第17話

「お兄ちゃん。おはよう」


 近くで聞こえた声に視線を向ける。


「エマ? 元に戻ったのか?」


 驚きながら体を起こして、エマの肩を掴む。


「どうしたの? 怖い夢でも見たの?」


 心配そうに聞いてくる。


 夢? いやでも……。思い出せない。


「早く顔を洗ってきて? 朝ごはん食べたら元気になるよ」


 黙り込んだ俺に、ニコニコとそう言ってくれる。


 そうだよな、人が刀になるなんてありえないよな。


「ありがとう、エマ」


 優しく頭を撫でて立ち上がる。


「はにゅ~」


 エマはよく分からない声を出して、顔を赤くした。


 なんか熱いな。


「熱でもあるのか?」


 もう一度腰を下ろして、デコをつける。


「はにゅ~、お、お兄ちゃんの顔が~」


 凄い速度で後ずさりをされてしまう。


 俺、そんなに臭いのか?


 少しへこむな。


「もし熱があるなら、今日はゆっくりしてろよ?」


 俺はそう言って、部屋を出ていく。


 その時微かに、チン、チンっと音が聞こえた気がした。


 顔を洗い、朝食を食べに居間に移動する。


 エマは元気なようで、準備を終わらせてくれていた。


「あ、丁度できたところだよ!」


 そう言いながら、お茶碗にご飯をよそてくれる。


「ありがと。今日はやけに豪勢だな?」


 膳の前に座り、四品もある副菜にそう聞く。


「ふふ、今日は庭で栽培してる野菜を収穫したから、少しだけ豪華になったの」


 すごく嬉しそうに、料理の説明までしてくれた。


 俺は何故かその姿に涙を流してしまう。


「お兄ちゃん? 泣いてるの?」


「いや、大丈夫だ。うん、美味い、美味いよエマ」


 顔を隠すように御飯をかき込む。


「もう、ちゃんと噛まないと駄目だよ?」


 エマもそれ以上は追及してこない。


 チン、チン。


 でも、もうだめだよな……。夢は終わりにしないと。


「ごめん、エマ。俺はエマとずっとこうしていたいけど、もう行かないと駄目なんだ」


 膳に茶碗を置いて、エマの顔を見る。


「どこに行くの? あ、今日も村に行くの?」


「違う。俺だけが幸せな世界に居たらダメなんだ……。エマにはつらい思いをさせるけど、絶対に助けるから」


 俯いて、俺の今の思いを言葉にしていく。


「ううん。違うよ、お兄ちゃん。私はね、とっても幸せなの――」


 俺の側まで来て、頭をギュッと抱いてくれる。


「信じてる。私が好きなお兄ちゃんは優しくて、困ってる人を見捨てないもんね」


 一度言葉を区切ったエマはそう続けて、頭を撫でてくれた。


「ありがとう、エマ。行ってきます」


「うん、行ってらっしゃい」


 その声を聴きながら、俺の意識はまた遠のいていく。


 ・・・・・・・・・・


「……」


「あ、ジンさん! 良かった。目を覚まして」


 ゆっくりと目を開くと、ユーシアの声が聞こえて、優しく手を握ってきた。


 ここは王国なのか?


 少なくともあの硬い床ではなく、ベットで寝ているのは分かる。


「ここは?」


「お城です。魔導国の使者を名乗る方が、ジンさんを運んできたのです」


 魔導国? あの時、蹴ってきたやつか?


「そうだ! ルシア、ルシアはどこに?」


 勢いよく起き上がって、辺りに視線をさまよわせる。


 どこにも姿がない。


「ジンさん、そんな急に起き上がったら」


 ふらつく俺の身体を支えてくれる。


「すまない……」


 コンコン。


 ドアが叩かれて、視線を向ける。


 開いたドアの先に、ルーテシアが腕を組んで立っていた。


「話せそうかな? ジン」


「ああ、大丈夫だ」


「ちょっと、お姉ちゃん。ジンさんはさっき目を覚ましたばかりなんだよ?」


「姫、私の事はルーテシアと呼ぶように言ってますよね?」


「う、と、とにかく。今は少し休ませてあげましょうよ」


 ユーシアは俺をかばうようにそう言ってくれる。


「騎士団副隊長として、それはできない。一刻を争っているんだ」


 ルーテシアは毅然とそう言うが、目はどこか申し訳なさそうだ。


「話すくらい、大丈夫です。それより何があったんですか?」


「ああ、今、帝国は崩壊寸前なんだ」


「え? どういうことですか?」


 あまりにも驚きだ。まさか魔導国が侵略を?


 息をのみながら続きを促す

「君が連れてこられすぐに部下からの報告で、帝国に対して皇国が侵略を開始したんだ。内部で何かあったのか、帝国はほぼ無抵抗で攻撃を受けている。そこで、何か内部で見てないかと思ってな」


 そこまで聞いて少し疑問がわいた。


「俺ってどれくらい寝てたんですか?」


「ふむ、やはり困惑しているな。すまない姫、貴女は正しかったようだ。ジン、また聞きに来る。それまでしっかり休んでくれ」


「え? でも、一刻を争うって……」


「姫がそう言っているんだ。ほじくり返すな! 良いから休んでろ。あ~、忙しい」


 ルーテシアはそう言いながら足早に去っていく。


「ふふ、ルーテシアたら。先ほどの疑問ですが、ジンさん。もう一週間経っています」


 後ろで話が終わるのを待っていたユーシアが、笑いながら疑問に答えてくれる。


「え? えぇぇ~! そんなに寝てたんですか?」


「はい、ルーテシアも私もずっと心配してたんですよ?」


「本当にすみません。困惑してないで早く報告に行かないと……」


 慌てて立とうとして、ベットの上でこけてしまう。


「もう、ダメですよ? 今は休んでください。落ち着いたら報告に行きましょう」


 ベットのふちに座って、ユーシアが顔をのぞき込みながら注意してくる。


「でも、ルーテシアにこのままじゃ迷惑をかけてしまう」


「そんなことないです。ちゃんとした報告じゃないとむしろかえって迷惑ですよ?」


 そう言われると何も言えなくなる。


「ルシアはやっぱり、居ないんだよな?」


「……はい。魔導国の方に聞いても、そのような者は知らないとだけ」


 しゅんとした顔で教えてくれた。


 魔導国が連れて行ったのは明らかだな……。


「ありがとうございます。教えてくれて」


 ユーシアの頭をポンポンと撫でる。


「ふぇ? ジンさん?」


 驚いたような顔を向けてきた。


「ルシアは絶対に連れて帰ってくるから、安心してください」


「ふふ、優しいですね」


 小さく笑って、何故か目を閉じる。


 カシャンカシャン!


 激しい物音に驚いて、音のする方に視線を向ける。


 刀が激し鍔なりを鳴らす。


「良かった。刀は盗まれてないんですね」


「ちっ。はい、ジンさんの荷物はすべてお預かりしてます」


 何だ? 今、舌打ちが聞こえたような?


「それは良かったです。貰った荷物もあるので」


 触れないほうが良いよな? そう思って、触れないことにする。


 それから少しだけ眠らせてもらうことにした

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