第20話

 二人の話ではどうや他女神族は長寿の種族で、人間の十年が女神の百年くらいだそうだ。


 要するに、十代の俺と百云年のルシアはやはり同い年くらいということになる。


 チルノは詳しい年齢を教えてくれなかった。


「さて、失礼者も懲らしめたし、協力しないならもう帰っていいわよ?」


 地面で正座している俺とルシアにチルノはそう言って、階段を上っていく。


「ちょっと、何でそんなあっさりなの? 一緒に来るとかないの?」


 ルシアはその背中に声をかける。


「私は人を信用しないし、そもそも荷物はいらないわ」


 階段の上か冷たく言われてしまう。


「チルノ。ルシアを殺さないでいてくれてありがとう」


 俺の声には止まらず、そのまま姿を消してしまった。


「ルシア、確かに俺はまだ弱いよな」


「そうね。でも、ジンの刃がビッシーマーを斬るって、信じてる」


「必ず倒して、世界を平和にして見せる。だからもう一度、俺の相棒になってくれ」


 手を差し出し、改めてお願いする。


「ジン……。私の方からもそれはお願いよ」


 力ずよく手を握り合う。


「そう言えば、もう暴走するような戦い方はしないでくれよ?」


「分かったわ。もう無茶しない、ジンを頼る」


「これから先、思ったことは話し合おう」


「ええ、分かった。隠し事もしない」


 ルシアと見つめ合い、誓いを立てる。


 そして、二人で歩きだす。


 城を後にして、二つ目の門のところで異変が起きた。


「どうした? ルシア?」


 突然立ち止まったルシアに声をかける

「ジン。何か来るわ」


「え? まさか、魔物か?」


「それもかなり強い気配よ……」


 その言葉の後に、鐘の音が鳴り響く。


「いったん城に戻るか?」


「そうね、チルノに相談しましょう」


 出たばかりだがここはいったん、作戦を立てるべきだろう。


 俺達は駆け足で城に戻るのだった。


 ・・・・・・・・・・


「騒がしいわね。手を組まないんじゃなかったの?」


 城の広場に戻ると、その真ん中で椅子に座ったチルノが俺達を見てそう言ってきた。


「異常事態なんだよな? ここは一時的に組むべきだろう」


 俺は一歩前に出てそう諭す。


「まぁ、無駄死にしたいならどうぞといったところかしら?」


「どういう意味なの? 異常な力を感じたのだけど、それと関係あるの?」


 バカにしたようなチルノに、ルシアは冷静に質問する。


「ええ、死鬼が三匹も来たわ……。想定より早いわね」


「死鬼って、あの帝国にいたやつか?」


「そうよ。ビッシーマー直属の兵隊。前の対戦で一人はチルノが倒したけど、残りは姿をくらましたわ」


 俺の疑問にルシアが答えてくれた。


「それだけじゃなさそうよ。見たことない鬼がいるわ」


 膝に抱えた水晶玉を見ながら、チルノはそう口にする。


「想定外ってことは、対策は多少はあるのか?」


「もちろん。この国はそのために作ったのだから……。ただ、三匹同時は不味いわね」


「ねぇ、その水晶は何が見えているの?」


 話にルシアが割って入ってきた。


「これは町の様子を確認する物よ。そうだ、二人で一匹の足止めをお願いできるかしら?」


 ひらめいたという顔で、チルノはそう言ってくる。


「残りの二体は?」


「私の兵士が相手するわ。片づけたら向かわせるから、この見たことない一つ目のやつの相手を頼もうかしら?」


 水晶玉を俺達にも見えるようにしてくれて、そこに一つ目の化け物が映し出された。


 便利なアイテムだ。


 だが一つ疑問がある……。


「どうやって、分断するんだ?」


「そこは秘密よ……。地図を渡すからマークの場所に向かって」


 ルシアの顔を見て、行くかどうか目で聞く。


「分かった。そいつは二人で倒すわ」


「フフフ、二人でね……。せいぜい死なないようにね?」


 ルシアが地図を受け取り、俺達は早速


 地図のマークの場所を目指すのだった。


「ここよ……」


 地図に書かれた裏道を使ってたどり着いた場所は、住居で囲われた路地だ。


