【第十二話】「仁義なき戦い! 淫魔アランVS性悪鳩のゴロウマル」

 都内S区のマンション、508号室。平日午後。

「ふむふむ、なるほど……」

 この部屋に住まう会社員女性、守屋美希・通称ミキちゃんと同居する淫魔族の青年アランは先日の里帰りでミキさんのお母様からもらってきたジャムのレシピを確認しつつ鍋の火加減を見守る。

「あとは焦げないように見守りつつ、冷めたら瓶詰めして……」

 アランが美佐子さんメモ内の瓶詰め方法をまとめたページを見ていたその時、ベランダから聞こえてくるググッポーと言う不思議な声に気づく。

(まさか……最近流行りの下着泥棒か?)

 昼のワイドショーで日中留守にしがちな独身女性宅を狙う淫魔にも悖る卑劣なHENTAIについて見たばかりのアランは火を止め、身を低くして台所を出て、ミキさんのベッド枕下の護身用拳銃を手に耳又る。

(突撃カウントダウン3……2……1)

「フリィズ!」

 拳銃を構えてベランダに飛び出したアランの目の前で1羽の鳥が慌ててバタバタと飛び立ち、ベランダの室外機上には小枝や羽がぐちゃぐちゃになって置かれている。

「今のは……鳥? そしてこれは何なんだ?」

 アランは拳銃を構えたまま辺りを警戒しつつ不審者の奇妙な置き土産を観察する。


 数時間後、夜。守屋家夕食後のくつろぎタイム。

「と、言う事があったんです……」

 ミキさんと仲良くジョイステーションエックスで格闘ゲームまったり対戦中のアランは日中の件を話す。

「何ですって! それは大変だわ……あっ」

『猛虎暴連重撃!』『おぎゃあああ!』『PLAYER 2アランKO!』

「ごめんね、アラン君……コマンド技が出せちゃった。」

 動揺のあまり暴発させてしまったコマンド技でアランの操作キャラを瞬殺したミキちゃんはジョイステーションエックス本体をスリープ状態にする。

「いえ、それはいいんですけど……あの羽と小枝はそんなに危険な物だったんですか?」

「ええ、この部屋の前住人が馬鹿でベランダに作られた鳩の巣を放置して子育てまでも許しちゃったのよ……それ以来、ここのベランダは鳩の巣作リポイントにされちゃったようのよ。あいつら一年中来るから迷惑なのよねぇ、はあ……」

「ええと、ご事情がよくわからないんですけど……もしその鳥がミキさんにとって迷惑だというなら僕がころ……いや物理的に生命活動停止させる方法でこの世界から駆除しましょうか?」

 アランは規制対象表現を言い換えで回避する。

「うふふ、ありがとうアラン君……本当はそうして欲しいんだけどそれはダメなのよ。日本には鳥獣保護法っていう無暗に動物を殺しちゃいけないって言う法律があるのよ」

「無暗に動物を殺してはいけない? 人間界には変わった法律があるんですね…… ?」

「えっ?」

「僕の故郷の魔界では狂暴な魔獣が多く生息しているからそもそも保護って言う概念が無くて……野生の魔獣に対しては触らぬ神に崇りなし、でもいざとなれば殺るか殺られるかかないって言うのが僕達魔界人の基本思考ですね。

 特に魔界シャモと言う大型鳥類は繁殖期になるとものすごく狂暴化し、多くの死傷者を出すので人里近くに巣が確認された場合は魔界王軍が討伐のため出撃するんです」

「へえ……そうなんだ。魔界ってすごいところなんだね」

 魔界のデッドオアアライブな実情を聞いたミキちゃんはアラン君との価値観のズレにただただ納得するのみだ。

「いずれにせよ、これは何とかしないとね。鳥よけトゲトゲマットを注文しないと……」

 スマホを手に取ったミキちゃんはオンラインショップに注文手配をし始める。


 その翌日。S区の某ビル屋上。

(この前は失敗したが……今日は大丈夫そうだな!)

 ミキちゃんのマンション近くまで飛んできた鳩のゴロウマルは周囲を警戒しつつ毎年巣作りの場所と決めている508号室のベランダをじっとみていた。

(よし!行くぞ!)

