第19話

 朝日が昇り、二人に見送られながら王国を後にする。


魔導国までは急いでも三日はかかるらしい。


 地図を頼りにウマを走らせる。


 俺が思う以上に世界は広く、たくさんの生活があるんだ。


 最初はエマを元に戻すためだったけど、今はそれだけじゃない。


 俺はビッシーマーからこの世界を救いたい。


 そのためにも、ルシアと話し合いをしなくては……。


 生い茂る森を走り抜ける。


 空は曇天模様で、今にも雨が降りそうだ。


 視線をさまよわせながら、雨がしのげそうな場所を探す。


「お、ここ人道だな」


 途中で人道が無くなって不安だったが、ようやく走りやすい場所に出た。


 都合がいいことに、奥に洞窟も見える。


 今日はあそこで休むか……。


 一日目は洞穴で眠ることにした。


 二日目の朝は天高く晴れていて、かなり距離を稼げたと思う。


 だけどやっぱり話相手のいない旅は寂しいな。


 三日目、ようやく魔導国を目前にとらえた。


 ルシア、無事だよな?


 門の前に行き、門番らしきフードを目深にかぶった人の前に行く。


「何か御用ですか?」


「この国に入りたい」


「……魔力を持たない……。すみません。どうぞお入りください」


 断られるかと思ったが、無事に入れるようだ。


 町の中はフードを被った人がたくさんいて、活気づいていた。


 見たことない食べ物や道具が露店で売られている。


「ようやく来たわね?」


 まったく気配を感じなかった。


 背後から女性の声がして、背中に硬い何かを突きつけている

「誰ですか?」


 緊張しながら、声を出す。


「振り返らないで? 殺すわよ」


 凄く楽しそうに怖いことを言ってくる。


「分かった。どうすればいい?」


「お城に向かって。変な動きしたら、》》も殺すからね?」


 その言葉に驚く。


 ルシアを知っているのか?


 ここはおとなしく従うか……。


 少し離れた丘の上にある城に向けて、歩き出す。


 城下町から奥に進むと門が見えてきて、門の前のフードをかぶった男が門を開けてくれた。


 その先はあまり人気のない町並みで、たまにフードをかぶった人が歩いているくらいだ。


 道なりに進むとまた門が見えてきて、その奥は崖に阻まれた自然体で、奥の丘の上に城が見える。


 俺は城を目指して、丘を登って行く。


 城について驚いたのは、人の気配がまったくないのだ。


 王国の城と同じくらいの広さなのに、給仕はおろか兵士が一人もいない。


 広間まで誘導されて、何故かそこで後ろから気配が消えた。


 振り返らないようにしながら、目の前の階段から二階の吹き抜けまで視線を這わすが、人がいない。


「おい! どこにいるんだ? 姿を現せ!」


「そんなに声を荒げないでよ? 城まで入れてあげたんだから」


 笑い声が広間にこだまする。


 どこだ、どこにいる?


 刀に手をかけて、声の出所を探っていく。


「な? ルシア……」


 天井から、鎖につながれたルシアが下りてきた。


「いいわね~。姫と勇者って感じで、君にはこの暴れん坊を止めてもらうわよ」


「何を言っているんだ――」


 ルシアの鎖が外れて、ルシアが立ち上がる。


 怪我はないようだけど、様子が変だ。


 一言も話さないで、ゆっくりと顔を俺に向ける。


「え……」


 風が俺の頬をかすめた。


 咄嗟に顔を背けなければ、首が吹き飛んでいただろう。


 後ろの壁が、丸くくりぬかれている。


「……」


 ルシアが手を上にあげた。


 帝国の時に使った技だ。


 俺はスッテプを踏んで躱す。


「どうしたんだよルシア?」


 ルシアの瞳は赤く、まるで怒りに身をゆだねてかのようだ。


「どうする? 殺らないと殺られるわよ?」


 また声が響く。


 そんなことできるわけない。


 ルシアだぞ、何か手を考えないと……。


 ルシアが俺に迫ってくる。


 尋常じゃない速さだ。


 蹴りが俺の腹に入り、後ろによろける。そのまま顔をひっかかれてしまう。


 カシャンカシャン。


 刀が鍔なりを鳴らす。


 ダメだ、絶対に刀は抜かない。


 ルシアの拳が俺の顔に当たる。


 思った以上に痛い。


 でも――


「目を覚ませ、ルシア」


 俺はひるまず、ルシアを抱きしめた。


 暴れる身体を押さえつける。


「グルルルル~」


 どうなっているんだ? これじゃまるで魔物だ。


「くそ……。おい、ルシアに何をしたんだ?」


 どこかに潜む者に、そう問いかける。


「私は何もしてないわよ? むしろ、ルシアを助けたといっても過言じゃなのい」


「どういう意味だ?」


「ルシアは禁忌の一つ酒鬼しゅきを使ったわ。その状態で人を食らえば、二度人の心は戻らないわよ?」


 つまり俺を餌にして、魔にするつもりなのか?


