第24話

「ここから近いし、皇帝国を目指さない?」


 魔導国を出て、森に入ったところでルシアがそう提案してきた。


「いや、何の情報もなしに皇帝国は危険だと思う」


「どうして?」


「帝国に進行して、乗っ取ったって聞いてるんだ。少しでも最新の情報が欲しい」


 不思議そうに聞いてきたルシアに、そう教える。


「確かにそれは予想してなかったわね……。いったん王国に戻りましょうか?」


「それがいいと思う」


 少し考えた後、ルシアがそう提案してきたのでその案を採用することにした。


 お互いに戦闘続きで疲れもあるだろし、少し安全な場所で休むのも大切だろう。


 俺は森でおとなしく待っていてくれたウマを呼んで、ルシアと一緒に跨る。


 かなり立派な馬なので、二人で乗っても暴れない。


「ウマがいて良かったわね。どうやって手に入れたの?」


「ユーシアがくれたんだ。ルシアの事すごく心配してたぞ」


「そうだったのね。王国についたらお礼を言わなくちゃ」


 二日ほど野宿しながら、お互いの子供の頃の話をしたり、エマのことを話したりした。


 来たときは不安と心配で焦っていたが、ルシアと戻る道のりは凄く楽しい道のりだ。


 化け物に襲われることなく、無事に王国へとたどり着いた。


 ・・・・・・・・・・


「ジンさん、ジンさん。良かった、良かったよ~」


 玉座の間に入るなり、ユーシアが走ってきて俺に抱きつき泣き崩れる。


「姫、はしたないですよ」


 慌てた様子で、ルーテシアが引き離す。


 壁に並んで待機している兵士たちは、見ないように目をそらしていた。


「すみません。ゴホン、では此度の魔導国の騒動の結末を聞かせていただけますか?」


 玉座に座り直し咳ばらいをして、姫の顔を作り直してそう聞いてきた。


「では、お話させていただきます」


 俺とルシアは玉座に続く階段の前まで進み、膝をついて説明を始める。


 死鬼と呼ばれる鬼の事、ユーシアに助けられた時の事、そして魔導国の王にあたるチルノが死んだことを話した。


 話し終わると、室内にいた兵士達がざわつきだす。


「沈まれ!」


 ルーテシアの声が響く。


 一瞬にして、動揺していた兵士達が静かになる。


「ルーテシア、あの件もこれで潰れましたね」


 神妙な顔で、ユーシアはルーテシアに声をかけた。


「まぁ、元々望み薄でしたし……」


「何かあったんですか?」


「いや、大丈夫だ。二人とも、報告ご苦労。部屋とご飯は用意させるから今日はもう休んでくれ」


 思案に入ったユーシアに代わって、ルーテシアが指示をくれる。


「分かりまし。では、失礼します」


 玉座の間を出ると、給仕の女性が食堂までの案内をかってでてくれた。


 ゆったりとした歩みで食堂に向かう。


「ねぇ、様子が変じゃなかった?」


 横を歩くルシアがそう聞いてくる。


「だよな。それに何だか警戒が凄い気もするし」


 廊下にも武装した兵士が等間隔で並んでいた。


「着きました」


 立ち止まった給仕の女性は短くそう言って、ドアを開けてくれる。


 やはり部屋の中にも兵士がいた。


 どうしてこんなに城内に兵士がいるんだ?


「とにかく説明を待つしかないか」


 だがこの日の食事にユーシアもルーテシアも姿を見せなかった。


 食事を済ました後はすぐに部屋に案内され、待機を指示された。


 本当にどうなっているんだ?


 疑問に思いながらも疲れていたのか、ベットに入るとすぐに寝てしまった。


「起きろ、ジン」


 肩を揺すられ、意識が覚醒していく。


 声? えっと、ルーテシアか?


