第13話

「ツァーリ様、朝食の準備ができました。起きていますか?」


 部屋のドアが叩かれ、給仕の女性の声が聞こえた。


「はい、すぐ行きます」


 そう呼びかけて、刀を腰につけてドアを開ける。


「食堂までご案内します」


 給仕係の女性はそう言って、俺の少し前を歩く。


 昨日一度行っているのでだいたいの場所は分かるけど、それは言わないでいいか。


 のんびりとした速度で食堂に向かう。


「あの、兵士の姿が見えないのですが、何かあったのですか?」


「……姫の命令でこの城の外にいます」


 念のために兵士は城の外に集めているのか……。だがそれだと内部が手薄すぎないか?


「む? 来たか! ジン」


 廊下の途中でルーテシアが、壁に背を預けて俺を待っていた。


「おはよう。何か用事ですか?」


 立ち止まってそう聞く。


「なに、一緒に食堂に行こうかとな」


 ルーテシアは給仕の女性に「案内は引き継ぐ」と言って、女性を下がらせる。


「そう言えば兵士は全員外と聞いたけど、ルーテシアは行かなくていいのか?」


「ああ、私は内部の警備にしてもらったから大丈夫だ」


 身内は信用できるからか……。


「不満ができそうな措置だけど、そのあたりは平気なのか?」


「一応、軽い説明と別件の仕事でごまかしてるから今のところ平気だ」


「それならよかった。そう言えばこの後買い物に行くんだけど、お勧めの鍛冶屋はあるか?」


 騎士団の御用達なら安心だし、情報が欲しいのでそう質問する。


「そうだな……。南門の近くの店なら安くていいのがそろっているぞ」


 俺の財布事情に配慮してか、安い店を教えてくれた。


「そうなんだ、ありがとう」


「いや、別に」


 どうして顔を赤らめて目をそらすんだ?


 あ、確かこのドア食堂だな

「着いたみたいだな」


「あ、ああ。食事には同席できないが、ぜひこの国を楽しんでいってくれ」


 ルーテシアは早口でそう言い、立ち去っていく。


 どうしたんだ急に?


 もう少し話したかったが仕事の邪魔はできないので、終えは食堂のドアを開け、中に入る。


「……」


 ルシアが肘をつきながらお酒を飲んで、俺を見てきた。


「おはよう」


「ふん」


 どこか機嫌が悪そうに、フォークでソーセージ突き刺して、頬張る。


「ツァーリ様。おはようございます。どうぞお座りください」


 先ほどの給仕係の女性とは別の眼鏡をかけた女性が、椅子を引いてそう促してきた。


「えっと、ありがとうございます」


 促されるままにルシアの前に座り、前を向く。


「今日の紅茶はアッサムの茶葉です」


 給仕の女性がコップに茶色色の液体を注いでくれる。


「ありがとうございます」


 お礼を言って、一口飲む。


 甘いような香りで、すっきりと飲みやすい。


 緑茶とはまた違った美味しさだ。


「同じ言葉ばっかり……」


 ルシアがボソッと何かを言ってきた。


「え? 何か言ったか?」


「何でもないわよ。わたしばっかり意識してバカみたい……」


 ぶつぶつと何を言ったんだ?