 巣作りの材料の小枝を咥えたゴロウマルは一直線に508号室のベランダに滑空。室外機の上に降り立った。


「捕まえたぞ!」

 そんなゴロウマルを捕まえたのは魔界暗器ステルスマントを羽織って透明になり、気配を消していたアランだ。

「グポーッ グポーッ!(何だお前!離せ!離せ!)」

「お前がミキさんに迷惑をかけている鳩だな!」

 アラン君は鳩を掴んだままテレパシーで意思疎通を図る。

「お前人間の癖に俺の言葉が分かるのか!」

「僕は人間じゃない!淫魔だ!」

「インマなんて知るか!放せ!」

「鳩!お前に言いたいことがある! ミキさんはお前がここに巣を作って迷惑している。ここに二度と来ないと約束しろ!」

 アランは必死で暴れる鳩を掴んだまま会話を続ける。

「人間の都合なんざ知るか! 俺は子作りで忙しいんだよ!」

「それはわかった! だがとにかくここには来るな! さもなくばこの場で焼き鳥にするぞ!」

 焼き鳥と言う恐怖のキーワードに鳩は一瞬でおとなしくなる

「……わかったよ、インマさん。俺だって焼き鳥にはされたくない。巣は別の場所を探すよ………だから放してくれ」

「わかってくれればいいんだ。こっちこそ荒っぽい事をしてごめん」

 アランはそっと鳩を室外機の上に置いた。


「けけけ! ばーか! ばーか! 悔しかったらここまでおいでーだ!」

 次の瞬間、鳩のゴロウマルはフンをまき散らしながら一気に飛び去って行き、アランもすぐに『透明ナ影(ステルスマント)』を羽織って飛び立とうとした。

「守屋さん! 大丈夫?」

「まあなんて事……すぐに洗わないと落ちなくなるわ!」

 興奮のあまりテレパシー内容をそのまま口に出して叫んでいたアランと鳩の乱闘を見ていた有閑マダム軍団やその他の住人の衆人環視の中それを諦めたアランは頭を下げ、室内に戻って行った。


 この事件から数日後……

「これはもう巣とか云々ではなく駆除業者を呼ぶしかないかもね……」

 アランの必死の自宅防衛にも関わらず、トイレや買い物等のどうしても避けられない隙に打ち込まれた鳩軍団による嫌がらせ糞機銃掃射で汚れ切ってしまったベランダを見ながらミキちゃんはため息をついた。

「ミキさん・・・本当にごめんなさい」

「いいのよ、アラン君が謝る事じゃないわ。間古さんやご近所の皆さんにマンション管理会社も駆除の方向で動いているらしいし……こっちこそごめんね。明日でいいからスーツの上着をクリーニング屋に持って行ってくれる? はい、ねこちゃんクリーニングの会員カード」

 会社からの帰り道、鳩の落とし物を2発も喰らってしまったミキさんのスーツ上着がアラン君に渡される。

「わかりました……」

「さ、もう掃除はいいから。みそ汁を温めて食べよ?」

 ミキちゃんは落ち込むアランの肩を叩き、優しく笑いながら台所へ向かっていった。


~同日・真夜中~

「ん……?」

 日中、一族郎党と共にミキちゃんとアラン君に嫌がらせをしてきた件の鳩のゴロウマルは根城にしている木の上で寝ていたものの、違和感に目覚めた。

「……な、なんだ……これは?」

 自身を含め同じ木で寝泊まりしていた一族郎党が黒いゼリーのようなもので全身を覆われ、固められている。

「おい!皆!どうしたんだ!しっかりしろ!」

 同じく黒いゼリーに足を固められていたゴロウマルは必死でもがきつつ仲間に呼びかけるが答える者はいない。

「無駄だよ、お前の一族はみんな魔界暗器『強欲ナ軟体(ダークスライム)』が生け捕りにしたからね」

「ひっ……お前はあの時のインム!」

「淫魔だよ、鳥頭。……安心しろよ、人間界の法律的にお前達を殺しはしないさ。でもねぇ……このまま解放してやる気もないんだよね」

 そう言いつつゴロウマルを見下ろすアランはにたぁと笑う。

「待ってくれインマさん!まずは話し合おう!償いなら何でもする!俺はどうなってもいい!だから俺の郎党や子供に家族だけは……」

「う~んどうしようかなぁ? まあ、実際のところ人間界の鳥肉なんて質・量共に魔獣のペットフードにすらならないし……それにチョウジュウホゴホウ的にも面倒だしね……」

「そうだろ、そうだろ! もうあの家には近寄らないから……許して!」

 ゴロウマルは半泣きで命乞いする。

「はぁ、しょうがないなぁ……ちょっと待ってろ」

 そう言いつつアランはゴロウマルに手の平を向けた。

「ありがとう、淫魔さん! この恩義は忘れねぇ!」


 次の瞬間、ゴロウマルの足元の黒ゼリーが膨張。そのまま一気にゴロウマルをゼリー固めにしていく。

「うぎゃぁぁ……たすけてぇぇぇ……」

「よし、これで害鳥捕獲は完了! 次の処理はチョウジュウウンタラ的に急いだほうがいいな……」

 そう言いつつアランは手の爪を悪魔の鉤爪に変形させていく。


 ~数日後~

「アラン君、お弁当ありがとうね!」

 アランは会社から帰って来たミキさんのお弁当箱を受け取る。

「いえいえ、今日のお弁当はどうでしたか?」

「親子丼弁当とっても美味しかったよ! でも最近妙に鶏肉料理が多いね?」

「ええ、そうなんですよ。この前図書館で『美味しくてお手軽!鶏肉料理大全』って本を借りて読んだらいろいろなメニューを作りたくなってしまって……飽きちゃいましたか?」

「とんでもない!どれも美味しくてほっぺが落ちそうよ! いつもありがとうね! アラン君」

「それは良かったです!」

 幸せそうな笑顔のままスーツを脱いで着替えるミキさんをアランは爽やかな笑顔で見守るのであった。


【完】

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