【第七話】「黒猫アラン VS 筋肉GUY・ツヨシ!」

 平日午前中、都内S区にあるマンション508号室。

「ええギルド長、先日そういう事がありまして……」

 数日前、人間界に出入りする淫魔族を管理する魔界の淫魔ギルドにおもちゃ屋オババの件でメール報告しておいたアランは上司のギルド長からの電話に答える。

『まあそのオババとやらは我々もノーマークの存在だが……おそらく普通の人間で敵ではない。そして魔界の暗殺者の類でもなさそうだ。安心していいぞアラン・インマ。そしてお前が確認依頼で送って来た例の計測データに関してだが……まだ分析結果が届いていないんだ。この件は追って報告する』

「わかりました、お願いしますギルド長」

『そういえばこの前の活動報告にあった何とかって言うゲーム機……白くて滑らかなフォルムがサキュバスのくびれた腰みたいに魅惑的でそそられるな! 私もギルド長の仕事が無ければ飛んでいきたいぐらいだよ! お前は今どんなのをやっているんだ? 動画が無理ならタイトルだけでも教えてくれ!』

「はい、ええと……」

 アランが茶摘に借りたジョイステーション5用ソフト『ニャンティ・ザ・ベリィ 魔王ランプの逆襲』を手に取ろうとしたその時…… ドアの鍵がガチャガチャ回される音がした。

「あれ、 ミキさんですか?」

 玄関に向かおうとしたその時、魔力反応でそれがミキさんではない何者かである事に気づいたアランは魔界スマホの電源を切ってすぐに身を隠す。

 

「ミキ! 久しぶりだなぁ!」

 508号室のドアを合鍵で開けて入って来た筋肉ギチギチなTシャツに短パンのマッチョ大男は野太いガサツな声で叫ぶが、暗い室内に答える者はいない。

「ミキ…… ? あっ、そうか。今の時間ミキは会社だったな。とりあえずチャットアプリで連絡するか、ポチポチっとな……」

 玄関に大きなトランクと上着、紙袋をドスンと置いた謎の大男はずかずかと508号室に入り込み床に腰を落としてスマホを器用に操作する。

「しかしちょっと来ない間にミキの部屋も綺麗になったなぁ。それによくわからんファミコンの親分に半裸ビキニ娘のアニメとは……むむっ!」

 床に放り出されたゲームソフトのベリーダンサー猫娘をしげしげと眺めていた謎のムキムキマッチョガイは一瞬で床に張り付くように四つん這いになり、鼻をひくひくさせ始める。

「匂うぞ……匂うぞ……俺の大好きなもふもふの匂いがするぞ。くんかくんか…… こっちかなぁ?」

 そのまま床を這うように動き始めた男はミキちゃんのベッド近くで動きを止め、その下を覗き込む。

「ふふふ……みぃつけたあ! 出ておいでもふもふちゃん!」

「ニャアアア!」

 ベッドの下に腕を突っ込んだ男が抱え込むように引きずり出したもの……それは前後手足4本が白ソックスの黒猫だったのだ!

「まあなんて可愛い猫ちゃん! おおよちよち、おじさん怖くないよお、お友達だよぉ」

「イニャアァァン!」

 大男は小さな猫が腕を爪で引っ掻き、歯をガブガブと突き立てるのも気にせず、優しくふんわりと抱きしめ小さな頭をなでなでする。

 

 それからしばらくして、午後の株式会社サウンド人事部。

「戻りました」

「お疲れ様です!」「お疲れ様です!」

 採用担当者として面接を終えて戻って来たスーツ姿の守屋 美希・通称ミキちゃんは同僚に挨拶を終え、デスクで履歴書・職務経歴書の整理と面接結果の報告書類作成に着手しようとする。

(あら、チャットアプリに大量の新着メッセージ……誰かしら?)

 チャットアプリを確認した瞬間、ミキちゃんは押っ取りスマホで電話ブースに駆け出す。


「もしもし、お兄ちゃん?」

『おお、ミキ! ようやく繋がったか』

 自宅コールに答えたのは守屋 剛(もりや つよし)。先日、オーストラリアから帰国したばかりのプロスポーツインストラクターにしてボディビルダー、スポーツ医学者でもあるミキちゃんの兄だ。

