【第五話】「激闘! S区中央商店街 守屋姉弟とわんこそば」

「わんこそば……?」

 都内S区にあるマンション、 1階エレベーターロビー。

 ここの508号室に住む守屋美希、通称ミキちゃんを見送リゴミ出しを終えた彼女の弟(と言う事になつている)淫魔族アランは掲示板に貼りだされたS区中央商店街協会のイベントポスターの文言が理解できず、考え込む。

「あら守屋さんの所の弟さんじゃない、おはよう」

「間古さん、おはようございます!」

 そんなアランに声をかけたのは同マンション内の有閑マダムを東ねるマダムにして近所の噂話とワイドショーが大好きな間古 清美(まふる きよみ)だ。

「わんこそばねえ、アラン君興味があるの?」

「はい、イラスト的に食べる蕎麦なのは分かったんですけど……何でイヌなんだろうなあって考えてしまいました」

 アランの言葉に間古さんは意味深な沈黙で応える。

「……そっか、アラン君は外国暮らしが長かったってお姉さんが言っていたわね。せっかくだから異文化交流だと思って参加してみたら? 蕎麦屋のおやじさんも若い男の子が参加すれば喜ぶし、200杯完食の特別賞品も商店街のおもちや屋のオババが裏ルートで入手した最新ゲーム機だとか言っていたわよ。若い子って今でもこういうの好きなのかしら?」

 そう言いつつ間古さんはポストから回収したチラシを一枚アランに差し出す。

「じょいすて一しょんえっくす……?」

 間古さんが渡してきたわんこそば大会のチラシに描かれていた優勝賞品は茶摘宅で遊んだ事のある黒くて正方形の薄いゲーム機に全く似ていない白い滑らかな外表にスリムなくびれボディの機械だ。

「うちの姪っ子はそういうの興味がないみたいで、私もよくわからないのよ。お姉さんとゆっくり見てみたら?」

「ありがとうございます、間古さん!」


 それから数時間後、真夜中。

『茶摘さん、夜遅くに返信すみません』

 ワンルームマンションの508号室でアランに与えられたプライベートエリアにして寝室でもある物置内。日中、ヲタクサラリーマン茶摘にわんこそば大会の優勝賞品の件でチャット相談していたアランは激務で精魂尽き果てすぐに寝てしまったミキちゃんを起こさないようスマホ画面をサイレントタップして茶摘とチャットする。

『ああ、気にしないでくれ。チラシの画像は見せてもらったが……そもそも本物なのか?』

『偽物があるんですか?』

『ああ、俺がアランと遊んでいるのがジョイステーション5、そしてエックスはこの前発売したばかりのその後継機にして最新機種だ』

『あまりの人気と転売カス共のせいで品切れ続出しており、ネットオークションでは10万円以上でぼったくる輩もいるぐらいなんだ』

『文字通り『選ばれし者』にしか入手できないレアハードとなっている』

『そんなすごい物だったんですね!』

『ああ、その商店街のおもちや屋オババとやらが何者かは知らないが……もし偽物ではない本物だとしたら全ゲーマー発狂案件だぞ』

『じゃあ僕はどうすればいいんでしょうか?』

『まあ俺がアランの立場ならわんこそば体験が出来てエックスがもらえるこのイベントに間違いなく参加する』

『そうですよね!  僕頑張ります!』

『俺もゲーマーとして参加したいのはやまやまだが……お前との関係を守屋さんに知られると面倒だ』

『当日は観客として紛れ込んでいるから幸運を祈る!』

『はい!』


 それから数日後、週末。ミキちゃんのマンションから少し離れたS区中央商店街。

「さあ、今年もやってきました! 中央商店街祭り2022!!」

 商店街の一画に設けられたミニステージ上。はっぴと蝶ネクタイに身を包んだそば屋の頑固親父にして祭り男の源さんが威勢よく叫ぶ。

「今年のステージイベント、わんこそば大会に参加した地域の皆さんのご紹介をしよう! エントリーナンバー1、守屋 美紀さん!」

「うおおおお!」

 天女様のような慈愛の微笑みと共に手を振るグラマラス美人の登場にパイプ椅子に座った商店街の男衆は興奮のあまり立ち上がって大歓声を上げる。

「エントリーナンバー2、守屋 アランさん!」

「きやー! いい男お!」

 パイプ椅子に座った商店街のおばちゃん達はテレビの中でしか見られないリアルイケメン登場に黄色い声を上げる。

「エントリーナンバー3、飛び入り参加の茶摘 卓男さん!」

 盛り上げ役の男衆やおばちゃん達は一転、手元のスマホやパンフレットに目をやってだんまりを決め込む。


(茶摘さん、すみません……ミキさんが無茶を言って)

