【第八話】「第二の淫魔現る! 茶摘君ちのサキュバス!」
都内T区にあるマンション、806号室。
株式会社サウザンド人事部社員、茶摘 卓男は肺を圧迫されるような息苦しさで目を覚ます。
「ううん……今何時だ?」
「人間界の朝3時でございます、アラン様」
「おお、そうだな……ありがと……う?」
枕元のスマホで時刻を確認した茶摘はそのまま懐中電灯を付け、正面を照らす。
「ああ、アラン様……本当にお久しぶりです!」
仰向けに寝る茶摘の胸上で正座する艶やかな素足に美しくくびれた腰、二次元でしか見たことがないようなメロンバストでシースルーベビードールをマイクロビキニ上に羽織った健康的な小麦肌の金髪美人。上司の家に住み着いたインキュバスと言うファンタジーな存在になじんでいた茶摘でも思考が追いつかずフリーズ状態となる。
「おいおいアラン、人間文化の研究熱心なのはいいけど……真夜中に寝起きドッキリ的な事はやめてくれないか? 俺、明日も仕事なんだけどなぁ……」
「えっ? 何をおっしゃいますのアラン様? キアラ・アンジェラを忘れたとか……そんな事言わないでくださいませ!」
茶摘に肋骨プレスをかけ続ける半裸女の眼が涙で潤む。
「……色々言いたい事はあるが、俺はアランじゃない。そしてとりあえずベッドから降りてくれないか? これでは話にならん」
「あっ、はい。すみません」
茶摘に言われた半裸女は素直にベッドを下りて床に正座する。
「ええと……色々聞きたい事はあるけど君の名前はキアラで魔界のインキュバス、アランの知り合い。そして淫魔族のサキュバスなのかな?」
「まさか……人間の殿方様はサイキッカーなのですか?」
小麦肌のサキュバスは何故か胸を手で隠しつつ尋ねてくる。
「いや、キアラさんほぼ全部自分で言ってたよね? まあそれはとにかくとして……詳しい話は明日間くし、アランにも連絡しておくから朝まで眠らせてくれないかな、ふぁぁあ……」
寝起きドッキリで肋骨プレスをかけて来た不法侵入者がアランの知り合いだと分かって安心した茶摘に眠気が戻ってくる。
「はい! では喜んで……ってあの?」
淫魔感覚でその意図を察したキアラはマイクロビキニのサイド紐をほどこうと手をかけたものの、物置から大きな布の塊と枕を取り出す茶摘に首をかしげる。
「ノリとセールの勢いで買った執筆参考資料だけど、とりあえずこれで寒さはしのげるだろう。枕は好みでどうぞ、じゃあお休み……」
昔流行った二本足で歩ける寝袋をキアラに差し出した茶摘はベッドにもぐりこみ寝息を立てだした。
数時間後の翌朝、都内S区のマンション508号室。
「茶摘さん…… 38度の熱があるんですって」
朝食を終え、出勤準備をしていた守屋 美希・通称ミキちゃんは茶摘から届いていたチャットアプリに返信しつつアランに話しかける。
「それは大変ですね! 僕、お見舞いに行きましょうか?」
「そこまではいいんじゃない? 本人もチャットで連絡できる程度に元気だって言うし、薬や冷え冷えシートに粉ポカリも備蓄していたから様子見で午後出社するそうよ。もし個人的な連絡があったら私にもメールしてね」
「はい、わかりましたミキさん! 今日も頑張ってくださいね!」
「ありがとうアラン君! じゃあ行ってきます」
「もしもし、茶摘さん?」
ミキちゃんが出て行った直後、アランは茶摘の個人携帯に電話する。
『アラン、メールは見てくれたんだな? 朝早くから済まない! お前の知り合いのキアラ・アンジェラって名乗るサキュバスが昨夜から家に来ていて……彼女はまだ寝袋で寝ているけどどうしたらいい?』
「とにかくいますぐ飛んで行きます! 茶摘さんの自宅住所を教えてもらえますか?」
『ああ、T区1丁目1番地タイガーメンマンションの805号室』
「了解です……直線距離なら15分で行けますんで待っていてください」
電話を切ったアランはベランダに出て、ズボンのポケットから大判ビニール雨合羽のようなものを引きずり出す。
『透明ナ影(ステルスマント)』
魔力注入することで羽織った者を感知不可能にする魔界暗器を羽織って透明になったアランは頭の巻角と背中の羽、悪魔尻尾を出現させて東京の上空に飛び立った。
「アラン様!」
茶摘の洗濯済みジャージ上下姿でコーンスープと厚切リトーストの朝食をご馳走になっていたキアラは文字通り窓から飛んで来たアランに歓びの声を上げる。
「キアラ、どうやってここに?」
「アラン様の魔力反応を探知してここまで追って来たんです!」