「チャットに気づかなくてごめん! 昨日は早く寝ちゃって……スマホもチェック出来てなかったの」

『ああそれは構わないさ。実家に一時帰国したら親父と母さんに音信不通のミキを見てきてくれと言われてなぁ……こっちこそスマン』

 同居人アランの存在に気づいていないであろう兄の言動にミキちゃんはひとまず胸をなでおろす。

『それはさておきお前、猫ちゃん飼い始めたんだな! 白ソックスな黒猫ちゃんとか最高じゃないか!』

「猫ちゃん? 何のこと?」

『おいおい、冗談は止せよミキ……まさかお前、オバケとかじゃないだろうなぁ? なあ黒猫ちゃん、そこどうなのよ?』

『アラァァァン! アラァァァァン!』

「……! そうなのよ、この前駐輪場で段ボールに入れられていた猫ちゃんを見つけたの。名前はアランで男の子よ」

 電話の向こうから聞こえた猫の鳴き声で全てを察したミキちゃんはアドリブで会話内容を合わせる。

『アランとはハイカラでいい名前じゃないか! 一匹でお留守番できていい子でちゅねぇ、アランちゃん! よちよち!』

『アラァァァン! イニャアア!』

「ええと、とにかくお兄ちゃん。あんまりアランをいじめないでくれる? 私まだ帰れないから会社出たら連絡するね」

 アランの受難を察しつつもそれを止める術を持たぬミキちゃんは兄に釘を刺す。

『おう、分かった。夕食はツヨシ特製スタミナ牛丼作っとくから楽しみにしとけよ!』

「わぁ楽しみ! ありがとう」


それから数時間後……

「タンパク質と炭水化物は正義! これに筋トレを上乗せすれば明日のいい筋肉になるぞ!」

「うん、この濃い味付けに柔らかいお肉、トロットロの玉ねぎ……やっぱり牛丼は最高ね!」

「ニャアオ?」

 日中、508号室のキッチンを借りて剛兄さんが作った牛丼をほおばるミキちゃんをじっと見ている黒猫アランは可愛らしく首を傾げる。

「アラン君、ごめんね。これは多分猫の姿で食べちゃダメなのよ。今度作ってあげるから今日はカリカリで我慢してね……」

「ミィ……」

 ミキちゃんの言葉に黒猫アランは諦めた表情でお皿のカリカリを食べに向かう。

「ふふっ、拾って数日で猫ちゃんのママになるとは。以前のお前とはくらべものにならないぐらい元気そうで何よりだよ、ミキ」

 妹と黒猫アランの微笑ましい光景を見ていた剛は思わずつぶやく。

「それって今の会社に入った5年前に会った時の事? そんなに私変わったかな?」

「ああ、女子力と言うとポリティカルうんたら的にNGかもしれないが……あの当時の生活環境と比べると雲泥の差だよ。以前は冷凍コンビニ弁当しかなかつた冷蔵庫は肉も野菜も新鮮なのがあって整理されているし、部屋も掃除が行き届いて清潔……その上でっかいファミコンの親玉を買って新しい事にチャレンジする精神的余裕まであるとは。今の会社がいいところで良かったなぁ……」

 感傷的な言葉と共に3本目の缶ビールを開けた剛は豪快に飲み干す。

「ミキ、1に健康、2に筋肉、3,4も筋肉、5に経済力だからな。お兄ちゃんの金言忘れるなよ……」

「うん、分かっているわ」

「にゃあ?」

「おおそうだ、それに猫ちゃんまで飼い始めるとは素晴らしいじゃニャいか!……よちよち、アランちゃん」

 妹の傍らを離れ、自身の隣にやって来ていた黒猫アランの喉を剛は優しくなでなでする。

「そうね、ありがとう。お兄ちゃん」

 剛兄さんの牛丼(超特盛)を平らげたミキちゃんは黒猫アランと猫じゃらしで遊び始めた兄と自分の食器を回収し、ちゃぶ台を畳む準備に取り掛かるのであった。

 

 それから数日後……魔界の淫魔ギルド、ギルド長室。

「なるほどねぇ、それは大変だったなアラン・インマ」

 人間界でサンクス稼ぎ中の淫魔族アランから活動報告データを受けとったギルド長はそれを確認しつつアランからの電話に答える。

『変身能力を知られてしまった件はどうすればいいでしょうか?』

「まあいいんじゃないの? お前が奉仕しているミキさんとやらはその他2つをご存知なわけだし……緊急回避だから減点対象にはしないし記憶操作処置も不要だ。それよりお前の報告メールに画像添付されていたゲームソフトのキャラクターは可愛いな! ニャンティだったか? 個人的に楽しむのみならず、人間界の研究資料として活用させてもらうよ」

『ええ、よろしくお願いします』

「ああそう言えば、お前の後輩のサキュ……ありゃ? 切れちゃってるな。まあいいか、急ぎの件じゃないし。後でメールで送っておこう」

 通話終了した魔界スマホを充魔器に戻したギルド長は書類仕事を再開するのであった。


【完】

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