第23話
「ジン。晩御飯も食べてないのか……」
部屋の中で誰かの声がする。
全身がだるく、目を開ける気にもならない。
「まぁ、無理もない「おい、ジンか。ここ最近、戦闘ばっかだったみたいだしな」
声の主はそう言いながら、俺の頭を持ち上げた。
頭に柔らかい感触が伝わってくる。
なんだろう、ジッと見られてる気がするな。
カシャン、カシャン!
すぐそばで激しく鍔なりが鳴る。
敵襲か!
俺はパッと目を見開く。
俺の顔に触れそうなくらい顔を近づけた、ルーテシアが視界に飛び込んできた。
「え?」
状況が分からず、間抜けな声を漏らす。
「あ……」
目が合ったルーテシアは、顔を赤くし左右に視線をさまよわせる。
「もしかして敵襲か?」
「い、いや。そんな事はないぞ! 朝食を運んだんだ」
ワザっとらしい咳ばらいをして、パンを見せてくれた。
「もう朝なのか……」
そう言って、体を起こす。
部屋はやはり暗く、頼りない明かりだけが揺らめいている。
「外はそうだ。私の部隊はこの後、王国に戻る予定だから挨拶に来たんだ」
「そうなんだな。昨日は助かった。ありがとう」
「いや、正直に言って、私の方が感謝しているぞ」
「どうしてだ?」
「私は王国の騎士なのに、化け物が相手だと無力だし。何より、もう世界が危険な状態だというのに、こうして自国に籠るしかできないしな」
「仕方ないだろう? 普通の武器はきかないんだし」
「それでも私は騎士だからな」
凛とした瞳に悔しさがにじんで見えた。
「そうだ、チルノなら武器をくれるかもしれないぞ?」
「私もそう思って聞いたら、資格がないものに武器は渡せないと言われてしまったよ」
誰でも使えないんだな……。
「こんな状態で安心しろなんて言えないけどさ、絶対にこの世界を平和にして見せるから、王国を守っていてくれ」
「ふははは。自信を持て、ジン。私は信じてるぞ」
お互いに拳を軽くぶつけあう。
絶対に強くなってみせると改めて誓うのだった。
三日の休養期間は、体幹トレーニングや精神統一をして過ごした。
その後始まった修業はやはり、暗闇からの攻撃を防ぐものだった。
最初に比べていくらか楽に防げるのは、休養のおかげか?
そんな事を思いながら、しのぎつづける。
それを繰り返していくうち、にようやく襲ってくる刃をへし折ることに成功した。
「ようやく折れたわね、ジン」
また暗闇からチルノの声が聞こえてくる。
「これで強くなっているんですか?」
自分自身そこが疑問だった。
刀とのシンクロは完全に理解したつもりだが、身体がちゃんとついていけてるか心配だ。
「なってるわ。でもあなたは弱い。こんな修行に一週間以上かかっているなんてね」
もうそんなに経っていたのか……。
「因みに、あの時化け物と戦っていた人はこの修業をしたんですか?」
「ええ、槍使いのシルキーは、三日、斧使いのグスタフは、一日だったわ――」
そんなにあの人たちは強いのか……。
でも、ビームスは倒せなかった。
その事実が、重くのしかかる。
「でもまぁ、あの二人は勇者の末裔だから特別かもね」
黙って俯く俺にチルノはそう付け足す。
「末裔? あの二人は勇者の血族なんですかは?」
「そうよ、私が見つけた人類の秘密兵器よ」
どこか自信ありげにそう教えてくれる。
「その二人以外にはいないんですか?」
「いないわ。全てビッシーマーの手下に殺されたわ。その中であの二人は生き残っていたから私が迎え入れたの」
チルノはやはりビッシーマーを倒すために、相当の準備をしていたのだろう。
「そう言えば、女神の武器を使える条件って何なんですか?」
「質問が多いわね……。勇者の末裔か、女神に認められたものだけよ」
「俺はどうして使えるんですか?」
一番疑問に思っていることだ。
俺の家は鍛冶屋で、勇者でもなければ女神に知り合いなんていない。
「……私にも分からないわ。それより、修行をつづけるわよ」
「え? おわ、ちょっと」
突然槍が飛んできて、尻もちをついてしまう。
「ぼさっとしてたら、死ぬわよ」
やるしかないよなうだな……。
そこからも筋トレ、刀の修業で日々を費やしていく。
勇者の末裔にできなかったことを俺にできるかはまだ分からないけど、絶対にやり遂げて見せる。
・・・・・・・・・・
「静かだな……」
瞑想の時間を終えた俺は、目を開けてそう呟く。
何時もならそろそろパンが運び込まれてくるんだけどな……。
そう思った時、胆が冷えるほどの殺気を感じた。
この部屋じゃない。
だけどそう遠くはないぞ!
