【第十五話】「淫魔、未知との遭遇 サロン・ミカエルからの使者!?」
都内S区のマンション、508号室。
「スパゲティを茹でる時は、こう、これぐらい持って……」
「なるほど、意外と少ないんですね」
『茶摘ハニートラップ篭絡作戦』の一環としてアランのお料理講座を受けに来たキアラと共にスパゲティを作っているアランは、2つに折って鍋に入れる前のスパゲティ一掴みをキアラに持たせ、その感覚を確かめさせる。
「それで、折る時は……こう、両手をねじりながらゆっくりと弓なりに曲げて行く感じに」
「こうですね……あっ、パキパキ言い始めましたよ! 何か楽しいですね!」
アランがキアラに乾いたパスタの破片を極力飛び散らせないように折るコツを教えていたその時、玄関でピンポンと鳴る。
「回覧板を持った間古さんみたいですよ? 私が出ましょうか?」
折り終えたスパゲティを一度置き、鍋の火を消した二人はインターホンに映る帽子を被った女性の画像を見る。
「じゃあ僕が受け取るよ。 はぁい! いつもありがとうございま……」
間古さんだと思ったアランがドアを開けると、そこに立っていたのは白いつばの大きい帽子に白ワンピース、腕に数珠を巻いてハンドバッグを肩にかけた見知らぬにこやかな中年マダムだ。
「あら、初めまして! 若き恋人さん達! いきなりで失礼しますが、お2人は今幸せですか?」
見知らぬマダムの唐突な質問に二人はポカンとしてしまう。
「その様子だとあまりそうには見えませんね……そうでしょう? どうですか?私達のサロンに加入して幸せになりませんか?」
マダムが鞄から出してきたチラシには大きく手を広げて空の光を仰ぐムキムキマッチョなダンディ男性天使の大理石像と共に『サロン・ミカエル 大天使様による魂の救済を全人類に! 神の福音あれ! 今なら無料体験入会受付中! 連絡先012-345-6789』と言う宣伝文句と公式サイトQRコードが描かれている。
「大天使……?」
「はい、私はサロン・ミカエルでパワハラ夫と離婚し、幸せを掴んだんです! あなた達も幸せになりましょう!」
「……あの、ごめんなさい。そもそもこのムキムキマッチョは誰なんですか?」
「えっ?」
黒ギャルの思いがけぬ質問にマダムは考え込んでしまう。
「この方は、我らがサロンマスターにして守護者の大天使様ですわ!」
「……アラン様、こんな人魔界に居ます?」
「下半身が無い以上何とも言えないけど、上半身だけならケンタウロス族とかラミア族の可能性はある……かな。でもこの印刷物だけじゃあ何ともなあ……現物の魔力反応を取れれば種族はある程度絞れるけど……」
「魔界? 魔界ですって!? あなた達は我らが大天使様を侮辱すると言いますの!!」
心の拠り所を侮辱されたマダムはヒステリックに叫ぶ。
「侮辱も何も……そもそもこの人明らかな犯罪者ですわよ」
「犯罪者ですって! 言うに事を欠いて……!」
「そもそもサンクス経済圏の一つ、天界に住まう神族が人間を個人単位で救済することは天界法で禁止されているんです。それに私は幼い頃、大天使たるお父様のご知り合いである色々な世界中の高貴な神々と個人的にお会いしましたけど……南米や古代ギリシャ、日本の八百万の神々はとにかくとして、こんなムキムキマッチョで髭の濃い天使族の殿方にお会いした事はありませんわ」
「はぁ? 何を言い出しますの、この小娘は? あなたのような人間が天使様の娘だなんて……悪い冗談はおよしなさい、おほほほ」
大天使の娘で神の知り合いだと真顔で言い出した黒ギャルに宗教勧誘マダムは必死で虚勢を張る。
「……天使族でもアウトだが、僕らのような異世界の者が勝手に人間界でサロンを開いてサンクスを得て人助けをしているとすれば魔界法的に大問題だぞ? キアラ、この番号に見覚えは?」
真剣な表情でQRコードを読み取り、公式サイトを確認しながらキアラに聞く。
「ええと……今、私のスマホの連絡先を検索してみました。
大天使のお父様や魔界公務員のお母様の知り合いの天界や魔界の上級国民にこの番号を使っている人は居ませんね。まさか人間の戸籍を偽造、もしくは何らかの方法で人間を利用してスマホを契約した……? アラン様、これは間違いなくクロですわ。」
顔を見合わせたアランとキアラは頷く。
「あんたたち、わけのわからない事を言っておばさんをからかうのも……」
「おばさん、辛い事でしょうけど聞いてください……この大天使は間違いなく偽物です。おそらく不法に人間界にやって来た魔界の者。それも変化能力に長けた種族がその姿に化けているんです。そして救済と言うのも記憶操作や洗脳、最悪の場合……人の命を奪う事かもしれません。
とにかく、僕たちは合法的に人間界に住まう者として見逃すことはできません」
「何を言うんだい? お前さんたちは教祖様が狸や狐だとでも言うのかい?」
多少冷静になって来たマダムは異世界人を名乗る二人を睨み、高圧的な物言いで反撃を試みる。
「狐族や狸族ならまだいいんです……一番恐ろしいのはかつて人間を食べる習慣があった種族の可能性が捨てきれないと言う事なんです。とにかく貴女の安全と魔界警察の調査の為にも魔力反応をスキャンさせてもらいます!」
アランは魔界スマホを操作し魔力反応を調べるアプリケーションを起動させる。
「やめろ、撮るな! 撮るなぁ!」
スマホのカメラを向けてくるキチガイ男に写真を撮られてネットに晒されると勘違いしたマダムは制止しようとするキアラを振り払ってハイヒールとは思えない速度で駆け出し、階段を駆け下りていく。
(善意の勧誘であんなキチガイカップルに出会うなんて……大天使様! 哀れな子羊をお守りください!)
サロン勧誘員のおばさんは心の中で必死に祈りながらマンションを飛び出し、路肩に止めてあった車に飛び乗って走り去るのであった。
「……と、言う事がありまして」
夜、帰って来たミキちゃんとミートボール入りトマトソーススパゲティの夕食を食べつつアランは日中の来客の件を話す。
「へぇ、そんな事があったのね……」
ミキちゃんは何も知らない二人がこのマンションに出入りする迷惑なサロン勧誘員を追い払うのみならず、天使とサキュバスのハーフであるキアラにしか出来ない方法でトラウマを刻み込んでくれた事に感謝する。
「車で逃げられちゃいましたけど、一応今回の件はギルド長経由で魔界警察に通報してもらいましたし、魔力検査用にあのおばさんの髪の毛とチラシ、会話録音データも提供したのでいずれ魔界警察が動くでしょう」
本物の天使と悪魔に論破バトルをしかけて完膚なきまでに論破されたのみならず、ガサ入れ待ったなしの不運なサロンにミキちゃんは一瞬同情するものの、ほとんど気に留める事無く静かにパスタを啜るのであった。
【完】
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