「足音が近づいて来るな」


 ドスドス、何かが近づいてくるのが分かる。


「サポートはするわね」


「無理はしないでいいぞ」


 刀の柄を握って、前を見据える。


「ビームスのやつの話には乗ったが、ここは全く人がいないな。ハズレ……。お、美味そうなのがいるじゃねーか!」


 二メートルはあろう巨体の化け物が姿を現し、俺達を見るなり嬉しそうの口をゆがませた。


「斬る!」


 俺はひるむことなく間合いを詰めて、居合切りを放つ。


「つまらん……」


 だが手に持ったこん棒で防がれてしまう。


「くっ、せい!」


 回転して二の太刀を放つ。


 だが化け物の皮膚は固く、刃が通らない。


「いったん離れて、ジン」


 声と同時に火の弾が化け物を襲う。


「退屈だ。貴様らなど、相手にならん。おとなしく食われろ」


 化け物がこん棒を振って、周りの建物を吹き飛ばす。


 落ち着け……。


 勝機は……。


 俺の体が宙を舞う。


 その後に激しい痛みが体を襲った。


「ジンッ」


 悲鳴のような声が下から聞こえる。


 何が起こったんだ?


 化け物が俺の身体を掴む。


「ぐぅぅぅ」


 メキメキと体が軋む。


 俺は死ぬのか?


「一の型、忘却」


 骨が砕けると思った瞬間、身体が解放された。


「うぎゃぁぁぁぁぁぁ! 腕が!」


 化け物が悲鳴を上げる。


 どうやら腕が斬り落とされたようだ。


「ジン、大丈夫」


 地面にたたきつけられた俺の側に、ルシアが駆け寄ってくる。


「ルシア……。何が起こったんだ?」


「よく分からないけどあの人が」


 ルシアに支えられて化け物の方を見ると、その前に一人の男が立っていた。


 手には槍を持っていて、茶色の長髪がふわっと風に踊る。


 次々と槍で化け物を刺していく。


 化け物は先ほどまでの威勢はなく、丸まって耐えるのが精いっぱいといった感じだ。


「死鬼ってこんなに弱いの?」


「バカにしやがって」


 男の言葉に化け物は拳をくり出すが、その腕も吹き飛ばされてしまう。


「もう、死んでよ」


 男はまるで紙でも斬るかのように、化け物の首をはねる。


 倒したのか?


「あの槍って、女神の加護があるのか?」


 誰に聞くでもなくそう呟く。


 化け物が消滅していくのをルシアと見守る。


「さてと、次に行こうかな……」


「待ってくれ」


 男の背に、立ち上がって声をかけた。


「何? 邪魔しないでくれる?」


「二人とも気をつけて、気配がまだあるわ」


 ルシアはそう言いながら、首を振って辺りを見回す。


 ドゴッ、と音がしたかと思うと、槍を持った男の足元が盛り上がった。


「しまった……」


 そのまま空に飛ばされて、どこかに飛ばされていく。


「よくも弟をやってくれたな、人間」


 一つ目の巨人が地面から姿を現す。


 先ほどの魔物より一回りデカいそいつは俺達を睨んでくる。


「何だこいつ……」


 体勢を立て直して、刀を構え直す。


 先ほどよりもまがまがしい気配に息をのむ。


「何だ? チルノの以外の女神も生き残っていやがったか……。まぁ、殺せば関係ないか」


 拳をぽきぽき鳴らしながら、ゆっくりと近づいてくる。


「ジン、こいつが本当の死鬼よ。地下に潜んで様子を見てたみたいね」


「分かった。ルシアは下がっていてくれ。俺が倒す」


 刀を頭上に構えて、ゆっくりと息を吸う。


 何だ、身体が動かない……。


 まるで何かに押さえつけられてるかのように、重く身動きが取れない。


呪言じゅごん重力掌握」


 呪言? 何だそれは……。身体が動かない事と関係あるのか?


「ジン? どうしたの」


 敵が目の前に来ても動かない俺にルシアが、怪訝そうに聞いてくる。


 声が出ない……。


 俺が、何とかしないといけないのに……。


 ルシアを守らないといけないのに……。


 エマを救うって、約束したのに……。


 動け、動け、動けーー!