俺は走って壁に手を当てて、ドアを探る。
この部屋に連れてこられてから一度もドアを見たことがないので、こうするしかない。
だがどこにもドアは見当たらない。
こういう時は……。
目をつぶり戦闘態勢に入る。
僅かな風のよどみを見つけ、刀を抜く。
ごめんなさい。そう思いながら壁を切り、部屋を抜け出す
。
どこだ? どこだ?
城内を走りながら、気配を探す。
「おかしいな~。何か弱ってない?」
端のドアに着いたところで、中から声が聞こえる。
「ふふふ、汚い手を放してくれないかしら」
今の声って、ビームス?
俺は慌ててドアを開けた。
「あっれ~、君まだ居たんだ~」
部屋の中にいたビームスが俺を見て、ニタニタと笑う。
「チルノ!」
しかもそのビームスが腕をチルノの胸に貫通させていたのだ。
「落ち着きなさい……。間に合ったわね」
チルノはそう一括して、俺に優しい笑みを向ける。
「どうなってるんですか?」
刀を抜いて、構えながら聞く。
「城の場所がばれたのよ……。魔法で隠してたのにね……」
チルノは力ない声でそう言い、血を流している。
「本当に厄介だよ。でも、君はこのまま死ぬ。あ、鬼になるなら助けてあげるよ?」
ビームスは楽しそうにチルノに提案する。
「死んでもごめんよ! 反吐が出る」
「今、助けます」
俺は冷静に間合いを見ながら走りだす。
「残念、助からないよ」
ビームスはチルノの身体を自分の中に取り込む。
「くそが!」
刀を振っって、腕を狙う。
「前より早いね?」
余裕ありげに片手で扇を持って、防がれてしまった。
チルノはそのまま見えなくなってしまう。
「ジン! 横に飛んで!」
その声に反応して、横に飛ぶ。
後ろから特大の火の弾が床を破壊しながら飛んでくる。
瓦礫が舞い、床に穴が開き、ビームスはそのまま見えなくなった。
「ルシア、無事だったか……」
後ろにいた人物を見て、俺は胸をなでおろす。
「話はあとよ、下で戦いましょう」
「ああ」
俺とルシアも床の穴から下に飛び降りる。
「酷いね……」
瓦礫の中から、黒焦げのビームスが姿を現す。
徐々に傷が治っていく。
「ここでお前を倒す」
刀を鞘に入れて、低く構える。
「援護は任せて」
ルシアの声を背に、駆け出す。
「いいね、楽しませてよ」
背後に水の弾を出現させて、ビームスは楽しげに笑う。
「俊足、炎舞斬り」
一気に間合いを詰めて、懐に入り刀を抜く。
鞘との摩擦で、刀が燃える。
これが修行でみにつけた技の一つだ。
「呪言、水牢獄」
俺の周りの水が集まってくる。
「風の精霊よ、悪しき者ものを払う風を吹き上げよ《エアカッター》」
俺を包む水を一瞬にして、ルシアは切り裂いた。
「ぐぅぅぅ」
おかげで俺の一撃はビームスをとらえる。
「火炎車!」
俺は攻撃の手を緩めずに、回転斬りを放つ。
「なんちゃって~~~」
ビームスは液体になって俺に向かってくる。
きた! 光の玉。
「ルシア、俺の刀に火の弾を当ててくれ」
「分かったわ」
火の弾の力を吸収して、さらに刀が燃え上がる。
「燃える! バカな、消える」
水が蒸発していく。
「消えてなくなれ、化け物がぁ!」
水蒸気が辺りを包む。
「呪言水針」
俺の全身が針にさされる。
ビームスはこの水蒸気を、針に変えてきたのだ。
「ぐぅぅ」
「いや~、強くなったね? でも残念、僕は倒せないよ」
ニタニタとビームスは、笑みを向けてくる。
化け物が……。
早く構えないと。
俺は刀を胸の前に構えて、ビームスを睨む。
「倒す」
「折れないのもいいね~」
「火の精霊よ、悪しきものに地獄の炎を《ヘルフレーム》」
ルシアの火の弾がビームスに向けて放たれた。
「かわせるよ。そう言えば君も女神族だったね? この場で殺しておこうか」
ビームスはルシアの攻撃をかわして、近づいてく。
「させない、食らえ」
斬りかかる。
また扇子で防がれてしまう。
服はボロボロだが、ビームスは完全に回復してしまったようだ。
「君達はよく頑張ったよ……。でも、もう終わり、僕が殺してあげる~」
くそっ、どうすれば……。
『お兄ちゃん、ルシアさんの炎を纏って、袈裟斬りを撃って』
エマの声……。なるほど!
