第28話

「ジン、起きれそう?」


 肩を揺すられて、目を覚ます。


「どうした?」


 意識はあるが、目を開けたくなくて目をつぶったまま返事をする。


「まだ目は見えない?」


 心配そうな声に、声のする方に顔を向け目を開く。


「霞んでいるが見えるぞ」


 少し霞むが、見えているルシアにそう返事を返す。


「良かった」


「悪い、眠りすぎたか?」


「ううん、大丈夫よ。朝ごはんに木の実を拾ってきたから食べましょう?」


「この森にまだ自然が残っていたのか?」


 周りは枯れた木しか見えないので、驚いてしまう。


「ビッシーマーを倒したからか、奥の方の木は蘇り始めているの」


 蘇る? そんな簡単に?


「なぁ、その場所に族長がいるんじゃないか?」


「え? どうして?」


 本当に分かってないのか?


「木はそんなに簡単には生えてこないものなんだ」


 仕事柄、木を切ることが多いがそんな木はきいたこともない。


「そうなんだ。女神の里では、木が枯れる事なんてないから、知らなかったわ」


 凄いことを知ったな。


「これを食べたら、案内を頼む」


「ええ、任せて」


 身体が栄養を欲しがっているのか、木の実と水を体に急いで取り込んでいく。


「そんなに慌てたら、身体に悪いわよ?」


 笑いながらその様子をルシアが見てくる。


「うぐぅ、そうだな」


 のどを詰めそうになりながら、ゆっくりと食べるのだった。


 ・・・・・・・・・・


「ここよ、ここ」


 ルシアが案内してくれた場所は、小さな泉とその周りを囲うように木がいきいきと生えていた。


「凄い、空気がもいいな」


 よどみなく透き通った、風が気持ちいい。


「でしょ? 私が住んでいたころの空気よ」


 ルシアはどこか嬉しそうにそう返事を返してくれる。


「族長の気配は探れないのか?」


「ごめんなさい、全く分からないわ」


「そうか……。あ、あの木の幹に穴がないか?」


 泉の真ん中に生えた大きな木の幹に、くぼみを見つけて指をさす。


「本当ね、行ってみましょう」


 足元に気をつけながら泉に入っていく。


 幸い、俺の腰丈ほどしか水かさはなく、歩いて木の前にたどり着くことができた。


「やっぱり、空洞だな」


「何でここに、こんな穴があるのかしら?」


 二人で穴の奥をのぞき込むも、奥が見えない深さだ。


「入ってみるか」


 幸い、人が通れる幅はあるので、そう提案する。


「そうね、風の加護よ我らに風の加護を与えたまえ」


 俺とルシアは木の幹へと入っていく。


 風の加護のおかげで、一直線での落下はしないですみ、一番下の地面へとすんなりとたどり着いた。


「暗いな……。ルシア、灯りを頼む」


「任せて」


 サッと、火の弾を出して、辺りを照らしてくれる。


 砂でできた地面と、木の壁で覆われた空間。


 若干水が入ってきたりするが、問題なさそうだ。


「ここはどういう場所なんだ?」


「自然でできた穴にしては、不自然ね?」


『まさか、人間がこの場所に来るなんて、汚らわしいわね』


 突如、声が響く。


「誰だ?」


 俺は警戒しながら刀の柄を掴む。


『ああ、ああ。貴女がその者を連れてきたのね? ルシア」


 声の主は俺の質問には答えずに、ルシアにそう聞く。


「はい、私が案内しました。ご無沙汰しております。クリスシア様」


 ルシアはそう答えて、その場で膝をついた。


「汚らわし、汚らわし、不浄の物をこの里に招くなんて」


 どこか呆れたような言い草だ。


「ですがもう、女神の里は滅んでいます」


「私に口答えする気かい?」


「事実です」


 ルシアがそう言うと、辺りの空気がざわつきだす。


 そして、木の壁に人の上半身と顔が浮かんでくる。


「私がいる限り、里が滅ぶことなんてないのよ」


 あれが族長、クリスシアと呼んでいたか?