「そうだったのか、ひとまずは無事で何よりだよ……茶摘さん、僕の後輩を助けていただきありがとうございます!」
ステルスコートを脱いでポケットに押し込み、角・尻尾・羽を消したアランは茶摘に頭を下げる。
「気にするな、アラン。せっかく1日有給にした事だしお前も朝ごはん食べてく? コーヒー、紅茶?」
「ありがとうございます、コーヒーでお願いできますか?」
茶摘に促されたアランはちゃぶ台に座る。
「ええと、茶摘さん。この子は僕と同じ淫魔ギルド所属のサキュバスのキアラ・アンジェラです。2週間ほど前にエリア異動希望が通ってヨーロッパエリアから日本エリアに異動したとギルド長から連絡があったんです」
茶摘が滝れてくれたインスタントコーヒーを飲みつつアランは解説する。
「ふむふむ、淫魔ギルドに異動希望届か……お役所系ファンタジーで使えるな!」
作家脳モードに入った茶摘は裏紙にメモしつつアランの説明を聞く。
「それで彼女は僕と同じくフリーの淫魔として人間の誘惑とサンクス稼ぎに勤しんでいるんです」
「フリー淫魔なる存在メモメモと……あれっ? アランって女性にも化けられたよな? インキュバス(男淫魔)とサキュバス(女淫魔)、淫魔族ってどう違うんだ?」
「それは出生時の性別に決まるんです。淫魔族は人間とほぼ同じ繁殖システムを持つ種族なので個体差の大きい変身能力に関係なく個体情報と戸籍管理しやすくするために魔界法によって決められたんですよ!」
「なるほど、リアル設定系ファンタジーネタゲット……っと」
「キアラ、僕が聞くのもどうかと思うが……サンクス稼ぎは順調かい?」
「アラン先輩、実はその件で相談したい事があって……私、もうダメかもしれません」
明るく元気なキアラとは思えぬ重い口調に茶摘とアランは思わず生唾を飲みこむ。
「まあ人と交わるのが仕事の淫魔族の作法とは言え、この現代人類社会では不法侵入しているのは事実ですし向こうでも私をヘンタイ呼ばわりして物理攻撃してくる人は一定数以上いたんです。日本人は紳士だからそういうのはあまりされないんですけど……別の意味で怖い人しかいないんです」
「別の意味?」
「話を聞いてくれたとしても会社の持ち帰り残業や宿題の手伝い、人生相談、ゲームの対人戦、ペットのお世話、動画撮影の手伝い……それをサキュバスに頼むか!? って言いたくなるような事を求める人ばっかりなんです。挙句の果てには一晩でいいから添い寝してくれなんて言われて……もうこればっかりは確信犯で侮辱しているんじゃないかとしか思えないぐらい最悪でした」
「まあどんなヤツの所に行ったかは知らないが……気持ちはある程度分かるなぁ」
「そんな、茶摘さんまで……! 私が魅力的で無いとでもおっしゃるんですか?」
新しい環境での仕事がうまく行かず、落ち込んでいたキアラは茶摘に噛みつく。
「いや、キアラさんはすごく美人だし、知的で落ち着いた雰囲気も相まってすごく魅力的な人だと思う。そして俺が知っている限りの知識でもそういう事をサキュバスに求めるのはおかしい」
「……」
「でもさ、今の中途半端に賢くて真面目過ぎるが故に疲れ切った日本人にストレートな色仕掛けしたところでノリノリで乗ってくるヤツって中々いないと思うんだよな。キアラさんもまだ日本に着任して2週間らしいし、アランのやり方でもサンクスとやらは稼げるみたいだからアプローチを工夫してみればいいんじゃないかな?」
「茶摘さん、すごいです……私の悩みをそこまで言語化して解決してくれるなんて! 日本の賢者様すごいです!」
「あっ、いやそれほどでも……」
若くて蠱惑的な美女に歓喜の涙と共に感謝され、手を握りしめられると言う初人生経験に彼女いない歴=年齢の茶摘は思わず口ごもってしまう。
「お願いです茶摘様! 私、貴方様のような立派な賢者様のお望みとあればどんなハードなご奉仕でも喜んでいたします! ですのでお傍に住まわせてくれませんか!」
「えっ、ええっ……キアラさん?(アラン、そういうのっていいのか?)」
(僕もミキさんとやっている事ですし問題ないですよ、キアラをよろしくお願いします)
(あっ、てめぇ覚えてろよ! 新作で酷い目に合わしてやる!)
アランに目線ヘルプを送るも虚しく、キアラとの同棲が事実上確定。29年と4カ月におよぶ彼女いない歴に幕を下ろした茶摘は不安と混乱と期待の中ファンタジーな現実に向き合うのであった。
【完】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます