【第十一話】「ミキちゃん's カントリーロード feat. アラン 【後編】」

 K県某所の閑静な住宅街。一軒家の司法書士事務所『守屋司法事務所』。

「それでね、ナベシマ……」

「にゃぉぉん(そうか、そうか……ミキも大変だねえ。そこはええのぅ……はぅん)」

 守屋夫妻の長女にして数年ぶりに帰省中の守屋 美希。通称ミキちゃんはお父さんとお母さんがクライアントからの緊急案件対応中、2階にある自室だった部屋で膝に乗せたナベシマを全身快楽マッサージ責めしつつ、近況報告していた。

(ここがミキさんの部屋だった場所……かぁ)

 ミキさんが座っているベッド、学生時代の教科書がほぼそのままの机、本でぎっしりの本棚……そして部屋の隅で存在感を放つ1台のアップライトピアノ。

 猫の姿でミキさんに付いてきた淫魔アランはクリクリな瞳で部屋を見回す。

(あのビアノはミキさんの物なんだろうか?)

「アラン君、どうしたの? ピアノに興味があるのかしら?」

 アランがピアノをじっと見ている事に気が付いたミキちゃんは優しく声をかける。

「みゃあ!」

「ナベシマ、ごめんね。よっこらせと……」

 ミキちゃんは快感限界突破し、昇天寸前のナベシマを持ち上げてそっとベッドに下ろし本棚に向かう。

「ええと楽譜は……あったわ!」

 ミキちゃんは本棚から『名作映画音楽全集』の古い楽譜を取り出して譜面台に置く。

「調律は……うん、出来ているわ。ありがとう、お母さん!」

 定期的に調律をしておいてくれた母に感謝しつつ、ミキちゃんはピアノに向かう。

「ええと……『ライムライト』にしようかな?」

 期待でワクワクする2匹の猫に見守られつつ、 ミキちゃんはピアノ演奏を開始する。


(わぁ、とっても素敵な演奏ですね……プロのピアニストみたいです。)

 ミキさんの美しい指が奏でる儚く優雅ながらも哀愁的な旋律に猫アランは聞き惚れる。

(当たり前だろ、アラン。 ミキは一時期それで稼いでいたんだから)

(えっ、そうなんですか?)

(お前こそ知らなかったのかい? せっかくだから後でゆっくりと話してやろう)

 アランからのテレパシー通話を一時的に着信拒否設定した老猫ナベシマはご機嫌で尻尾をふりふりしつつミキちゃんのライブコンサートを楽しむ。


 それから数時間後、夜の守屋家。1階、畳の間。

「ミキ、アランちゃんのベッドはここでいいのか?」

 ナベシマのお気に入りの座布団の隣に息子や娘の帰省用布団を敷き、アランのベッドにする猫キャリー内にふかふかのタオルを敷き終えたミキパパはフミフミしてその感触を確かめているアランをスマホ撮影しつつ娘に聞く。

「うん、大丈夫よ。ありがとうお父さん! アランもありがとうは?」

「みゃお!(おじいちゃん、ありがとう!)」

 娘と初孫アラン(猫)に感謝されたミキちゃんパパは思わず胸が熱くなる。

「おう、がってんでい! じゃあお休み!」

 涙腺決壊は辛うじてこらえたものの、若干キャラ崩壊したミキパパはそのまま明かりを消して畳の間を出て行った。


(アラン……聞こえるかい? 起きているなら返事しな)

(はい、起きていますよ。ナベシマさん)

 人間が寝静まった静寂そのものな真夜中。一寝入りして目が覚めたナベシマは隣の猫ケージで寝ているアランにそっと呼びかける。

(あたしもだよ、 ミキのピアノライブの興奮で寝付けないんだ)

 パパさんのロールスロイスでの爽やかなドライブに美味しいご飯、久しぶりのピアノ……幸せそうな表情でぐっすり眠っているミキさんを見守っていた黒猫アランはナベシマからのテレパシーに答える。

(そう言えばミキさんは音楽のプロだっておっしゃっていましたけど……)

(ああ、大分昔……あたしは野良だった頃、ここら辺を縄張りにする野良猫のボスだったんだ。それでここの屋根は安全で日当たりも良く、住人もあたしのコックとして好意的だったからよく出入りしていた)

(へえ、そうなんですね)

(それにあの頃のミキは紺色のせぃらあ服の似合う小っちゃくて可愛い女の子でねぇ……この部屋のピアノで楽しい曲をよく弾いていたんだよ。タダ飯スポットでありながら音楽も楽しめる最高の場所だったねぇ)

 ライムライト、ムーンライトセレナーデ、ニューシネマパラダイス……アランの脳内で日中のミキさんが楽しそうに弾いていた美しい曲の数々が再生される。

(そして紆余曲折あってあたしはこの家に迎え入れられ、下男と下女に三食昼寝付きの生活を始めたんだ)

(下男と下女……ああ、そういう事ですね!)

 茶摘から借りた猫エッセー漫画で見た同じような表現を思い出したアランはナベシマの物言いに納得する。

(ほぼ同じ頃、ミキは都会の音楽の大学とやらに進学。学業に励みつつ、結婚式の仕事やその他諸々のイベントに積極的に参加してプロ音楽家の道を順調に進んでいたんだが……何かあったらしい)

(何か?)

(ああ、何かだよ。ある日戻ってきたミキの顔からは生気も笑いも消え、下男や下女から盗み聞きした限りではミキは音楽の仕事を全て辞めて戻ってきたとかで……あたしが一曲聞かせてくれとせがんでもベッドで布団に潜ってガン無視。猫でもわかる深刻な事態だったねえ)

(……)

 仔細は分からないが、ミキさんの重すぎる過去をナベシマ姐さんから聞いてしまったアランは返す言葉が思いつかない。

(いずれにせよアラン、 ミキをここに連れて来てくれてありがとう)

(えっ?)

(これからもミキの事、頼むよ。じゃあお休み)

 再びテレパシー着信拒否にしたナベシマ姐さんは座布団の上で寝息を立て始める。

(ミキさん……何があったんでしょうか?)

 ナベシマの話を反芻しつつミキさんを見守っていた黒猫アランもふかふかタオルの温もりと気持ちよさで眠りの世界に旅立つのであった。


 翌日、昼時。

「ミキ、次はいつ帰って来れそう?」

 ナベシマを抱っこした美佐子ママはおかずタッパーにお菓子、アラン用猫おやつ等のお土産をどっさり入れた紙袋をロールスロイスに積み込むミキちゃんに尋ねる。

「……仕事の都合もあるしわからないかな?」

 美佐子ママの問いかけにミキちゃんは答えを濁す。

「あらそう、残念だわあ……アランちゃん、またママと一緒に来てね! おじいちゃんとおばあちゃんは2人とも大歓迎よ! ナベシマもそうでしょ?」

「にゃろろろ…… くるるる(インマのアランとやら、ミキの事は任せたよ。お前も元気でな)」

「にゃあん! あらぁぁぁん!(わかりましたナベシマさん! また会いに来ますからナベシマさんもお元気で!)」

「あらまあ、すっかり仲良しになっちゃって…… ミキ、昨日は素敵な演奏ありがとう。また来た時も聞かせてね!」

「うん、わかった……すぐは無理だけどいつか来るわ。ありがとう、お母さん」

 美佐子ママは嫌々ながらも我慢して抱っこされている老猫ナベシマに前足バイバイさせつつ娘と黒猫アランを乗せてY駅に向かうロールスロイスを見送るのであった。


【完】

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