【第六話】「怪奇! S区中央商店街・淫魔アランとおもちゃ屋オババ」
都内のオフィスビル街、昼時。
株式会社サウザンド社内に設けられたランチスペース。茶摘 卓男はスマホ片手にキッチンカー広場で買ってきた豚角煮丼を食べる。
(武道大会決闘モノは劇画アクションコミックとしては面白いけど……文章だけで表現するのは難しいよなぁ)
「茶摘さん、ここ大丈夫?」
電子書籍サブスクリプションサービス漫画を読みつつ新作構想を練っていた茶摘に声をかけたのは人事部の上司である守屋 美希さん、通称ミキちゃんだ。
「あっ、はい どうぞ」
お向かいに座ったミキさんは弟が持たせてくれたお弁当を開き、食べる前にスマホで写真を撮る。
「茶摘さん、この前のわんこそば大会楽しかったね」
「はい、おかげで貴重な体験ができました。それにS区の地域広報も分けていただきありがとうございます!」
ミキさんと司会の源さんが握手する写真と共に地域広報紙に掲載された記事原本を自宅で立派な額縁に入れ、スキャンデータをスマホとタブレットの壁紙にしている茶摘は感謝の気持ちを伝える。
「それで特別商品のジョイステーション……エックスだったっけ? あれの件で相談したい事があるんだけどいいかしら?」
「私でよければなんなりと」
「あの後アランにあれをテレビに繋いでもらって起動させたはいいんだけど……ゲームソフトなるものが無くて何も出来ていないの。せっかくだからとネットでゲームソフトなるものを色々探してみたんだけどあまりにも多すぎて私もアランもお手上げで。もし茶摘さんが欲しいなら引き取ってくれないかしら?」
思いがけぬ漁夫の利に茶摘は思わずYESと答えかける。
「ミキさん、申し出は嬉しいのですが……それは流石にダメです。もしよろしければ私が一緒にお選びしますので一緒にオババのおもちゃ屋とやらに行ってみませんか?」
「ああ、そうだわ! 確か商店街のクーポンも5000円ぐらいもらえたしそうしましょ! 今度の週末はどうかしら?」
「わかりました、ええと……日曜日の朝10:00とかどうですか?」
「よし、決まりね! ありがとう茶摘さん。ポチポチっと……」
茶摘とミキちゃんはお弁当を食べつつスマホのカレンダーにスケジュール入力した。
……それから数日後、 日曜日。ミキさんの期待に応えられるよう事前にジョイステーションエックスの情報を徹底収集していた茶摘は地元の人で賑わうS区中央商店街の入り口でミキさんと淫魔アランを待っていた。
「茶摘さん、お待たせ!」
鶯色のロングスカートとブラウス上にピンクの薄手コートと言う小春日和ファッションの私服ミキちゃんに茶摘は思わず見惚れてしまう。
「……いえいえ、こちらこそ。今日はよろしくお願いします!」
「茶摘さん、お久しぶりです。そして今日はわざわざ姉の為にすみません」
「気にしないでくれ、アランさん」
「うふふ、じゃあ行きましょうか。ええと……たしかこの前の会場から少しのはずよ」
S区中央商店街の地図を取り出して歩き出したミキちゃんの後を茶摘とアランが追う。
「ここみたいね、やっているのかしら? ごめんくださぁい……」
S区中央商店街にある小さなおもちゃ屋『おばばのおもちゃ』。狭い店内に入った3人を出迎えるのは壁の棚に手書きの値札付きで積まれたプラモデルにヒーローソフビ人形、車や電車の乗り物おもちゃ、そして新旧ごったまぜのキャラクターおもちゃ達だ。
「おや、誰かと思えば……あの時のわんこ娘と野郎二人じゃないか。久しぶりだねぇ」
「わっ、わんこ娘?」
奥のレジでラジオと共に店番中の店主の大巴 番子(おおば ばんこ)、通称・おもちゃ屋オババの言葉に野郎二人はミキちゃんが着ぐるみ犬パジャマを着てわんこポーズアピールする様を連想してしまう。
「さて、鼻の下がのびのびの助平野郎共は何をお求めかね? ルーレットにコスプレ衣装、クラッカー、パーティーグッズならそこら辺を見な」
「あの、この前いただいた何とかエックスのゲームソフトってありますか?」
「ああ、ファミコンのカセットならここら辺だよ。あたしゃようわからんから好きに選んでおくれ」
オババが指さした先には新旧ごったまぜのゲームソフトが大量に並んだキャビネットがある。
「茶摘さん、どれがいいかしら?」
「ううん、そうですねえ……」
茶摘とミキちゃんはグームソフトの棚に向かう。
「あんたはいいのかい、アランとやら?」
「あっ、はい……僕は専門外なので」
レジ上のトレーディングカードゲームを見ていたアランはびっくりしながらもオババに答える。
「そうかぇそうかぇ……しかしあんたのお姉さん、すごい食いっぷりだったねぇ。普段もあれぐらいなのかね?」
「そう言えばそうですね、 ミキさんはいつもあんな感じです」
「そうかのぅ、あたしやてっきりあんたが一服盛ったのかと思ってたよ」
「はい?」
「やっぱりねぇ……あの三人ともヒト非ざる何かを感じて何かおかしいなぁと感じてはいたが、まさかあんたがその元凶だったとはねぇ。これはオババの独り言じゃが……あの娘は間違いなくお前さんの影響を受けて浸食され始めておる。今はあの程度でもいずれ取り返しがつかない事態になるかもしれんよ、アランとやら」
「……大巴さん、貴女は魔界の者ですか?」
魔界の者としてオババの言わんとする事を察したアランは平静を装いつつも戦闘態勢に入る。
「マカイ? そんなものあたしゃ知らんよ。あたしゃ見えちゃいけないモノがちょいと見えちまう程度のよぼよぼ婆さんさ。まあ自己責任で気を付ける事だねえ……アランさん」
「……」
淫魔族のアランに言うべき事を言い終えたオババはやかんの麦茶を湯飲みに注ぎ足してゆっくりとすする。
「アラン君、お待たせ! 大巴さん、これお願いします。差額は現金で」
茶摘オススメの落ち物パズルゲームソフトと個人的に気に入った大きな猫のぬいぐるみをレジに持ってきたミキちゃんはわんこそば大会の商品券を差し出す。
「ひい、ふう、みぃ、よお、ごお……毎度あり。差額は320円だよ、レシートはいるかね?」
「お願いします!」
ミキちゃんは小銭をトレイに置き、レシートと商品を受けとる。
「ああ、そうそう……これはあたしからのわんこそば大会参加賞だよ。三人共持っていきな」
そういいつつオババが差し出したのは小さな鈴が付いた紫色の巾着お守りだ。
しかしそれには「学業御守」や「交通安全御守」のようなご利益がどこにも書いていない。
「この近くの神社で贈答品用にもらったんだがねぇ、お客が来ないから困ってたんだよ」
「ありがとうございます、大巴さん!」
ミキちゃんはお守りを受けとり、アランと茶摘に一個ずつ渡す。
「さて、買い物も終わったから……すこし早いけど茶摘君も一緒に源さんの蕎麦屋でお昼どう?」
「ありがとうございます! 是非ともご一緒します」
「決まりね、皆で食べに行きましょう!」
「はい、ミキさん!」
ミキさんと同居し始めて一カ月……ご機嫌で蕎麦屋に向かう人間二人とは裏腹に謎のオババとの遭遇と意味深な警告を受けた淫魔族アランは平静を装いつつも複雑な心境と共におもちゃ屋を後にするのであった。
【完】
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