 でも、助けたってどういう意味だ? ダメだ分からない。


「どうやれば元に戻る?」


 この声の主はどういう訳か、女神について詳しいようだ。


 それに、ルシアを助けようとしたなら教えてくれるんじゃないか? 微かな希望を手繰り寄せるように聞く。


「フハハハハ、面白い子ね。この状態で、敵にに質問するのね? 良いよ、教えたあげる。ルシアを戻せるのは王子様だけだよ」


 王子様? どういう意味だ?


 その時、昔にエマに読んだ絵本を思い出した。


 猫に変えられた姫を、王子様が救う夢物語。


 その時は確か……。


 ルシアの口に俺の口を重ねる。


 カシャ、カシャ、カシャ、カシャ。


 激しく刀が上下に動く。


 徐々にルシアの力が抜けていく。


 助けられたのか?


 ゆっくりと顔を離して、ルシアの顔を見る。


 プルプルと震えて目を開き、真っ赤な顔で俺を見ている。


「ルシア? 大丈夫か?」


「だ、大丈夫じゃないわよ! 何してるのよ! てか、ここどこなわけ!?」


 俺をはねのけて起き上がり、ルシアは早口でまくし立てた。


「良かった、良かった」


 俺も立ち上がってルシアを軽く抱きしめる。


「にゃ、にゃによ? どうしたのよ?」


「憶えてないんだな。大丈夫だ。もう……」


 小さな力でゆっくり、と抱き返してくれた。


「はい、お涙ちょうだいはそこまでよ」


 拍手の音が響き、階段から足音が響く。


「君がここに俺を誘導したのか?」


 ルシアを放して、その人物を見据える。


 ゆっくりと降りてきたのは、ショートボブヘアの栗色の髪に、左目が茶色で、右目が赤色のオッドアイのエマと同い年くらいの少女だった。


「久しぶりね? ルシア?」


 俺の疑問には答えずに、ルシアに話しかける。


「え? あ、チルノ? どうしてここに? ここって、魔導国なの?」


 ルシアが驚いたように声を出す。


「そうよ、ようこそ魔導国へ」


「ね、ねぇ、ジン。どうして私はここに?」


 動揺したような声で、俺に聞いてくる。


 どう答えるべきだろう?


「話はお茶を飲みながらにしましょう」


 チルノと呼ばれた少女はそう言って、手を叩く。


 何もない空間から丸いテーブルと椅子が三脚現れた。


「相変わらず、凄い魔法ね」


 ルシアがそう言いながら椅子に座る。


 魔法って、本当に何でもありなんだな……。


 俺も警戒しながら、椅子に腰を下ろす。


「お茶もすぐに出すわね?」


 また手を叩いて、ティーポットとカップを出現させた。


「さて、お茶も入ったし話し合いを始めましょう」


「答えて、私はどうしてここにいるの?」


「貴女が酒鬼しゅきにのまれたから拘束したのよ」


「……そうだったのね」


「俺も聞いていいか?」


 ルシアの顔を見る。


「何?」


 何故か頬を赤らめて、目を泳がす。


「ルシアは本当は人を殺せるんじゃないか? 帝国の時に屍とはいえ、人を殺しただろ?」


 その言葉に血の気が引いたように、顔を青くさせた。


「それは……」


「俺に話した言葉はどこまで本当なんだ?」


 顔を伏せるルシアの手を掴んで、攻めてないよと伝える。


「ごめん……。ごめんなさい。ちゃんと話すわ」


 その言葉にホッとして、目の前に置かれたカップを手に取って紅茶を飲む。


「事情は知らないけど、私は邪魔なんかしないから安心なさい」


 俺が警戒を解かないからか、チルノはそう言いながら、静かに紅茶を飲み始める。


「まず、女神の里は滅んでいるわ。でも、妹さんを助けるヒントは族長が知ってると思うの」


「族長? 女神は滅んだんじゃないのか?」


「生きてるわ。死んだら、感覚が来るはずだから」


 女神族には感覚共有があるって事か?


