【第二十四話】「終わりよければ全てよし! キアラ・アンジェラ水着狂騒曲」

 7月後半の某日、都内T区にある区民プールの女性更衣室

(なっ、何なのあのお姉さん!? ヘンタイなの!?)

(あれはまさか……パチンコが元ネタの水着、何だっけ?)

(スリングショット水着で区民プールに入ろうなんて……正気なの!?)

 区民プールにやってきた近所のおばちゃんや夏休み中の小中学生達は水着と呼ぶ事すらはばかられるV字型の幅広な白い紐を荷物から取り出し、それを身に付けて行く褐色肌に金髪のスーパーグラマラスボディヤングギャルの大胆不敵さに恐れおののく。


(うふふ、ついに茶摘さんを……手籠めにする日が来ましたわ!)

 数日前、ナイトプールなる娯楽特集をワイドショーで見たキアラ。

 七色に光るプニプニゴムボールに浮き輪、テンション爆上がりなディスコミュージック、南国フルーツたっぷりのジュース……サキュバスとして茶摘を篭絡する事だけを常に考えているキアラはこの事をさっそく茶摘に話し、行きたいなっ! とおねだり提案。

 おりしも作品のネタ探しで煮詰まっていた茶摘は時事ネタ取材のためすぐに調べたものの、オンライン予約が必要な関東近郊のナイトプールの予約は締め切られている事が判明した。

(まあナイトでもクミンでもプールはプールですわ! もう時間があまりないんだし、確実にイチコロ出来るコレで茶摘さん一人だけでも篭絡した実績を作らないと……)

 かくしてその代わりにと一緒にやってきたT区民プールでキアラは茶摘ハニートラップ篭絡作戦用最終兵器として確保しておいたほぼ紐なスリングショット水着を着用完了し、温水プールへ向かう。


「あの、お客様……そのようなタイプの水着のご利用はおやめ願えませんか?」

 そんなキアラの背中にバスタオルをかけ、プール入場を止めたのは利用者の連絡を受けて駆け付けた市民プールの女性職員だ。

「えっ?」

「もしご入用でしたら無料レンタル水着とキャップがありますので……そちらを着用願います。そこまでご案内いたしましょうか?」

「あっ、はい」

 エリザベス女史のサイン会の記憶と職員の過剰なまでに丁寧な物言いに『ここで変にごねたら茶摘さんもろとも事務所送りになる』と察したキアラは職員の案内に素直に従う。


 一方、プール施設内。

「市民プールなんて学生時代ぶりだが……久しぶりに歩くのもいいなあ」

 一足先に着替え終え、温水プールのウォーキング専用レーンで運動しつつキアラを待つ茶摘はその心地よい水の感触と負荷感を楽しむ。

「茶摘さん……お待たせしました……」

「キアラ!」

 怖い女性職員に持参したスリングショット水着を没収されたキアラは色気もくそもないのっぺりして野暮ったい黒ゴム製ウエットスーツと太い油性ペンで『レンタル』と書かれた黄色いスイムキャップを着用。

 ハニートラップ計画を台無しにされたのみならず、サキュバス尊厳崩壊級の惨めすぎる姿にされたキアラは恥ずかしさのあまり蚊の鳴くような声で茶摘を呼ぶ。

「ええと、遅くなってごめんなさい……スリングショットじゃダメだって言われて……」

「うん……それで来たのね。そもそもどんなプールでもそれは普通にダメでしょ。 とりあえず入ろう!」

 久しぶりの全身運動で心身ともにリフレッシュし、元気になっていた茶摘はキアラのトンデモ発言をスタイリッシュにスルーし、プールサイドに座っているその手を取る。

「えっ、茶摘さん……きゃん! 気持ちいいですね!」

 茶摘の大きな手に引かれ、お尻を滑らせて温水プールにちゃぷんと入ったキアラはほどよいプールのぬるまさと心地よい『水』の感触を楽しむ。

「とりあえず泳ぐ前に、ウォーキングしてみよっか?」

「ウォーキング? 人間界のプールは泳ぐものじゃないんですか?」

「まあ、うん…… とりあえずやってみようか」

 キアラの手を取った茶摘は水の中をエスコートしてゆっくりと歩きだす。


 約一時間後……

「茶摘さん、人間界の水泳って楽しいですね! ご教授いただきありがとうございます!」

 区民プールでの運動を終え、施設内の休憩ラウンジに来た二人。

 二人並んでの水中ウォーキングから始まって茶摘に手を握ってもらいつつのうつ伏せバタ足、ビート板水泳を堪能したキアラは瓶入りのフルーツ牛乳を飲みつつ微笑む。

「うん、子供の頃、親の方針でスイミングスクールに通っていたんでね……あれはあれで楽しかったなぁ。」

 昔大好きだった瓶入りの苺牛乳を味わう茶摘はしみじみと呟く。

「あの、茶摘さん……もしよければですけどナイトプールじゃなくてここにまた来ませんか? 今度は怖いお姉さんに怒られないちゃんとした水着を用意しますから」

「うん、そうだね。スリングショットはさておき、帰ったらネットでキアラでも着れる競泳用水着を探そうか」

「……はいっ!」

 プールと言う非日常空間の中でリフレッシュしていたとは言え、奥手な茶摘が初めてその手をキアラに差し出してエスコートしてくれた……その心地よさと安心感を思い出したキアラは茶摘篭絡作戦失敗も忘れてフルーツ牛乳の瓶を愛でるのであった。


【完】

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