第29話

 一人先に地上に戻って、刀を泉に沈める。


 エマ、どうか戻ってきてくれ……。


 泉には空の星が浮かび、神秘的だった。


 だが、何事も起こらない。


 泉のほとりに座り、変化を待つ。


 しばらくするとルシアが出てきた。


「ジン、お待たせ」


 俺の横に座りそう言ってくる。


「何してたんだ?」


「クリスシアさまを埋葬してきたの」


「そうか……」


「ジンは何してたの?」


「俺は妹が助かるかも知れない言って、教えてもらった通りに刀を沈めて、様子を見てたんだ」


 しばしの沈黙。


 だが、心地の良い時間。


「何時まで待つの?」


 その沈黙をやぶり、ルシアは立ち上がった。


「戻るまで?」


 俺はルシアを見上げながら答える。


「そうなんだ。流石、シスコン勇者ね」


 悪戯をする子供のような笑い顔だ。


「ふ、だろ? ルシアはどうするんだ?」


 俺はもう分かっていた。


 ルシアはもう、俺の側からいなくなるって。


 でも、ちゃんと話をしてから別れたかったのだ。


「旅に出るわ。今度は自分のしたいことを見つけに行くの」


 そう言って遠くに思いをはせる顔には、悲しみはなく。星空に照らされる横顔に俺は見惚れてしまった。


「そ、そうか。気をつけてな」


「どうしたの?顔が赤いわよ?」


「気のせいだろ。それよりも」


 俺は立ち上がって、ルシアの肩を掴む。


「な、何?」


「ありがとう。ルシアと旅をしてよかった。絶対エマとまた会いに行くから」


「う、うん」


「その時は旅の話をまた聞かせてくれないか?」


「もちろんよ! じゃぁね、シスコン勇者」


 ルシアは俺の手をどけて、背を向けて歩いて行く。


 俺はその背中を静かに見えなくなるまで、見続けていた。


 ・・・・・・・・・・


 どれだけの星空を見ただろう。


 もしかしたらルシアよりもこの森について、詳しくなってしまったような気もする。


 何時まで経っても、エマは戻ってこない。


 だけど俺は信じていた、帰ってくる事を。


 月が昇り、よだかが鳴き始め、夜が更けていく。


 空に一番星がかがいた時、泉が黄金に輝いた。


 何事だ!? と驚きながら様子を窺う。


 刀が空に浮かび、刀の影と少女の影を浮かび上がらせる。


「エマ……」


 俺は泉に入り、刀の側にいく。


 空に浮かび上がった刀から、エマが抜け出しゆっくりと横たわって降りてくる。


 俺はそれを抱きとめて、エマの顔を見ながら岸に戻った。


「お兄ちゃん……」


「エマ!」


 目をこすり、俺の顔を見つめてくる。


「え? え、お兄ちゃん!」


 わたわたと暴れだす。


「危ないから、暴れないでくれ」


 俺はゆっくりと地面に降ろして、自分が来ていた上着をかけてあげる。


「ありがと」


「いや……」


 戻ったら色々話そうと思っていたが、どうにも言葉が出てこない。


 下を向き、上着に顔を埋める姿に本当にエマが戻ったんだと実感する。


「お兄ちゃん、ただいま」


 にっこりと笑みを浮かべて、俺の顔を見てくる。


 その頭に手をのせて、優しくなでてあげた。


 エマはくすぐったそうに、「にゃふっ」っと声を出す。


「どこか痛い所はないか?」


「うん、お兄ちゃんは?」


「服は少し破れてるけど、元気だぞ」


「良かった……。それで、ここって何処なの?」


 辺りを舞いながらそう聞いてくる。


「え? もしかして何も覚えてないのか?」


「うん……。ごめんなさい。家に変な獣が来たところから、記憶があいまいなの」


 しゅんとした顔をして、うつむいてしまう。


「いや、謝ることじゃないぞ。とにかくそこの切り株に座ろうか?」


 普段休むために利用していた、切り株を指さして提案する。


「うん」


 エマと二人でそこまで移動して、薪に火をともす。


 エマの横の切り株に座って、「寒くないか?」と、声をかける。


「私は大丈夫だよ。お兄ちゃんは、上着脱いで大丈夫?」


「ああ、大丈夫だぞ。それより、話をしようか?」


「うん。教えて、私の忘れている事」


 真剣な表情で、そう言ってくれた。


 俺はあの日、家の御新刀が光ったこと。エマがその中に吸収されたことから、今までの事を全部話した。


「あのね、疑問なんだけど、どうして私は刀に吸収されたの? あの時私は、お兄ちゃんを助ける力が欲しいて願ったけど、それが関係してるのかな?」


 俺もあの時、エマを助ける力が欲しいと願ったが、エマも同じことを考えていたのか……。


「たぶんそうなんだろうな」


「ずっとね、聞きたかったんだけどね。私って、本当にお兄ちゃんの妹……。なんだよね?」


 覚悟を決めたように、そう聞てきた。


 ずっと黙っていたけど、本当の話をしないといけないんだろうな……。


「何を言ってるんだよ? エマは俺の妹だぞ」


「でも、刀に力を宿せるのは、女神だけなんだよね?」


「違う、たとえそうでもエマは、俺の妹だ――」


 俺はエマを強く抱きしめた。


 エマは身体を小刻みに震わせている。


 不安だよな……。


「ちゃんと説明させてくれ、俺が知っていることは全部話すから」


 優しく耳元であやすように言う。


「うん、聞かせて」


「あらしの夜だった。俺は家で留守番をしていたんだけど、お父さんが、エマを抱いて帰ってきたんだ。俺がその子は誰? って聞くと、お前の妹だって教えてくれた。だから血のつながりって意味では、本当の家族ではないんだ」