 その他二人の参加者の紹介中、アランは隣のヲタク茶摘に目で謝る。

(気にするな、アラン。この程度ヲタク道では避けられない門さ)

 会場近くで守屋さんに見つかって飛び入り参加させられたヲタク茶摘もアランの眼線に答える。

「さあ……参加者の皆様は俺様の手打ちそばを味わう覚悟は出来たかぁ? 目指せ200杯完食、レディわんこそばぁ!」

 祭り男、源さんのホイッスルと共に参加者の隣に立ったおばちゃん達が一口サイズそばをお椀に投入開始する。


~それから10分後~

(きつい、あと残り……いくつだ!)

 制限時間15分の2/3が経過。フードファイトの限界に達していた茶摘はまだ大量に残った一口そばを横目に朝食抜きで200杯完食出来るだろうと言う読みの甘さと薬味を色々変えると言う戦略的タイムロスを悔やむ。

(4番と5番の二人は既にギブアップ……アランと守屋さんは?)

 右隣のアランもほぼ同じような状態で箸はほぼ止まっている。


(残ったそばはお土産にしてもらえるらしい……それに参加賞の商品券はもらえる。ならここで……)

 アランが目の前のギブアップボタンに手を伸ばしかけたその時……参加を決めたミキさんとの会話がフラッシュバックする。

『ジョイステーションエックスってよくわからないけど……選ばれし英雄だなんてかっこいいわね! せっかくだからこれ目指して頑張ってみようよ、アラン君!』

(そうだ、僕は……このそばを食いつくしてミキさんを守る英雄騎士になるんだぁ! うぉぉぉぉ!)


「おおっと、2番のアランさんどうした!? 止まっていた箸が完全復活したぞぉ?」

 完全停止から復帰し、ものすごい勢いでわんこそばを片付けはじめたアランに司会の源さんは熱い実況を向ける。

「うぉぉぉぉ!」

「なんとなんとぉ……飛び入り参加の3番さんも完全復活きたぁ! 残り時間3分、これは熱い戦いになって来たぞぉ! まさかの特別賞来るのかぁ、むしろ来い!」

 わんこそば完食をめざすアランと茶摘の激闘をその場の全員が息を呑んで見守る。


「ごちそうさまでした」

「えっ?」

 欲望の権化と化したヲタクと主を守る騎士たらんとする淫魔が雌雄を決するかと思われたその時……200杯を完食し終えたエントリーナンバー1番。守屋 美希・通称ミキちゃんは満足げに箸をおき、手を合わせる。

「これはまさかの……200杯完食! まさかの完食特別賞が出ましたぁ!

 わんこそば大会2022。優勝は、守屋 美希さんです! おめでとうございます!」

 スタンディングオベーションの中立ち上がったミキさんは、聖女の如き微笑みと共に商店街のおばちゃんとおっさん達に手を振るのであった。


 その日の夜、都内S区のマンション508号室。守屋家にて。

「アラン君、お土産のそばは冷蔵庫に入れておいたよ……はい、胃薬」

「ありがとうございます……ミキさんこそ大丈夫ですか?」

 そばで胃が限界容量突破状態のアランは胃薬を飲む。

「まさか行けるとは思わなかったけど……なぜか大丈夫なの。アラン君は夕飯食べられそう? 私は遅めにお茶漬けで軽く済ませるけど」

「僕はやめておきます。ごめんなさい、ミキさん……」

「いいのよ、アラン君! 今日のイベントは楽しかったし、選ばれし何とかエックスももらえたから大満足だわ。教えてくれてありがとうね!」

「はい! そうですね」

 ミキさんの楽しそうな声に入り混じる複雑な気持ちを無視しつつアランはリビングルームのテレビ前に置かれた未開封最新ゲーム機の箱を見るのであった。


【完】

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