「うぉぉおぉ!」


 歯を食いしばり腕を振り下ろしていく。


「威勢だけの雑魚が……」


 俺の顔に敵の拳がめり込む。


 突如体が軽くなり、後方の建物まで吹き飛ばされた。


 瓦礫が崩れ、そのままがれきの下敷きになってしまう。


「ジン! この、我に火の力を与えたまえ、ファイアーボール」


 応戦するルシアの声が聞こえる。


 ダメだ、逃げてくれ。


 自分のふがいなさに、悲しくなってきた。


 このまま、ルシアを助けれないまま死ぬのか?


 いやだ、それだけは……。


 もう、大切な人を守れないのは嫌だ。


 瓦礫から這い蹲って、もがきながら脱出を試みる。


 俺が救うんだ……。


『お兄ちゃん!』


 エマ? どこにいるんだ?


『一人で戦わないで!』


 どこか怒っているような、悲しんでるような声だ。


 でも、俺が世界を救わないと……。約束しただろ?


『ううん。そうだけど、そうじゃないよ。一緒に戦わせて』


 強い覚悟を感じる。


 エマは一度決めたら、絶対に譲らないんだよな……。


 分かった。なら、あの化け物を一緒に倒そう!


『うん、頑張るね!』


 ようやくがれきから抜け出せそうだ。


「くぅっ」


「捕まえたぞ……。さて、処刑タイムといこうか」


 腕を掴まれて、宙吊りになったルシアが視界に飛び込んできた。


「そこまでだ」


 そう言いながら、化け物に斬りかかる。


「まだ生きてやがったか……。呪言、重力掌握」


 体が重くなって、動きを封じられてしまう。


「ジン……」


 ルシアが涙をこぼしながら俺を見てくる。


 エマ、頼む。


 刀が光りだす。


「なんだ?」


 化け物が俺をじっと見据える。


 少し重いが動けそうだ。


「うらぁ!」


 油断した化け物の腕を斬り落として、ルシアを救出する。


「ジン……」


 地面にルシアを下ろして、涙を指で拭う。


「怖い思いをさせて、ごめん。もう、負けないから、待っててくれ」


 刀を構えて、化け物を睨む。


「ふん、調子に乗るなよ……」


 化け物の腕が再生している。


 どうやら致命傷以外は、意味をなさないようだな。


 光の道がまた見えた。


 俺はその道に沿って敵に詰め寄っていく

「押しつぶしてやる。呪言、重力掌握」


 先ほどよりも重い感覚が体を襲う。


 それに歯向かうように、刀を構える。


「ぐぅぅ」


「風の加護よ、彼に翼を与えたまえ」


 ルシアが後ろから、風の加護を付与してくれた。


「ルシア、ありがとう」


「サポートは任せて」


 何とも頼りになる言葉だ。


「クソガキがー!」


 間合いに入ったところで、拳を振り下ろしてくる。


 横回転をくわえながら、回し斬りで首を狙う。


 敵の拳がとどくより先に、俺の刃が首をとらえる。


「斬れろ!」


 渾身の力をふり絞り、刀に体重をくわえていく。


「バカなぁぁ」


 徐々に刃が食い込んでいき、もうあと一歩で斬れる。


 だが、勢いが足りない。


「ルシア、頼む特大のファイアボールをくれ」


 おれ一人ではとどかなくても、仲間がいるんだ。


 エマはその事に気付かせてくれた。


「うん! ファイアボール」


 俺の刀に火の弾が当たる。


 その勢いで、首を斬り落とすことに成功した。


「この俺が人間ごときに……」


 化け物はそう言い残して、塵になっていく。


「終わった……」


 大の字で地面に倒れた。


「ジン、すごいよ。死鬼を倒しちゃったよ」


「ああ、二人でなら倒せるな……」


 全身の痛みで、呼吸が止まりそうになる。


「今は少しでも休んで、ジン。近くはないけど、化け物の気配がするから……」


 倒れる俺の頭を膝に乗せて、ルシアはそう言ってくれた。


「ありがとう。でも、休んでられない。少しでも人を助けないと……」


 そう言いつつも体は、起き上がってくれない。


「もう、ボロボロなんだから休んでよ」


 軽い力で頭を押さえつけてくる。


 チルノの部下と思われる槍を持った男は強かったが、あの高さから落ちたら無事ではないだろうし、死鬼は残り二人いるはずだ。


 少しでも早く戦線に復帰しないとな……。


 俺はそう思いつつも暫しの休息を取るのだった。

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