第16話

 ルシアと朝食を食べて城の外に出ると、先ほどの兵士が馬車を準備して待っていてくれた。


「今日は頼むな」


 俺はそう言って握手を求める。


「ふん、姫の命令だからな……。早く乗れよ」


 握手には応じてくれたが、どこか不満そうだ。


「行くわよ、ジン」


 ルシアは足早に馬車にのり込む。


「おう、行こうか」


 俺もその後に続く。


 俺達をのせた馬車が動き出す。


 その周りには三人の騎士が馬に乗って寄り添ってくれている。


「帝国ってどれぐらいで着くか知ってるか?」


 隣に座るルシアに聞く。


「確か、三時間くらいで着くはずよ」


 思ったよりは近いな……。


 そこからの道のりは何事もなく進み、馬車の窓から見える景色が変わり始めた。


「ここから先は少し危険な地帯だ。お前達も警戒してくれ」


 馬車の馭者をしてくれている若い兵士が俺達にそう言ってくる。


「分かった。クマとかが出るのか?」


 窓の外に見える鬱蒼と茂木々を見ながらそう聞く。


「いや、山賊が出るんだ。昔からこの道に入る商人や貴族が襲われることが多いんだ」


 なるほど、動物より厄介だな。


 俺は警戒心を強めて窓の外に目を凝らす。


「ジン、様子が変よ……」


 俺にだけ聞こえる程度に声を落として、ルシアが話しかけてくる。


「どうした?」


「茂みに人が潜んでるんだけど、生気を感じないわ」


 驚きながらもルシアの横の窓から外を覗くと、確かに何者かが潜んでいるのが分かった。


「どうなっているんだ?」


「まるで監視ね? 私達の様子を見てるみたい」


 つまり、今はまだ襲うなと指示されているのか?


