12.夢は、なんですか?
ハル子さんが近付いてきたのを真ッ先に気取ったのは、歌枕さんである。りんとした大人の女性は、口許を綺麗な笑みの形にした。
「こんにちは」
ハル子さんが挨拶をすると、歌枕さんは「ふふ」と音にして笑った。
「はじめまして。ハル子様――と仰いましたわね」
「ええ。歌枕さんでしたね」
偽古庵様が「はは」と乾いた笑い声をあげる。
「今、丁度ハル子ちゃんの話しとったとこやねん」
「私の?」
「お見合いに女性がくるのはどうなんやろてね」
「まだ気にしていたの?」
「それは気にもなるだろう」
後ろからうつぼ君が突ッ込む。ハル子さんは黙ってふり向いて、ちらりと舌を出して肩をすくめて見せた。そこから話が続かなかったところを見ると、どうやら女性が婿候補として訪れることは然程珍しいことでもない、と云うことで彼等のトークは決着がついたらしい。
「歌枕さん。なんか飲みモンもろてきましょか?」
「そうですね。
「私もいただこうかしら」
ハル子さんはドリンク・コーナーに行きかけた偽古庵様の後に続いた。すると、「なら僕もいこう」とさらにうつぼ君までが後へ続く。
「では、わたくしはこちらでお待ちいたしますね」
歌枕さんは静かに微笑み、ふいとどちらかへ視線を飛ばした。
ドリンク・コーナーは壁際に設けてある。そちらへ脚を運びながら、ハル子さんは呆れた溜息をついた。
「うつぼ君、あなた、だめだめね」
「だめだめって……なんでだ?」
「それをわかっていないから、だめだめなのよ」
「だから、何が――」
偽古庵様が、くつくつと笑いをもらす。
「あれやろ? レディを一人だけ残すなんて、あるまじき行為やてことやろ」
「そうよ」
ハル子さんの言外の責めに思い至ったうつぼ君は、眉間に深い皺を刻んだ。
「仕方ないだろう。僕は年長女性が苦手なんだ」
「どうして」
「年長の女達には散々ひどい目に合わされている」
「?」
ハル子さんは、疑問を湛えた眼でうつぼ君を見つめてやったが、どうやら詳しく説明してくれる気はないらしい。諦めてドリンク・コーナーのグラスをとりあげ、そこに赤く酸味のきつい飲料水を注ぎ込んだ。
と。
『さてさて皆さん、盛り上がってらっしゃいますでしょうか?』
突然の声。何ごとかと、ハル子さんは斜め前方を見下ろす。視線の先では、古里さんが何やら楽しそうに蝶ネクタイをひっぱりひっぱりしているではないか。
『ここらで一つ、質問コーナーとでもいきましょか』
唐突な古里さんの提案に、うつぼ君と偽古庵様は顔を見合わせた。そしてこそこそと小声で確認しあう。
「――なぁ、うつぼ」
「ああ」
「俺、薄々感付いとったことがあるんやけど、云うてもエエか?」
「多分、僕も同じことを考えている」
「――これって、一國挙げての合コンやんな」
「もしかしなくてもそうだろう。目的はもちろん皇太子カップルの成立だろうが、ついでにもう何組か成立しても害はあるまい。……フェイクの三人は男がほしくて参加したんじゃないかと疑ってしまうな」
「全くや」
傍で見ていたハル子さんは、自身もその中に組み込まれていることを今一つ理解していない彼等二人に対し、激しい突ッ込みを入れたい衝動に駆られた。
「では、オレからで構いませんか?」
予想に反し、口火を切ったのは
『はい。立破様、どうぞ』
「姫様達にお伺いします。――夢は、なんですか?」
「――……。」
一瞬、会場に不相応な間があいた。予想だにしない、あまりに正当で正常な質問だったからである。
「――私は、現状維持が理想ですね」
りんと、一番に気を取り直して答えたのは歌枕さんだった。場を執り成すのが上手い。手馴れている、と云っても差し支えないだろう。
「金壷は、もっと料理と裁縫の腕をみがきたいと思っとります」
続いて答えた金壷さんは、成る程。林檎の皮をむくのも上手かった。料理好きらしい。鬼打木さんはすでに席を外しているので、もちろん飛ばす。
古里さんは、辺りをきょろきょろと見回した。そして、次はもう少し早くきょろきょろとする。目当ての人物が見当たらないらしい。
『ええと……松ぼっくりさま?』
古里さんが呼ばわると、窓とテーブルの合間にできた死角から、ひっそりと小さな影が姿を現した。真実、引ッ込み思案な性質であるらしい。松ぼっくりちゃんは、頬を少し桃色に染めて、はにかみながら答えた。そして、なぜかそのすぐ側に珸瑶瑁先生がいる。ハル子さんは、かすかに
「……物語が好きなので、作家になれれば、と思っております」
立破さんは、返答した三人へ均等に視線を送り、やがて真ッ直ぐに頭を垂れた。
「――ありがとうございました」
立破さんの物腰は、ハル子さんの眼に、ひどく冷静な仕草と見えた。
その後、結局質問は続かなかった。
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