第27話
一度中に入ると外の太陽の光は届かないで、松明の明かりだけが頼りになる。
地面もぬかるんでいて、足元に気に気をつけながら進んでいく。
「どれくらいで着けるんだ?」
「そう遠くはないけど、ここまで荒れてるのが気になるわ」
どれくらい奥まで来たのか、来た道も分からなくなってきた。
「ここが里の入口なのか?」
開けた道にたどり着いたので、前で立ち止まったルシアに聞く。
「ここは、池があった場所よ。でも、涸れてるわね」
ここまで何もないとエマを本当に助けられるのかが、心配になってくる。
「どうしてここに寄ったんだ?」
「ここにはね……」
「おやおや、まさかここまで来るとは予想外でした」
森の方から声がして、視線を向けるとビッシーマーが姿を現した
。
「ビッシーマー! お前の方から来るとはな」
俺は刀を抜いて構える。
「フフフ、欲しかった素材が二つも来るなんて、私は実に運がいい――」
突然背後から声がして、とっさに後ろに飛ぶ。
ビッシーマーが、俺のいた場所に立っていた。
「これを躱すか……」
俺を見ながらそう言ってくる。
どうなっているんだ? 全く見えなかった。
刀を構え直して、集中力を高める。
「でりゃぁ」
上段斬りをくりだす。
「あまい、もう少し血を注ぐか」
ビッシーマーの腕が俺の胸を貫いた。
「ジン!」
ルシアの焦った声が響く。
熱い、俺は死ぬのか?
・・・・・・・・・・
『お兄ちゃん、それ以上はダメだよ』
『ジン、お願い正気に戻って』
エマとルシアの声が聞こえてくる。
どうなっているんだ?
暗い、何も見えない。
二人はどこにから話しかけてきているんだ?
それにすごく寒くて、もう動きたくない。
『ダメ、前を向いて、お兄ちゃん』
「エマ、ごめんな約束を守れなかった」
『情けないわよ、ジン。諦めないんじゃなかったの? エマちゃんを、世界を救うんじゃないの?』
俺もそうした、でも、もう何も見えないんだ。
深く、深く、沈んでいく。
そんな俺の腕を暖かな何かが掴んだ。
『ルシアさん、お兄ちゃんをお願い』
「任せて、引き上げるわよ』
俺を上に引き上げていく、徐々に明かりが見えてきた。
・・・・・・・・・・
「……」
嗚咽を漏らしながら俺は意識を取り戻す。
「これほどまでに拒絶するなんて、ここで殺すかとにしましょうか」
ビッシーマーの声がして視線を向けると、右腕が無くなっていた。
どうなっているんだ?
「良かった、良かった。ジン、まだ油断したら駄目よ」
少し離れたところからルシアの声がして、視線を向けると目に涙をためて俺を見ていた。
だが、左目が見づらい。赤く濁って見えてる。
俺は刀に意識を集中しようと、ビッシーマーをもう一度睨み驚いた。
俺の右手の爪が化け物の様に伸び、爪についた血が垂れていたのだ。
「しかし、驚きましたね。致死量は血を流しているのに死なないなんて、あなた本当に人間ですか?」
ビッシーマーは冷静に腕を再生させて、そう聞いてきた。
「人間だ! そして、貴様ら化け物を倒しこの世界を救う」
俺は距離を詰める。
その瞬間を待っていたかのように、ルシアが風の力をビッシーマーに放つ。
「いまよ!」
「ああ、これでどうだ」
右から左へと、胴体を薙ぐように一撃をきめる。
「ぐぅ! 貴様ら人間はうじゃうじゃと、私の計画を邪魔してくれますね」
後ろに飛んで、ダメージを軽減させ、余裕そうにそうぼやく。
「計画? それは思い人を手に入れる事か?」
「貴様、何故その話を知っている?」
先ほどまでよりも威圧感を感じる。
「ルシアから聞いた。言っておくが死んだ人は蘇らないぞ?」
「フハハハハ、それは人間の常識だろ? 私はこの百年、研究したのだ。私の魔の力を使えば、ミリアを復活できる。その邪魔をする人間には死を。我らの邪魔をする女神族は、根絶やしだ」
胆が冷える笑い声をあげ、ルシアを睨む。
「何よ……」
「だが、最近になって女神の、それも若い肉体が必要だと分かった時に、お前のようなものが来てよかった」
「ルシアには触れさせない!」
俺はまた、ビッシーマーに斬りかかる。
「うっとおしいな」
ビッシーマーが爪で刀をはじく。
お構いなしに、刀を振るい続ける。
「火の精霊よ悪しきものに地獄の炎を《ヘルフレーム》」