 上半身と頭をもした木を見ながら、様子を窺う。


「ですがもう、クリスシア様の力もだいぶ弱く感じます」


「うるさい子だね、これでもくらいな!」


 クリスシアが怒ったようにそう言うと、ルシアは苦しそうな声を出して、灯りが失われた。


「くそ、あれ? どうなっているんだ?」


 刀を抜こうと試みるも何故か抜けず、困惑する。


「女神の力は全部、奪ってやったわ。死にぞこないも役に立つものね」


 辺りに蛍ほどの光の弾が無数に浮かび、木の壁の人型がまた見えた。


 だが先ほどと違い木ではなく、下半身はないが人の姿だ。


 透き通るような白い肌に、赤みがかった茶色の髪に。瞳の色も茶色で、その目が俺達を睨みつけている。


「はぁ、はぁ、ジン。逃げて……」


 ルシアは息を切らせながら苦しそうに立ち上がった。


「嫌だ。俺は、ルシアと妹を救う」


「何をぶつくさ言っているのかしら? ルシア、こっちに来なさい。貴女の身体を有効に使ってあげるわ」


「嫌よ! 私はもう、貴女の言いなりに生きるのも、絶望しながら死に場所を探すのはやめたの。今日は、話があってきただけだから」


 ルシアがそう言うといっそ、空気がピりつく。


「汚らわしい、貴様がいらぬ知恵を与えたのか?」


 俺の方を射抜くように見てくる。


「さぁ?  ルシアは会った時からわがままなので、違うとは思うけど」


「何よ! もしかして、根に持ってるの?」


 ジトっとした目で睨んできた。


「いや、わがまま言われたのは初めてで嬉しかったよ」


 俺がそう言うと頬を赤くして、俯いてしまう。


「はぁ、もういいわ。その人間を殺せば、言う事を聞きそうね」


 クリスシアはそう言うなり、木の根を俺に伸ばしてくる。


 俺はそれを後ろに飛んでかわす。


 だがその木の根はルシアの手を縛り、さらに伸びてきた木の根にルシアの足も掴まれてしまう。


「ぐぅぅぅ」


 痛そうに、ルシアが声を漏らす。


「ルシア!」


「もう強引に、身体を奪っちゃうわ――」


 ルシアの身体が、クリスシアの方に引き寄せられていく。


 柄を力いっぱいに掴み刀を抜こうとするも、やはり抜けない。


「その武器って? 女神の力の武器ね? どうして貴様のような者が持っているのかしら?」


 指を顎に当てて、そう聞いてくる。


「家に昔からある、預かりものだ」


 俺はクリスシアに向かって駆け出す。


「まぁ、抜けない武器なんて、意味はないわね」


 太い木の根が俺に向かってくる。


「くそ! がぁ」


 鞘で防ぐも、上に跳ね飛ばされてしまう。


 だが、奇跡が起きた。


 鞘が壊れ、刀身が姿を現したのだ。


 刃はさびて美しさを失っているが、微かな力を感じる。


「その武器まさか……」


「エマ、もうひと踏ん張り、頼む――」


 俺は刀に意識を集中して、エマに呼びかけた。


 その声に呼応するように、刀が輝く。


「炎舞斬り!」


 回転しながら落下して、ルシアを拘束する根を燃やし斬る。


「ありがとう、ジン」


「これで形勢逆転だな?」


 俺は笑みをルシアに向けた後、刀をクリスシアに向けてそう言う。


「やはり、忌々しい。その武器がまだこの世にあるなんて、私は認めない」


 無数の鞭が迫ってくる。


 この武器の事を知っているのか?


 俺はその鞭を全て斬りおとし、クリスシアの首に刃を当てて止まる。


「ぐぅ、不浄の物ごときが」


「質問に答えてもらう。この武器はどういうものなんだ」


「誰が答えるか! 殺せ」


「クリスシア様……」


 ルシアが悲しそうに俺達を見ながら、そう声を出す。


「なら、刀に宿った魂の出し方を教えてくれないか?」


「何?」


 俺の質問に驚いたように、目を見開く。


「この武器には妹が閉じ込められているんだ。だから、助け方を教えてください」


 俺は刀を下ろして、頭を上げた。


 完全に無防備、今攻撃を食らえば確実に死ぬだろう。


 だけど、どのみちエマを救えないなら、死んでもかまわないと思った。


 だが、衝撃は来ない。


 俺はゆっくりと視線上に向けていく。


 クリスシアの目を見ると、どこか昔に見た母親を思い出させる優しさを感じた。


「信か……」


 何処か呆けた気の抜けた声が耳に入ってくる。


「え?」


 驚いて顔を上げて、聞き貸す。


「その刀に飲まれたとは、信かと聞いているのだ」


「はい。間違いないです」


 幾度もこの刀を通して、エマと話していたから分かる。


 この刀には間違いなくエマがいると。


「そうか、姉様は本当に生んでいたのね……。いいかい? 教えてあげるからよくお聞き――」


 凛とした声に、口を挟めないまま背筋を伸ばす。


「上の泉に刀を沈めなさい。そうすれば、女神と刀は分離されるはずよ」


「妹は、女神ではないのですが?」


「……油断したな、人間!」


 突然そう声を上げて、腕を俺の頭に振り下ろしてくる。


「ジン、危ない。お願い、悪しきものに地獄の炎を《ヘルフレーム》」


 少し小さめの火の弾がクリスシアに当たり、動きが止まり身体が燃えていく。


 どうしてなんだ?


 どうして、殺気はなくそんな優しい顔をしているんだ?


 ルシアの場所からは見えないだろうが、この女神は俺を殺そうとしていなかった。


 むしろこうなることを望んでいた?


 疑問が頭に積もっていく。


「人間……。奇跡を祈りなさい。私にはできなかったことだけど、貴方たちならできるわ」


 おれにだけきこえるこえで、そう言って灰になってしまった。


「ルシア……」


 振り返った俺は言葉を飲み込む。


 ルシアは上を向きながら涙を流していたのだ。


 声も出さずにただ、涙を流し耐える姿に俺は声をかけることができなかった。

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