「そうなんだ……」


「でも、俺達は家族だ。誰が何と言おうとそれは、間違いない。お母さんもお父さんもずっと、エマの事を可愛がってたんだぞ?」


 エマはもしかしたら女神なのかもしれないけど、俺には関係ない。


 ただ一人の妹。家族だ。


「うん、ありがとう。安心した。それとすっきりしたよ」


「え? どういう意味だ?」


「だって、お兄ちゃんも、お父さんも、お母さんも髪の毛が黒いんだもん。私だけ金髪って変じゃない?」


 その言葉に笑ってしまう。


 俺は体を放して、「そうだな、確かにそうだ」と笑ってみせた。


「そっか、でも家族なんだもんね」


「ああ、そうだ。嫌か?」


「嫌なわけないよ! もう」


 拗ねたそぶりを見せるエマが愛おしくって、また抱きしめる。


 この、日俺はエマを抱きしめながら眠った。


 久しぶりに感じる温もりに気持ちよく眠ることができた気がする。


「お兄ちゃん、朝だよ」


 エマの声が上からする。


 俺は目をこすって、目を開く。


「エマ、おはよう」


 ニコッと笑みを浮かべるエマは可愛すぎだ。


「今日はどうするの?」


「しっかり休めたし、エリトルの村に戻らないか?」


「うん、戻る。お家に帰りたい」


「よし、朝食を食べたら、出発だ」


 エマと一緒に木の実やキノコを採って食べる。


 一人の時に失っていた楽しみが戻ってきた。


 女神の里を出て、エマをおんぶし砂漠を歩く


 エマの身体は軽く、まったく疲れない。


 来たときはよく分からない屋敷を通ったから道に迷ったが、運よくキャラバンの馬車に乗せてもらえた。


 しかも可愛らしい服と靴をエマに買ってあげられたからよかった。


 王国へと続く森の前で下ろしてもらい、お礼を伝えて別れる。


「お兄ちゃん、良かったの? こんな綺麗な服を買ってもらって」


「いいんだよ。それとも半裸で歩きたいのか?」


 遠慮するエマをからかう。


「そんなはずないよ~」


 顔を赤らめたエマの手を掴んで森を進んでいく。


 大きな城が見えてきて、王国領土に入ったことが分かった。


 何やらお祭りが開かれているようで、町はにぎわっている。


「お兄ちゃん、人がたくさんいるね」


 先ほどまで怒っていたのに、町の喧騒に目を輝かせて、はしゃぎだす。


「だろ、今日はここに泊まるから町を見て歩こう」


「本当? でも、お金は大丈夫なの?」


「心配するなって、旅の途中で少し貰ってる分が残っているから」


 俺はそう言いながら、エマの手を掴んで屋台の方に引っ張っていく。


 エマもその手を強く握り返してくれる。


 王国に来たら、ユーシアとルーテシアに挨拶したかったが、町がこうでは、城の中も大変だろうし、やめておくか……。


「おにいちゃん? どうしたの?」


 エマが不思議そうに見てきたので、「何でもないぞ」といって、屋台に目を通していく。


 因みにお金はユーシアが、この国を救ったお礼としてくれたものだ。


「あれ、おもしろそうじゃないか?」


 屋台の一つに目をつけて、指をさして聞く。


「ナイフ投げ? あ、あの景品可愛い」


 エマが景品を見てそう呟いた。


「よし、とってあげるよ」


 俺はエマと屋台の前に行く。


「いらっしゃい。一回五本、的に当てた数で景品が決まるぞ」


 凛とした声の店番にお金を渡して、ナイフを受け取る。