 だが、今聞くのはそこじゃない……。


「どうして殺さないんだ?」


「族長が女神の死体を管理してると思っているから……。ビッシーマーの狙いは思い焦がれた女神の死体なのよ」


 そうか、それを手に入れるために生かしているのか……。


 ルシアもようやく紅茶を飲み始めた。


「ジンの思っている様に、私は人を殺せるわ。と言っても、お酒を大量に飲む必要があるけど」


 ルシアはカップを置いて、そう話を続ける。


「それって、さっき言ってた酒鬼の事か?」


「そう、それよ。私は族長に殆どの力を奪われてるから、お酒を飲むか精霊の力を借りないと何もできないの」


「え? 何でそんなことに?」


「それは……。ビッシーマーが誕生した時の話を覚えてる?」


 少しの沈黙の後、静かな声でそう聞いてきた。


「ああ、憶えてる。女神の血を飲んだんだよな?」


「そう、その女神が私のお姉ちゃん……」


 そのままルシア、は手で顔を覆う。


「そうなのか……。でも、どうしてルシアが罰を受けたんだ?」


「それは、簡単よ。血縁者が魔の存在を生んだからには、責任を取らなくちゃいけないの。そして、ルシアが死んでくれるように力を奪って、戦場に捨てたのよ」


 黙ったルシアに変わって、チルノが説明してくれる。


「それは、あまりにも酷くないか?」


「ふ、人間なのに同族がたくさん死んだ元凶に、怒りを覚えないわけ?」


 目を細めてバカにしたように言ってくる。


「怒るって……。こんな事になるなんて知らなかったんだろ? 何よりルシアは何もしてないじゃないか?」


「それでも、人はたくさん死んだわ」


 怒りの含んだ声に、俺は声が出せなくなってしまう。


「そうよ、呪うなら私を呪いなさい。もう、お姉ちゃんはいないから。私があの戦争の元凶として、償うわ」


 ルシアは手をどけて、チルノの目を見ながらそう宣言する。


「違うだろ!――」


 俺は声を荒げて、テーブルを叩いて立ち上がった。


 二人が驚いたように俺を見てくる。


「私を呪えとか、人が死んだとか、全部ビッシーマーが悪いんじゃないか!」


 俺はかまわずにそう続けた。


「ジン……」


「ルシア、もしどうしても責任がとりたいなら俺とこい。ビッシーマーを倒さないとたくさんの人が苦しむ。だから、力を貸してくれ」


 ルシアに手を差し出す。


 ルシアは少し驚いたように肩を震わせて、ゆっくりと俺の手を掴んでくれた。


「本気で、ビッシーマーを倒す気なのかしら?」


「ああ、そして妹も助ける。それが今の俺の目標だ」


「百年前、最強の剣士が倒しきれなかったのに、貴男が倒すって……」


 チルノのはお腹を押さえて笑いだす。


「何がおかしい? 俺には女神の武器もある。化け物退治はできるぞ?」


 刀を見せながら、ムッとした声でそう言い返す。


「ごめんなさい。でも、貴男は弱いわよね?」


「どうしてそう言い切れる?」


「だって、私達が殺す気ならあの日に死んでたのよ? まぁ、ルシアを戻すために生かしたけど」


 帝国での事か……。


「どうして、私を戻す必要があったの?」


「ビッシーマーを倒せる女神が、一人でも必要だからよ」


 ルシアの疑問にチルノはそう答えて、手を叩く。


 用意されたテーブルや、椅子が消えてしまう。


「きゃぁ、痛~」


 突然の事にルシアは、尻餅をついてしまった。


「さて、弱い勇者見習いと落ちこぼれ女神よ。私に従い、ビッシーマーと戦いましょう」


 チルノは手を広げて、俺達を見てくる。


「悪いが俺はここにとどまることはできない。一刻でも早く、女神の里に行きたい」


「私も、従うのは嫌。目的は同じでも対等な関係を築けそうにないもの」


 俺の拒絶に続いて、ルシアもそう言って、俺の側に来てくれる。


「そう、それは残念ね。一つだけ聞いていいかしら?」


 ちっとも残念そうでもなく、笑顔で聞いてきた。


「何ですか?」


「その剣……。百年前に着物の剣士が持っていた気がするけど、貴男その後子息なの?」


「これは父が知り合いから貰ったものだ。俺は関係ない」


「そうなんだ。髪色も同じだからそうかと思ったけど、同じ国の生まれってだけなのね」


 どこか残念そうだ。


「そうなんですね。ルシアもその人の事は詳しく知らないって言ってたよな?」


「ええ。四大国の騎士の姿は覚えてるけど、その人はほとんど姿を見せなかったから」


「私は前線で戦っていたけど。あの姿は鬼神というべきね。私がついていた騎士と死鬼が戦っている横を道端の草ほどにしか興味なさそうに走り抜けていたわ」


「そう言えば気になってたんだけど、二人は百年前から生きているのか?」


 ずっと、気になっていたことを口にする。


 同い年くらいにしか見えないルシアと エマと同い年くらいの見た目のチルノ。


 とてもそこまで長生きしているようには思えない。


「最低……」


 ルシアはそう冷たい声で呟き、チルノは無言で眉間にしわを寄せて、睨んでくる。


 ちーん。


 刀が器用にそう音を鳴らす。


「ごめんなさい」


 二人の剣幕にヤバいと感じて、俺は土下座をする。


「ルシア。この男、少しは殴っていいわよね?」


「いいんじゃないかな? 私もすこーし怒った」


 どうやら刑が執行されるようだ……。

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