【第十三話】「天使と淫魔・夢追い人に天使は降臨するか?」

 都内T区、タイガーメンマンション805号室。深夜。

 株式会社サウザンド人事部に勤める茶摘 卓男を篭絡すべく日々研鑽を重ねるサキュバス、キアラ・アンジェラは仕事で疲れて寝てしまった茶摘を起こさないようにアラン先輩と魔界スマホでチャットをしていた。

『キアラ、明日の料理講座の希望はある?』

『精がつくもの……って可能ですか?』

『出来なくはないけど、急にどうしたの?』

『実は最近、茶摘さんは元気が無くて……このままじゃ茶摘さんハニートラップ篭絡計画に支障が出てしまいます』

『茶摘さんまで……多分それはミキさんと同じ会社トラブルだと思う』

『会社のトラブル?』

『ああ、詳細は分からないんだが、聞いた限りではミキさんは今年入社の新卒研修をやっているらしい。それで今年採用した新卒で未来の幹部候補として期待されていた優秀で超高学歴なスーパーエリートがいたそうなんだ』

『だがそいつはいきなりメンタルうんたらで5月末をもって退社すると言い出して出社拒否。上層部のお怒りが清井人事部長や産業医の町谷(まちや)さんのみならず研修担当者のミキさんやその部下の茶摘さんにも飛び火したらしくて……茶摘さんまでそんな事になっていたのか』

『そんなの理不尽すぎです! そんな身勝手なヤツさっさとクビにすればいいのに!』

『その気持ちは分かるけど……僕ら淫魔族がこの件に口を挟むべきではないと思う。根本的解決にはならないけど……キアラ、君がお父様から引き継いだ種族能力はストレスダメージにも効くのかな?』

『試したことは無いですけど……やってみる価値はあると思います』

『茶摘さんで上手くいったらミキさんも頼む。分かっているとは思うが、魔界スマホを魔力計測モードにして魔力浸食アラートをオンにしてくれ』

『わかりました、アラン様。お休みなさい』


 ……数時間後、翌朝。

「はぁ、今日も会社かぁ……嫌だなぁ」

 今日も昨日と同じく例の迷惑新卒の人事トラブル対応と土下座行脚……そんな憂鬱な思考と共に目覚めた茶摘は体が鉛のように重くなく、どんよりと曇っていた心の中も爽やかな快晴なのに驚くばかりだ。

「あれっ? なんか元気だぞ…… ?」

「おはようございます、茶摘さん! お具合いかがですか?」

「キアラおは……?」

 マイ寝床であるお気に入りの寝袋を抜け出し、サキュバスの正装たるマイクロビキニ姿で自身のベッド内に侵入していたキアラ。その可愛らしく満たされた笑みに茶摘の思考は昨夜の夕食後の寝酒辺りまで巻き戻る。

「あの、もしかして……僕、あの後酒の勢いで卒業しちゃったんですか?」

「それはないので大丈夫です。ただ長い話になるので、朝の支度をしながら話しますね!」

 茶摘の願望的妄想を一瞬で切り捨てたキアラはジャージ上着を羽織ってベッドから降り、弁当詰めに取り掛かる。


「つまり……キアラさんはそういう光と闇の両方を持つ的な存在だったのか?」

「まあそうなりますね。茶摘さん、今日も一日頑張ってください!」

 昨夜の事を一通り話し終えたキアラはスーツに着替えた茶摘に弁当を差し出しつつ話を締めくくる。

「その能力があれば……キアラ、頼む! アランにそこまで聞いたなら今回の件に協力してくれないか?」

「えっ、そんな事言われても……根本的な解決はムリかと……」

「とにかく今日、守屋さんとアランに相談してみるから……お願いします!」

「とりあえずわかりましたから、会社に急がないと間に合いませんよ!」

 キアラは何とか茶摘を立ち上がらせ、会社に送り出す。


 所変わってS県某所のマンションー室。

「何で私……皆を裏切ってまで会社員なんかなったんだろう?」

 株式会社サウザンド体職中の会社員・野内 茜(のうち あかね)(22歳)は人生の最盛期だった大学生バンドだった頃の集合写真を見ながらため息をつく。

「今から皆と夢に追いつくのは……無理かな」

 大学卒業後、インディーバンド兼楽器演奏系動画投稿者として活動し始めた友人達のバンド公式SNSの華やかな写真を見ていた茜の瞳が自然と潤み、涙が頬を伝う。

「よしっ、決めた! 明日の朝イチで……会社を辞めよう!」

『早まってはいけません、前途有望な若者よ……落ち着くのです』

「えっ……」

 眩い光と共にベランダ窓をすり抜けて入って来た人間。

 背中に生えた大きな美しい白い翼に淡く光る髪、そして小麦色の素肌上に撒いた白い布をたなびかせる神々しい美女に茜は声も出ない。

『若者よ、貴女が人生に迷う気持ちはわからなくもありません……ですが、それで多くの人に迷惑をかけている事は理解しているのですか?』

「……はい、申し訳ございません」

 新卒研修でお世話になった会社人事部の守屋さんからのメールや連絡に返信もせず、バンド仲間の友人に送ったチヤットアプリは読まれもせず無視されている茜は天使様の厳しい言葉にただただ謝る。

『貴女が友人の選んだバンド道の華やかさに憧れる気持ちはわかります。ですが、日々の動画撮影、編集、投稿にSNSのチェック……そして一発人生終了ゲームオーバーの炎上リスクに動画サイト運営会社によるBANと隣り合わせの生活。そんなご友人からすれば貴女は毎月給料がもらえ、ボーナスまでもらえる安定収入正社員……隣の芝生は青く見えるものですね』

「それはわかっています、天使様! 私はどうすればいいんでしょうか?!」

 茜は厳しくも優しい天使様の翼にすがりつき、答えを乞う。

『若者よ、貴女がどちらを選ぼうと私は構いません。ただ無暗にSNSの情報に踊らされ、他人と比較してはなりませんよ……貴女の最大の武器はその真面目さと賢さ、謙虚さではないのですか?』

「……天使様、ありがとうございます!」

 

「キアラちゃんって……すごいのね」

 天使の父とダークエルフの血統である淫魔族の母を持つサキュバスのキアラ。

 都内S区の自宅で茶摘とアランと共にこの神々しい光景を見ていたミキちゃんは呟く。

「ええ、これは天使族の固有能力・浄化の光。高い魔力を持つことで有名な天使とダークエルフ、サキュバスの3つの血を継ぐ彼女の本来の姿がこれなんです」

 人間の技術で言えばステルス機能付きカメラドローンのような魔界暗器『監視スル眼球(ステルスウォッチャー)』をミキさんのノートパソコンと繋ぎ、現場中継を行っていたアランは解説を入れる。

「初めてこの姿を見た時は私も驚いたが……何度見ても綺麗だな」

「そうね。後はこれで茜さんが思いとどまってくれればいいんだけど……」

(ミキさん、大丈夫ですよ……こっそりですけど精神操作も使っていますから)

 ミキさんや茶摘には敢えて言わなかったが、2人にとって良い選択を確実にするように淫魔族の十八番技・魔力精神操作も浄化の光に併用する事をキアラに指示していたアランはポーカーフェイスを保ちつつ魔界暗器とパソコンのネットワーク接続を維持するのであった。


【完】

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