「お兄ちゃん、怪我だけはしないでね?」


 エマが心配そうに言ってきたので、「任せとけ」と言って、的を睨む。


 大中小の的が横並びで並び、全てを倒せばエマの欲しがっているぬいぐるみがもらえるようだ。


 一つ目、デカい的に見事あたる。


 二つ目、卵サイズの的に見事に的中。


 問題は三つ目の的、卵より小さいボールに刺す必要がある。


 残りナイフは三本。慎重に狙う。


 だが、二回はずして、残り一本になってしまった。


「お兄ちゃん……」


 カッコいい所を見せないと……。


 グサッっと最後の一刀が的中する。


「しゃぁぁ!」


「すごい、すごい。お兄ちゃん」


「まさか当てるなんて……。持ってきな」


 店番は悔しそうに、金のネックレスを渡してきた。


「いや、それじゃなくて、そのウサギのぬいぐるみが欲しいんだが?」


 エマの方にあってるか、目で確認を取る。


 二回うなずいたので、間違いない。


「マジかよ……。ほらよ、こいつでいいのかい?」


 あんぐりと口を開いて、ぬいぐるみを渡してくれる。


「ありがとうございます」


 俺はそれを受け取って、エマの方に走っていく。


「すごい、本当にとれたね」


「だろ、お兄ちゃんは凄いだろ?」


 エマにヌイグルミを手渡す。


 まぁ、的全部に当てなくても貰えたみたいだけど、貰えたからいいか。


「えへぇ~、モフモフだ~」


 幸せそうにぬいぐるみを抱く姿にすごく嬉しくなる。


「前見て歩かないと、危ないぞ?」


「はーい。ありがと、お兄ちゃん」


 二人でさらに屋台をめぐっていく。


 串焼きを食べたり、甘い丸いパンを食べて、ベンチで一休みすることにした。


「お祭りって、楽しいね」


「だな。俺も初めてだが、エマと来れて良かったよ」


 エマが俺にもたれかかってきたので、頭を撫でる。


「む? ジン? ジンじゃないか?」


 突然呼ばれたので前を向くと、ルーテシアが立っていた。


「ルーテシア! 久しぶりだな!」


 俺はそう言って、立ち上がる。


「王国にいるなら、遠慮しないで城に来ていいんだぞ?」


「いや、祭りをしていたから忙しいかと思って」


「ははは、相変わらず優しいんだな」


「お兄ちゃん……。この人は?」


 エマが横に来て、そう聞いてきた。


「ああ、この国の騎士様だ」


「初めまして、お嬢さん。シン・ルーテシアといいます」


 エマの手を取って、ルーテシアは自己紹介をしてくれる。


「あ、ツァーリ・エマです。よろしくお願いします」


「ツァーリ? もしかして、ジンの妹さんか?」


「はい、無事に元気になりました」


「それはおめでとう。どうだ? 城によっていかないか? 」


「いいのか?」


「もちろん。ユーシア様も喜ばれるよ」


 この日の夜は、ユーシアとルーテシアが豪華な食事を用意してくれて、エマの自己紹介をした。


 最初は緊張していたエマも、ユーシアとお風呂に行ってからは、なんだか打ち解けた様子だった。


 何の話をしたのかは、秘密だそうだ。


 久しぶりに王国のベッドで眠り、すっかりと疲れをとることができた。


 次の日、二人に見送れながら俺達は王国を後にし、エリトルの村を目指し歩きだす。


 寄り道もしつつ、良い帰宅ができていると思った。



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