「ルシア、もう一度炎を!
」
「え? 分かった」
「何を無駄なことを、ごちゃごちゃとぉ~」
扇子をはじいて、体勢を立て直される前に、袈裟斬りを決める。
ルシアの炎もタイミングばっちりだ。
俺の刀をうけたビームスは「ぎょぇぇぇ!」っと、醜い悲鳴を上げる。
やっぱりだ。ビームスは液体になるまでにある程度時間がいるんだ。
水になる前の身体はダメージを受けている。
エマに感謝だな……。
「くぅぅぅ、調子に乗るな」
槍状の水が飛んでくる。
それを体をひねって躱す。
「このままたたみかける」
身を低くし、回転して斬り込む。
「ヘルフレーム!」
ルシアも援護射撃を放ってくれる
。
「僕が負けるはずないんだ~~」
ビームスはそう叫びながら炭になって、崩れ去った。
「終わった……」
「やったわね、ジン」
ルシアが後ろから抱き着いてくる。
「ああ、何とかなったな」
二人で喜びを分かち合う。
「ジン、たくましくなったわね」
「そうかな?」
自分の体を何となく見るが、よく分からない。
チン、チン、チン。
刀が激しく鍔なりを鳴らす。
「それに強くなったわ」
俺から離れて、後ろを向きながらそう言ってくれる。
「ルシアも強くなったな? 火力が上がってるように思ったよ」
「そうでしょ! 頑張ったんだから」
握りこぶしをして、ニコニコとそう言ってきた。
俺は何となく頭を撫でて、「頑張ったな」っと、エマを褒めるときのように優しく伝える。
「にゃぁ? ちょっとジンどうしたの?」
何故か顔を赤くしてそそくさと離れていく。
頭を撫でるのはダメだったか?
あ、最近水浴びしてないから臭かったのかも
。
考えを巡らせていると刀がいっそ激しく音を鳴らす
。
「悪い、嫌だったか?」
「い、嫌とかじゃないけど……。そ、それよりも生き残った人たちに今の状況を伝えに行きましょう!」
「そ、そうだな」
ルシアの勢いに、俺は首を縦に振ることしかできなかった。
・・・・・・・・・・
地下への入口を探して、そこから地下に降りる。
明かりはルシアに火を出してもらって、その辺の木材を松明の代わりに使う。
この城に来た時も思ったが、道はかなり入り組んでいて迷わないように気をつけて進む。
「誰だ?」
俺達以外の明かりが見えたのでその明かりの方に進んでいると、奥から男の声でそう言われた。
「敵じゃない。この国の現状を伝えに来た」
俺達はその場で足を止めて、ここから話すことにする。
「そうか、だが信用できない。信用できる方法として、魔法をかけていいか?」
男は冷静にそう提案してきた。
「どうする?」
小声で、隣に立つルシアに聞く。
「いいわよ。危険そうなら対処できるから」
「分かった……。魔法をかけてください」
俺がそう言うと白い靄が飛んできて、首の周りにまとわりついてきた。
「これで嘘がつけなくなった。現状を教えてくれ」
「死鬼を二体倒しました。一人は逃げたらしいです」
「チルノ様はどうしたんだ?」
「すみません。俺が駆け付けた時にはもう手遅れでした
」
「……分かった。お前が町を救ってくれたんだな」
もう少し騒がれるかと思ったが、覚悟していたのか落ち着いた声でそう言ってくれる。
「結果的にはそうですが、チルノや仲間がいなければ無理だったと思います」
「控えめやつだな。報告ありがとう。少しワガママ言ってもいいか?」
「どうぞ。俺達にできる事なら」
「これからも鬼を倒してくれ。この世界から、鬼を根絶やしにしてください」
「もちろんです。絶対、世界を平和にしてみます」
「ありがとうございます」
姿は見えないが、頭を下げてくれているのが伝わる。
俺はルシアと目を合わせて、地上に向かって歩き出した。
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