 目をこすりながら、揺すってきたものの姿を確認する。


「……何かあったんですか?」


 そう言いながら体を起こす。


 やはり、起こしてきたのはルーテシアだった。


「昨日はあまり話す時間が取れなかったからな、朝稽古に付き合ってくれないか?」


 王国騎士の稽古か、中々興味深いな。


「もちろん付き合うよ」


 俺は身支度を済まして、ルーテシアと部屋を出る。


「朝早くに起こして悪かったな」


「いや、大丈夫。朝に刀は振りたいし」


 嘘でも何でもなくチルノの修業のせいか、素振りがしたくて仕方ないのだ。


「騎士道に目覚めたんだな」


「それはよく分からないけど、化け物からこの世界を救いたいって、気持ちは強い」


「それはありがたい。はっきり言って、この警戒の仕方もそのせいなんだ」


 壁に並んだ騎士たちを見ながら、ルーテシアは表情を曇らせる。


「いない間に何かあったんですか?」


「化け物が国内に入ってきたんだ。何とか閉じ込めて太陽光で殺したが、バ・ルーダの件で、まだ城にも化け物がいるんじゃないかと全員疑心暗鬼になってしまってな」


 それは仕方ないだろう。


 出る前にも、バ・ルーダの部下は城から離して、配置したくらいだし。


「絶対に平和にしてみせるよ」


「それで聞きたいんだが、二人はこの後、皇帝国を目指すのか?」


「まだルシアとは話してないけど、女神の里が近いらしいから寄ろうとは思ってる」


「あそこは今何かと侵攻をしている危険な国だ! だから、私は勧めないぞ?」


「警告ありがと、ルシアと相談してみるよ」


 心配そうなルーテシアに、俺はそう笑みを返すのだった。


 ・・・・・・・・・・


 中庭で始まったルーテシアの稽古は、厳しかった。


 素振り千本、ランニング、腕立て、腹筋と続き、今俺はルーテシアと向き合って構えている。


 稽古の締めに模擬戦をしたいと頼まれて、俺は了承したのだ。


 いつのまにか周りに他の騎士が集まって来ていて、見世物の様になっていた。


 お互いに真剣を持って、五歩ほど離れた位置で構えている。


 ルーテシアの構えは以前見た、ステップを軽く踏みながら、針のように細い剣を突き出した構えだ。


 俺は刀の柄に手を置いて、身を低くし一撃を狙う。


 風がバラの香りを運んできた瞬間、お互いに一気に間合いを詰める

 お互いの武器がのど元寸前で止まった。


「一瞬私のが速かったな……」


 剣を下ろして、ニヤリとルーテシアはそう言ってくる。


「いや、同時だったぞ」


 刀を鞘に直して、そう言い返す。


 刀もそうだとばかりに、鍔なりを鳴らした。


「フ、負けず嫌いだな」


「ルーテシアこそ……」


 目を見合って、お互いに笑いだす。


 その瞬間、周りにいた人たちが拍手を鳴らして、歓声を上げる。


「いいぞ、副団長に勝ってたぞ!」


「副団長、大人げないぞ~」


「何だ貴様ら! 部隊長に向かって! 今日は腕立てを倍にするぞ?」


 ルーテシアがそう声を出すと、蜘蛛の子を散らすように、周りの人は逃げていった。


「良かった。まだそこまで暗いだけじゃなさそうだな」


 俺はそう言って笑いかける。


「まったく。まぁ、悪くないな」


 ルーテシアは小さく笑みを漏らして、城に歩いて行く。


「模擬戦はもういいのか?」


「ああ、楽しかった。ありがとう。もう朝食の時間だから戻るよ。ジン、またな」


 何で、一緒に戻らないんだ?


 そう思いながらその背中を追おうとして、後ろから呼び止められた。


「ルシア?」


 振り返った先にいたのは、美しい青色の髪を風になびかせる、ルシアだ。


「散歩に行かない?」


 木編みの籠を俺に見せながら、そう提案してくる。


「? ああ、いいぞ。水浴びだけしてきていいか?」


「うん、いいわよ」


 凄く上機嫌だけど、どうしたんだろう?


 疑問に思いながらも、庭先の水場で水を浴びるのだった。


「前はゆっくり町を歩けなかったし、今日はリベンジね」


「そう言えば、最近お酒飲んでないな?」


「だって、ジンがいるもの。守ってくれるんだよね?」


「もちろんだ。さっき聞いたんだけど、化け物が増えてるそうなんだ?」


 城下町は以前来た時になかった、崩れた建物がちらほら目に付く。


「うん、私もユーシアから聞いたわ。だからよそ者でもある私達はあまり招きずらいって……」


 少ししゅんとした表情を見せる。


「でもさっき、兵士の人たちは楽しそうにしてたし、全員がいやってるわけじゃなさそうだぞ?」


「うん、分かってるわ。それで、もう、女神の里を目指すことにしたの」


「え?」


「長居して嫌な思いさせるくらいなら、もう目指そうかなって?」


「うん、分かった。俺はいいぞ」


 ルシアの表情にそれ以上何も言えなくなった。


「その前に、ジンに見せたい景色があるの」


 ルシアの背中を追いかけて歩いて行く。


 しばらく歩くと、城下町をでて、門から少し離れた場所にあるタンポポ畑についた。


「凄い綺麗だ……」


「でしょ? ここで初めて、ユーシアにあったの」


「思い出の場所なんだな」


 休憩用に切り倒されたであろう木に二人で腰を下ろす。


「そうよ。二人でたくさん話して、迎えに来たバ・ルーダが凄い怒ってたわ」


 ルシアは、クスクスと笑う。


「その籠って、何が入ってるんだ?」


 ずっと大切そうに持っていて、何が入ってるのか気になっていたのだ。


「ふ、ふ、ふ。見たい~?」


 得意げな顔で、俺に籠を突き出して聞いてくる。


「ああ、見たい」


 じゃ、じゃ~んと言いながら、籠のフタを開いて見せてくれた。


 中には、野菜や肉などの具材が挟まった、パンが数個入っている。


「お城の厨房で作らせてもらったの」


「手作りなのか? どれも美味しそうだ」


「本当? 朝ごはんに食べましょう」


 二人で花畑を見ながら、朝食が始まった。


 俺がとったやつには、干し肉とレタスが挟まっていて、かなり美味しい。


「美味しい」


 本当に? 良かった」


 嬉しそうに笑って、ルシアも一つ手に取って食べ始める。


 明日からはこんなふう、にご飯を食べるのは難しいだろう。


 この辺りもいつ魔物が出るか……。


「この辺りに魔物の気配はないわよ、だから今ゆっくりしましょう」


 俺の心を見透かしたようなタイミングだ。


「そうか……」


 驚きつつも、パンをかじる。


「ジン、必ずビッシーマーを倒して、今度は妹さんも連れてこの場所に来ましょうね?」


 未来に希望を持てる約束だな。


「そうだな、必ず三人でまたみよう」


 俺は左手で拳を作って、ルシアにつきだす。


 その手にルシアも拳を当ててくれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る