を用意したアランはミキさんに聞く。

「そうね、だったらこれにしましょうよ!」

 そう言いつつミキちゃんが取り出したのは茶摘からおすそ分けしてもらった食事出前サービス・ウーパーミールの無料体験チケットだ。

「ウーパーミールって、あの緑のウーパールーパーのロゴ入り正方形リュックを背負って自転車で走っているあの人たちですか? これが夕食になる……?」

 舌なめずりするウーパールーパーのイラストが描かれた長方形の紙をアランはしげしげと眺める。

「これを食べるのは無理ね、まずはホームページにアクセスして……」

 スーツを脱いでTシャツとショートパンツの部屋着に着替えたミキちゃんはノートパソコンを起動させ、色とりどりの食べ物が表示されたウーパーミール公式HPを開く。

「ここからご飯を注文するんだけど……何がいいかしら?」

 創作料理、ラーメン、アジア料理、洋食、中華、和食……海と山の幸を全て網羅した料理の数々にアランはただただ圧倒されるばかりだ。

「あの、 ミキさん。この赤と白に緑のこれは何でしょうか?」

 アランは白と緑の斑点がある赤い薄焼き丸パン上に葉っぱが乗せられた食べ物を指さす。

「ああピザね、いいじゃない。これにしましょ! ええとじゃあマルグリータのMサイズと、ソーセージサラミピザのMサイズ、他に良さそうなのはあるかしら?」

 アランが直感的に指さした『30分以内にご自宅へ! 本格窯焼きナポリピザ ヴォラーレ・ビア』の店舗ページを開いたミキちゃんは手早く注文に取り掛かる。


 それから二十分ほどして……

「おまたせしました、ウーパーミールです! 受取サインお願いします!」

「はぁい!……んっ?」

「どういたしました?」

「いや、何でもないです! サイン書き書きっと……あと、これは気持ちです」

 丸顔でにこやかなウーパーミール配送員のおじさんがタッチペンと共に手渡してきたスマホに一瞬違和感があったアランだが、すぐにサインして返す。

「ありがとうございます! またのご利用お待ちしております」

 500円のチップとスマホを受け取ったウーパーミール配送員のおじさんは帽子を取って頭を下げ、空になった正方形の岡持ちリュックを揺すりながら去っていく。


「アラン君、受け取ってくれてありがとう! 温かいうちに食べましょ!」

 アランが受け取ってくれたピザを開封し、二種類のピザを一切れずつお皿にとったミキちゃんは冷えた麦茶を運んできたアランに差し出す。

「ありがとうございます、 ミキさん!」

 最初にアランが手に取ったのは薄焼きパンと上にとろけたテーズと緑色のペーストと焼きトマトが乗ったピザ、マルゲリータだ。

「ありがとうございます! いただきまぁす! 熱っ……はふっ、はふっ……おっ、美味しいです!!」

 写真ではわからなかったが、フカフカサクサクな薄焼きパンの上でとろける熱々の濃厚チーズと焼きトマト、バジルの香りの調和にアランは歓喜の声を上げる。

「もう一つのこれは……肉汁たまらんです!」

 マルグリータを食べ終えたアランが次に手に取ったソーセージサラミピザ。

 とろけるチーズにカリカリのサラミのダブル塩味とそれを中和する丸ソーセージの肉汁……先ほどのマルゲリータとは違う濃厚な味の調和にアランは身を震わせる。

「うふふ、アラン君が元気になってくれて良かったわ!」

 すっかり元気になっておかわり四切目のピザを食べんとするアランにミキちゃんは微笑む。

「あっ、 ミキさんごめんなさい……あまりにも美味しくて」

「いいのよ、アラン君! 私も昔はピザ二枚分ぐらい余裕だったんだけど今は四切れが限界だから注文するのも気兼ねしちゃって……アラン君のおかげで久しぶりにピザが食べられて良かったわ!」

 ミキちゃんは二切れ目のマルゲリータを嬉しそうに食べる。

「ありがとうございます、 ミキさん!」

 アランはミキちゃんの優しさとおおらかさに感謝しつつピザを堪能する。


 それから数日後……S区中央商店街。

(本格ピザ窯で焼くのはちょっと無理。かと言ってスーパーの冷凍マルゲリータじゃなぁ)

 感動的な美食との出会いをキアラにも伝えるべく、ピザをお料理講座の題材に出来ないか模索していたアランがマイ自転車・インキュバス号で買い物に来て中央商店街を歩いていたその時だった。

「ピザトースト?」

 中央商店街の喫茶店「ムーン・リヴァー」の前に置かれた立て看板に書かれたイラスト。

 正方形の厚切リトースト上に乗せられたハムとピーマンの上でチーズが溶けている食べ物のイラストにアランは首をかしげる。

(これはピザなのか? ハムにチーズ、 トマトではあるが……でも丸じゃなくて四角だし、そもそもトーストとはどういう意味だ?)

 アランは財布の中身を確かめるとすぐに喫茶店に入る。


 ……ゆったりとしたジャズが流れる昭和純喫茶そのものな古びた内装の店内。

「お待たせしました! ピザトーストセットです!」

「ありがとうございます」

 黒いノースリーブワンピース上にエプロンを巻いた若いウエイトレスはアランの席にコーヒーとピザトーストを置く。

(これがピザトーストか……なるほどね。原理はピザそのものだ!)

 十字型に切れ目を入れた厚切リトーストにトマトソースを塗ってハムと刻みソーセージにピーマンをトッピング。さらにその上にチーズをのせて焼いたであろうメニューの写真を撮りつつアランは考える。

「いただきます!」

 フォークとナイフで四等分にしたピザトーストをアランは口に入れる。

(これは……うん、この前のピザとは違うけど美味しい! これならミキさんのオーブンでも作れるぞ)

 ほぼ同じ名前でも全く違う食べ物……アランは人間界の多様な食文化に感心しつつピザ風もちもちトーストをほふほふと頬張り、コーヒーをゆっくりと楽しむのであった。


【完】

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