「化け物の手下か? なら、気づかないふりをしたほうが良いな」


「でも、逃げ道を防がれるかもしれないわよ?」


「今、戦闘するよりはましだと思うぞ? 敵の数も分からないし」


「おい、さっきから何を話しているんだ?」


 俺達の話声が聞こえたのか、兵士がそう聞いてきた。


「何でもない。あとどれぐらいで着くんだ?」


「? もうすぐだ。何か見つけたなら速やかに報告するんだぞ」


「ああ、分かった」


 もうすぐ着くならなおの事、刺激しないほうが良いな。


「ルシア、万が一の時は兵士の人たちを頼むな」


「ええ、分かったわ」


 俺は座り直して、窓の外をを眺めるのだった。


 しばらく視線を感じながら走り、馬車は静かに止まる。


「着いた。ここからは歩いて城に向かうぞ」


 若い兵士に言われて、俺とルシアは馬車を降りた。


「何者だ!」


 そんな俺達に槍を持った赤い甲冑の二人の男が槍を構えて聞いてくる。


「王国騎士団の使者だ。謁見の許可は下りている」


 赤い甲冑の男は若い兵士が見せた紙を見て、構えを解く。


「そうか……。だが通れるのは二人だけだ」


「何!? どういうことだ」


「皇帝の命令だ! 他国の物の入国は原則二人までだ」


「なら、丁度いいな。俺とルシアが入る」


 一歩前に出て俺は兵士にそう告げる。


「おい、もし何かあったらどうする気だ?」


 手紙の件を気にしてるのか、若い兵士はそう言ってくる。


「大丈夫だ。それに君たちの仕事はここまで俺達を運ぶことだろ?」


「くっ、分かったよ。好きにしな」


「馬車を頼んだ。安泰を頼めますか?」


「……こっちだ。ついてこい」


 兵士に案内を頼んで、ルシアと帝国に入って行く。


 最深部に作られた宮殿は凄く煌びやかで、兵士の数もかなりいて、化け物がいるとは思いにくい。


「連れてきました」


 どうやら謁見の間についたようで、ドアの前で兵士が大きな声でそう伝える。


「よいぞ、入ってまいれ」


 間延びした声がして、ドアが開かれた。


「入れ」


 兵士にそう言われて、ルシアと俺は中に進む。


「本日は忙しい中、謁見のお時間をありがとうございます」


 ルシアが一歩前に出て、そう言い頭を下げる。


 俺は少し後ろで兵士として佇む。


 朝のうちにユーシアから、今日の動きの説明を受けていたのだ。


 ルシアが使者として手紙を届けて、俺は王国騎士として後ろにつく。


 皇帝陛下は若い女が好きで、ルシアならすぐに情報が聞けるだろうという事だった。


「ほうほう、くるしゅない、おもてをあげよ」


 十段ほどの階段の上に置かれた大きな椅子に座った巨漢の男はどこか興奮気味にそういう。


 カエルのような顔で、目がいやらしくルシアをとらえている。


「ありがとうございます。早速ですが本日お伺いした件なのですが……」


「分かっておる。じゃから、ちこうよれ」


 舌なめずりをしながら、手招きでルシアを呼ぶ。


「ふふ、私なんかが皇帝陛下の側にいくなんて恐れ多いです」


 ルシアは口元を隠しながらそう返事を返す。


「可愛いのう、可愛いのう。どうじゃ、側室にならぬか?」


 ヤバい、ムカついてきた。


 だがここで俺が動けばすべてがダメになる。


「ご冗談を……。それで、共和国に加盟する件なのですが」


 ルシアは皇帝陛下の言葉を流して本題に入っていく。


「ああ、そんな事もうどうでもよいのじゃ! 広陵こうりょうのやつが提案した策じゃが、もはや必要ないのじゃ」


「必要ないとはどういうことですか?」


「ワシはどの国にも負けぬ兵力を手にしたのじゃ! 近いうちに世界を手にするのだ」


 自慢げに手を広げて、立ち上がる。


 横に広がっていたお腹の肉が重力にしたがって、地面につきそうだ。


「兵力ですか? 失礼ながらたしか、皇帝国に負けそうで共和国に加盟を決めたと聞いているのですが?」


「ああ、一か月前まではな。じゃが今は違う。ワシのお抱えの占い師の力で、無敵の兵力を手にしたのじゃ」


 高笑いをしながら、椅子に座り直す。


 無敵の兵力……。これは確定だな。


 ワザっと咳払いをして、ルシアに撤退の指示を出す。


 この国に化け物が分かった以上、長居は無用だ。


「……」


 だがルシアは微動だにせずに、俯いて動かない。


 どうしたんだ? 様子が変だ。


 だがその考えも一瞬にして変わる。


 俺も動けない。いや、恐怖が体を蝕んでいるんだ。


 それほどの威圧がすぐそばまで来ている。


「おお、今お主の話をしていたのだ! ビームス」


 興奮気味に皇帝陛下が声を出す。


 俺達が入ってきたドアが開いて静かに一人の男が入ってきた。


「ふーん。本当に女神族って生きてたんだ~」


 何だこいつは? 今動けば俺は死ぬのか?


 下手に動けない。いや、呼吸すら苦しい。


「女神族? まぁ、その女は確かに美しいな」


「ふふふ、もう準備が終わったからね~」


 その男が一瞬にして、姿を消す。


「え? え? 」


 皇帝陛下の戸惑うような声に視線を向けると、その男が手とうで皇帝陛下の首をはねた。


「この国は僕がもらうよ。バイバイ、醜いお肉ちゃん」


 椅子に座ったままの体を蹴り飛ばして、その男がかわりに玉座につく。


「何者だ」


 ようやく声が出せた。


「僕はビームス。この国の占い師で、皇帝かな?」


 たぶんこの国の貴族服なのだろう格好の男はそう答えながら、皇帝の頭を食べ始める。


「化け物……」


「まぁ、君達からしたらそうかもね? ところで君、何で女神なんかと一緒にいるのかな?」


 ニコニコとそう聞いてくる。


「女神の里まで案内を頼んでいるんだ」


 動かないルシアの隣まで行き、そう返事を返す。


 隙を見て逃げないとまずそうだ。


「へ~、女神も嘘をつくんだ――」


 その言葉にルシアの肩が少しはねる。


 嘘? どういうことだ?


「その表情いいねぇ~。何も知らないんだね」


 ニコニコと実に楽しそうだ。


 ここまで会話できる化け物もいるんだな。


 そんな事を考えながら俺は刀の柄を掴み、警戒を強める。


「何が言いたいんだ?」


「それはねぇ~」


「ちょっと待って、ジン……」


 ビームスの声をさえぎって、ルシアが声を出すもすぐに俯いてしまう。


「僕が話してる途中だよ? 女神。君達はとっくに滅んだはずだよね?」


「え……」


 驚きながらルシアの顔を見る。


「……」


 ルシアは何も言わないまま、無言で顔をそむけてしまう。


「いいね、いいね。戸惑い、困惑、絶望。僕の大好きな表情だよ」


 どこか楽しそうにビームスは笑いだす。


「違うのジン。妹さんは救えるはずだから……」


 女神の里が滅んでいるならその言葉には無理がある。


 頼むから、ビームスの言葉を否定してくれ。


「僕が君たちを殺してもいいんだけど~うん、あまり時間がないし、この子たちを試そうかな?」


 その言葉に、視線をビームスに戻す。


 ダメだ。今は戦いに集中しないと……。


 ビームスが手を叩くと、部屋に三人の男が入ってきた。


 その男たちは生気がない動きで、ビームスの前に並ぶ。


「ルシア、立てるか?」


「……」


 ルシアは返事をしないまま、立ち上がる。


「この子たちは実に哀れだよ? この如何にも頭のよさそうな子はね、諸葛広陵って言って、この醜い肉だるまのために僕から国を守ろうとしたんだよ? ――」


 楽しそうに扇子を持った男と皇帝の死体を指さす。


「それでこの槍を持った男はバカでね、皇帝の言葉は絶対だって諸葛広陵を殺してしまうんだ。この国最強の二人が人形のように死んでいく中、神保扇だけは僕の秘密に気が付いてね、だから直接殺してあげたよ」


 得意げな顔でビームスは三人の紹介をする。


 あの男たちがこの国の最高戦力なのか……。


「酷いことを……」


 怒りがこみあげてくる。


「でも、僕の兵隊になれたんだよ? あの方の血をたくさん分けてあげたんだから、幸せだよ」


 こいつは何を言っているんだ?