横からルシアが巨大な火の弾を飛ばす。
俺は詠唱終わる瞬間に横に飛び距離を取ったが、ビッシーマーは回避が遅れて直撃する。
「やったか?」
白い煙を上げる、ビッシーマーの様子を窺う。
一瞬黒い光が見え、とっさにルシアをかばうためにルシアに飛びつく。
「きゃぁ」
ルシアの首のあった位置を黒い閃光がかけぬける。
「ハァ、ハァ。許さん、許さんぞ」
ただれた顔で俺達を指さす。
その指先からまた、黒い光が発現する。
俺はルシアの腕を掴んで立ち上がれせて、それを回避した。
「ルシア、このままじゃ倒せる気がしないんだが……」
「それは同感ね。何か強力な一撃じゃないと、倒せそうにないわ」
修復していくビッシーマーの顔を見ながらお互いにため息をつく。
「女神、贄になるならその小僧だけは助けてやるぞ?」
「嫌よ、絶対に倒すんだから」
ルシアはそう言って風を起こして、攻撃をくり出す。
だが足止め程度にしか効いていない。
エマ、力を貸してくれ――
刀に全集中して呼びかける。
小さな光の弾が、ビッシーマーへとのびていく。
「でらぁ!」
「何度来ようと無駄だ」
俺の動きを察知したのか、黒い球をいくつも飛ばしてくる。
その弾が当たった、木が枯れ果てていく。
一度でも当たれば、死ぬな……。
俺は臆することなく、間合いを詰めていく。
「炎舞斬りっ!」
回転をくわえ刀に炎を纏わせて、肩からつま先までを目指して斬りつける。
「ぐぅ、小癪な」
ビッシーマーの腕が黒くなりそのまま刀を止める。
だが、やはり効果がありそうだ。
俺一人では無理でも、ルシアとエマがいればいける。
「火の精霊よ悪しきものに地獄の炎を」
ルシアが刀に火の弾を当てて、勢いが増す。
「斬れろー!」
グッと柄に力を込めて、体重を乗せる。
「ふざけるなぁぁぁ!」
ビッシーマーが雄たけびを上げて、周りに瘴気が広がっていく。
しまった、飲まれる。
俺は躱すことをあきらめて、とどめに集中することにした。
身体に痛みがはしり、呼吸が止まりそうになる。
俺の刀が数センチ進むごとに、意識を保つのが難しくなってきた。
「ダメよ、ジン。離れて、死んじゃうわ」
「うぉぉぉぉ!」
「ぐぉぉぉぉぉぉ」
ビッシーマーのここからは我慢比べだ。
もう少し、もう少しで世界を救える。
刀を押し込むのが楽になってきた。
倒せたのか?
目には何ももう映らないから、俺には分からない。
「ルシア、後を頼む」
俺はそう呟いて、意識を失ってしまった。
・・・・・・・・・・
心地よい暖かさと気持ちよさの中、俺は目を覚ました。
「ルシア?」
俺の顔の前にぼんやりと浮かぶ輪郭、にそう呼びかける。
「良かった、目を覚ましたわね」
その声に安心し、体を起こそうとしたが力が入らない。
「ビッシーマーは?」
「ジンが倒したのよ。すごいわ、本当に……」
俺の手をぎゅっと握って、教えてくれる。
倒せたのか、良かった。
「ルシア、怪我はないか?」
その手を精一杯、握り返して聞く。
「私は大丈夫よ。ごめんなさい、ごめんなさい。ジンを守れなかった」
「何で謝るんだ? 凄い助かったぞ?」
俺の顔に雫が落ちてくる。
泣いてるのか?
どういう訳か、俺にはその姿が見えない。
「……ジンは勇者ね」
俺の気持ちを汲み取ってくれたのか、それ以上謝ることはしないで、そう言ってくれた。
軽くルシアの肩を押されて、横に倒される。
先ほど感じた柔らかさがまた俺の頭を包む。
「休んでる場合じゃないだろ?」
「いいわよ、もう」
トン、トンっと、肩をやさしくたたいてくれる。
「でも、族長を見つけて助けないと」
「焦らなくて大丈夫。ジンはどうせ、目が見えてないんでしょ?」
それはそうなんだが――
「エマを助ける方法が知りたいんだ」
少し大きな声を出してしまった。
「ふふ、あ、言い名前を思いついたわ」
「名前?」
唐突に言われて、聞き返す。
「そう、勇者には二つ名があるのよ?」
「そうなのか、どんな名前なんだ?」
「めちゃくちゃ、ピッタリよ。シスコン勇者ってどう?」
「最高だな……」
俺はそう言って、意識を手放す。
ルシアのネーミングセンスはぶっ飛んでるなと思いながら……。
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