【第二十二話】「クロスオーバー!? 淫魔、淑女と出会う!」

 7月、某日。都内S区にある書店ビル最上階のイベントフロア。

 写真投稿特化SNS・フォトウコウや雑誌のグラビア、イベントコスプレイヤー、ダンサー、詩人、作家……様々なジャンルで活躍する金髪碧眼の美人ハーフモデル・エリザベス女史の限定楽曲CD付写真集発売を記念して開かれたサイン会には多くの老若男女ファンが列を作って並んでいた。

「アラン、わざわざ来てもらって済まないな」

 オペラマスクに青いドレス姿で妖艶に微笑むエリザベス女史が表紙の新作写真集「la operetta」と整理券を持って長蛇の列に並ぶ茶摘は、一つ前に立っているアランに言う。

「いえ、 ミキさんも出張中ですし……こういうのは初めてなのでドキドキします!」

 読む用・保管用・布教用の三冊を確保すべく茶摘に利用されたとは知りもせぬアランは爽やかな笑顔で答える。

「……アラン様、あの方どう思います?」

 半氷ペットボトルの入ったホルダーを肩に下げて長い金髪を後ろで左右のお下げにし、野球帽に半袖Tシャツ、ホットパンツにスニーカーと言う夏らしいヤングギャルフアッションで手持ち無沙汰にスマホパズルゲームをやっていたキアラは、遥か向こうでにこやかにファンの写真集にサインしていくブルーサマードレスのエリザベス女史を指さしつつアランに尋ねる。

「どうって、いやすごく優雅で綺麗な人だなぁとは思うけど?」

「そうじゃありませんよ! アラン様あの方『男』ですよ!?」

 茶摘の後ろに並ぶキアラのトンデモ発言に茶摘含む周囲のファン達の血の気が引く。

「……あれ、そう言われてみれば。人が多すぎてよく分からなかったけど、魔力反応的には絶対に女性じゃないな。茶摘さん、あの方は女装しているんですか?」

「アラン、キアラ……しーっ…… しーっ……」

 タブー発言を乱発する二人と一人を周囲のファン達が睨みつけてくる圧に耐え切れず、茶摘は淫魔達を黙らせようとする。


「そこのお二方……ちょっと警備室まで来てもらえますか?」

「なぜですか?」「そもそもおばさん誰?」

 そんな中、アランとキアラに声掛けしたのは警備員と共に現れたイベントスタッフIDを首から下げたスーツ姿の女性だ。

「すみません! 私の連れが失礼いたしました! 申し訳ありません!」

「あら、あなたはこの子達の……親御さんですか? ちょうどいいわ、一緒に来てくださいませんか?」

「はい……キアラ、アラン。一緒に行こう」

 正確に言えば親御さんではないのだが、こうなってしまったら逃げられない。

 事態をより悪化させないためにも茶摘はキアラとアランと共に素直に同行に応じる。


「株式会社サウザンド人事部事務職、茶摘卓雄さん……あなたは本当にネット上で暴れているアンチではない、と。まさかとは思いますがジョッカーの手先ですか?」

「ジョッカー……? 何のことでしょうか?」

 事務所に連行された茶摘は『信用力』と言う名の社会人儀礼必須アイテム・会社名刺を差し出し、キアラとアランについては同居人の元劇団員フリーターと知り合いの大学浪人生だと説明。それらを踏まえた上でのスーツ姿の女性スタッフからの問いかけを全て否認する。

「確かにネット上で我が社専属モデルのエリザベス女史に対し、男の女装だとデマを垂れ流す輩が居るのは事実です。ただあなた達は……過去にヴィクトリア・エイジ社に対する威力業務妨害でブタ箱行きになったブラックリスト者ではないようですね。ひとまずは信じるとしましょう」

「本当に申し訳ありませんでした!」

 ようやく誤解が解けた三人は安堵の謝罪をする。

「このご時世、ネットでもリアルでもやばいヤツがたくさんいますので……ひとまずは良かったです! せっかくファンとしてイベントに来ていただいたのに不愉快な思いをさせて申し訳ありませんでした!!」

 スーツ姿の女性は「ヴィクトリア・エイジ モデルマネージャー 節原 奈加子」と書かれた名刺を茶摘達に差し出しつつ謝る。

「モデルマネージャー…… ? アイドルとかのプロデューサーみたいな職務なんでしょうか?」

「実態は体力勝負の何でも屋さんですけどまあそんな感じですね。ご購入いただいた写真集のサインの件ですが……」

「姉さん、すみま……」

 事務所に入って来た爽やかなブルーのワンピースドレスにサマーハット、ハイヒール姿の美女……至近距離で見たエリザベス女史の後光が射さんばかりの見目麗しさに茶摘のみならず、アランとキアラも見惚れてしまう。

「マネージャー、この方達は?」

 見知らぬ三人組を前に、エリザベス女史は節原マネージャーに尋ねる。


「あらまぁ、そんな事があっただなんて……全く気付きませんでしたわ! せっかく来ていただきましたのに申し訳ありません!」

 節原マネージャーから事情を聞いたエリザベス女史は鈴を転がすような透き通った美しい声で朗らかに答えつつ、3人分の写真集にサインをしていく。

「キアラさんにアランさん、逆にお聞きしたいのですが……私のどこをみてそう感じましたのでしょうか?」

「どこ……ええと、肩幅とか筋肉の付き方。後は体格とかですかね」

「僕は喉の辺りで……何となく直感的にですけど」

 エリザベス女史の美貌と気品オーラに圧倒され、『生体魔力反応を調べた』等と言えるわけもない淫魔二人は当たり障りのない返答を選ぶ。

「なるほど、貴重なご意見ありがとうございます! 今後のボディメイクの参考にいたしますわ! ところでアランさんはハーフの大学浪人生、キアラさんは元劇団員との事ですけど……モデルとか興味がおありかしら?」

 エリザベス女史はサイン済み写真集を3人に手渡しつつ尋ねる。

「いえ、今のところは……あまり考えていません」

「あら、そうなの? もしご興味が湧きましたらいつでも衣装制作会社ヴィクトリア・エイジ社のHPか私の個人SNSをご覧になってくださいね! SNS、電話、メール、書類郵送。わが社は全ての窓口からモデル応募を受付していますわ! 茶摘さんも今後ともよろしくお願いいたします!」

 エリザベス女史は茶摘にサイン入リブロマイドプラスチックしおりのおまけを手渡しつつウィンクする。


……それから数日後、都内T区のマンション805号室。

「私と言う可愛くてセクシーなサキュバスを差し置いてカタブツ茶摘さんを篭絡するとは……許しがたい女装男ですわ!」

 日中の家事を終え、扇風機を前に一体みしていたキアラは茶摘が二つ目の家宝として額縁に入れたエリザベス女史のサイン入リブロマイドしおりとマネージャーの名刺を睨む。

「でもこれはチャンスかもしれませんことよ。人脈は利用してナンボですわ! くっくっく……」

 写真投稿型SNSフォトウコウでエリザベス女史の公式ページにアクセスし、真紅のクリノリン入リヴィクトリア風ドレスに身を包んだエリザベス女史の写真を見ていたキアラは悪魔の如く含み笑いするのであった。


【完】

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