 まるで自分が正しいみたいに、へらへらと。


 刀を抜き、構える。


「じゃぁ、僕は行くね」


 玉座の後ろの壁をビームスが触るとその壁が回転しそのまま姿を消してしまう。


「国に仇なす者は、排除だ」


「ですね!」


 劉備雷禅が槍を構えて突撃してくる。その後に扇子を持った、諸葛広陵が続く。


 こいつら、喋れるのか?


 だがその目に光はなく、ただただ漆黒の瞳が俺をとらえている。


「やるしかない……」


 劉備の槍を刀でいなし、その反動のまま回転して、諸葛を斬り倒す。


「……」


 だがやはり、諸葛は這いつくばりながら動き続けている。


「でりゃ! くたばれ!」


 後ろから、劉備が俺めがけて槍を振り下ろす。


 俺は躱そうとするも諸葛に足を掴まれてしまう。


「しまった」


 やられる!

 

「エアカッター」


 だがそこでルシアがそう唱えて、劉備の身体が


「え?」


「ジンを離しなさい」


 ルシアが手を上に振ると、諸葛の身体も同じようにバラバラになってしまう。


「おい、ルシアどうしたんだよ?」


 精霊の力では人は殺せないって……。もしかしてそれも嘘なのか?


 ルシアはひょうたんに口をつけて、飲み干したのかそれを投げ捨てる。


「ふむ……。厄介だな」


 それまで黙っていた神保扇が口を開き、剣を構えた。


 俺も今は考えてる場合じゃないな……。


 刀を構えなおして、間合いを確かめる。


「消えなさい」


 ルシアが手を振り風を起こす。


「当たりませんよ」


 だが神保扇はひるむことなく、ルシアとの間合いを詰める。


「ルシア!」


 咄嗟に駆けより何とか間に入って、神保扇の攻撃からルシアを守ることができた。


 後ろで何かが倒れる音がして、横目で確認するとルシアが倒れている。


「ルシア!? おっと」


「よそ見とは余裕ですね」


 神保扇の剣に力が入り、それをいなすために横に飛ぶ。


 それにしてもこいつは何故、喋れるんだ?


「お前は皇帝が死んで何も感じないのか?」


「おっしゃっている意味が分かりませんね? 私は貴男の手から国を守るだけです」


 そう言いながら追撃を繰り出してくる。


 やはり、話が通じる状態ではないようだな。


「でりゃぁぁ」


 攻撃をかわしながら、薙ぎ払いをくり出す

「ふん、当たりませんよ」


 後ろに下がって躱されてしまう。


 戦闘歴の差が如実に出ているな……。


 刀を一度鞘に納めて、腰を低くし構えた。


「妙な構えですね……。ですが次で決めます――」


 俺の構えに対し神保扇は剣を頭の上に構えて、じりじりと間合いを詰めてくる。


 刹那、間合いに入った神保扇に向けて、刀を抜く

 神保扇が振り下ろした剣が俺をとらえる前に、俺の刀が先にとどいた。


「ぐふぅ!」


 神保扇が血を吹き出して後ずさる。


 俺は手加減なく、二の太刀をいれた。


 防がれることなく袈裟斬りを決めて、刀を鞘に戻す。


 チンっと、小さな音が響き神保扇がその場に倒れた。


「勝った……」


「私の負けのようですね……。ですが何故か心地がいい……」


 神保扇の身体が、徐々に崩れていく。


「ルシア!」


 俺はすぐそばで倒れている、ルシアのもとまで駆け寄る。


 膝をつき、抱き上げたルシアの顔色はすごく悪かった。


 それにどこか呼吸も荒い。


「……」


 早くこの城から出て、馬車に戻ろう。


「何だこの霧は……」


 突如部屋に霧が立ち込めてきた。


 息が苦し

 まさか毒ガスか?


 息を止めて、ドアの方に向かう。


「動けるなんて、タフね」


 驚きながら声の方を向くと、顔を蹴り飛ばされてしまった。


「なんだ? しまった」


 けられた痛みで大きく息を吸ってしまう。


 意識がかすんでいく。


 俺はこのまま死ぬのか?


 カシャンカシャン。


 刀が上下に動き、激しく音を鳴らす。


「あら、なるほどね……。槍とその女を拐取して、逃げるわよ!」


 聞こえてくる女性の声はそう指示を出して、離れていく。


 ルシアすまない。


 俺はもうだめだ……。


 そこで俺の意識は途絶えた。

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