 聞きたいところだが料理の説明をしてくれているので、そういうわけもいかない。


 スープや柔らかいパン。それと魚のソテーとかいう料理が用意されていた。


 エマにも是非食べさせてあげたいな。


 そう思いながら、食べていく。


「ルシア、昨日は何を怒ってたんだ?」


 料理の説明が終わり、給仕の女性が下がったとこでそうルシアに聞く。


「デリカシーなさすぎ」


 ルシアはまだ不機嫌そうだ。


 何かないか? このままお出かけだと気まずいぞ。


 目線だけ動かして、打開策を探す。


「そう言えば、ユーシアはどうしたんだ?」


 話題を振ってみる。


「仕事よ。お姫様なんだから、当たり前でしょ」


 そう言われるとそうだよな。


 なんか距離感が近いから、忘れそうになるんだよな。


 カシャカシャ。


 おっと、もう少し会話をしないと。


 鍔なりを聞いて、考え込むのをやめる。


 そこから好きなお酒の話や俺の家の話なんかをしているうちに、ルシアは機嫌を戻してくれた。


 ・・・・・・・・・・


「いらっしゃい、いらっしゃい」


「世にも珍しい、宝石が手に入ったよ」


「今日は、お肉が安いよ~」


 城下町にはいると凄くにぎやかに声が飛び交っていた。


 人の数もエリトルの村とは比べ物にならないくらいに行きかっている。


「どこからまわろうか?」


 人の賑わいに、少しテンションが上がってしまう。


「なんだか、子供みたいね。ゆっくり見て回ったらいいんじゃない? 予定の店以外にもおもしろいものもあると思うし」


 俺の様子に少し笑って、ルシアは歩きだした

 子供みたいなのか……。


 刀もどことなく微かに笑うように鍔なりを鳴らす。


「あ、待ってくれ」


 人込みに紛れそうな背中を追いかけるのだった。


・・・・・・・・・・


「お酒は買えたし、次は鍛冶屋を探しながら回りましょうか?」


 大きなヒョウタンを二つ腰につけたルシア大きな声で提案してくる。


 因みに左手にもヒョウタンを持っていて、歩きながら嬉しそうに飲んでいた。


「それなら、南門がある方に行ってみよう。安くていい店があるそうなんだ」


「へ~、そうなんだ」


 何故かジッとした目を向けてくる。


「どうしたんだ?」


「誰に聞いたの?」


「え? 朝にルーテシアが教えてくれたんだよ」


 何をそんなに気にしてるんだ?


「へ~、朝に二人でね~」


「どうしたんだよ?」


 首に腕を巻き付けてきて、息が凄く酒臭い。


「む~~~! もっとお話ししてよ~」


 と思ったら、胸をポカポカ叩いてくる。


 酔っぱらったのか?


 ぐでっと、俺にもたれかかってきた。


「よっと。とりあえず。休めるところを探すな」


 ルシアを抱きかかえて、そう声をかける。


 カシャカシャ。


 刀が荒ぶるように、鍔なりを鳴らす。


 どうしたってんだ?


 とにかく人込みを避けないと……。


 人が少ない方へと歩いて行く。


 城下町のはずれとはいえ、しっかりと整備された石造り建物が並ぶ。


 さっきまでいた露店が並ぶところとは違ってここは住居が多いようだ。


 その通りを進むと木でできた長椅子を見つけたので、そこにルシアを寝かせる。


「ぬ~。もう飲めない~」


 ルシアはどこか幸せそうにひょうたんに頬ずりをして、だらしなくゆだれを垂らす。


 ここまで酔っているのは初めてかもしれない。


 どうしたもんかな? いったん城に戻るか?


 でも、今は忙しいかもしれないし……。


「おい、ワシの店の前で何をしておる」


 考えていると椅子の横のドアが開き、お爺さんが出てきた。


「あ、すみません。少しベンチを借りたいのですが」


 睨みをきかすお爺さんに、ルシアを指さしてお願いする。


「う、酒臭い。昼間から酔い潰すなんて、お主何をしてるんじゃ?」


「俺が飲ましたわけじゃないんですけど!?」


「ふん、まぁどうでもいいわい。仕事の邪魔はするなよ」


 そう言って、家の中に戻っていく。


 仕事? 疑問に思いながらドアを見ると――


と看板がついていた。


 スミス……工房か?


 ここなら防具を買えるかもしれないな。


 ルシアもこの調子じゃ歩けないだろうしここはこの店に賭けるか……。


 俺はつばを飲み込んで、ドアを開いた。


「ぬ? 何じゃお主? 何か用か」


 店に入るとカウンター越しに先ほどのお爺さんが、そう聞いてくる。


「あの、ここって防具とかも置いてますか?」


 店の中には一切荷物がなく、お店かすら怪しくなってきたのでそう聞いてみることにした。


「あるぞ? じゃが売らん」


「え? どうしてですか?」


「認めたやつ以外が使っても、ワシの思う動きはできんからの」


「その、旅をしていて防具を欲しいんですけどダメですか?」


「見た限り貴族のボンボンじゃろお主?」


 俺の服装を見てそう決めつけてくる。


「いや、これは貰い物なんです。俺自身はそんな身分じゃありません」


「ふん、どうでもよいわ。帰った、帰った。ワシはお主のようなお気楽旅の防具は作っておらんのじゃ」


「お気楽? そんなんじゃないんです! 妹を救わなくちゃいけないんです!」


 カウンターに手をついて、身を乗り出す。


「何じゃい急に」


 俺の語気が強くなったことに驚いたのか、目をぱちくりとして、一歩後ろに引く。


「とにかく。あるなら売ってください」


 旅を少しでも安全に進むためにもここはひけない。


「ワシの店じゃ! ワシが決めるんじゃ」


「すまない。依頼した装備を取りに来たのだが、取り込み中かな?」


 ドアの方から聞こえた聞き覚えのある声に振り向く。


「ルーテシア? どうしてここに?」


 赤色のショートヘアにヒスイ色の力強い瞳。


 間違いなく、ルーテシアだ。


「それは私のセリフだ。表にルシアが寝ているから何事かとは思ったがな……」


「これは姫騎士様、もちろん完璧に仕立てていますぞ。少々お待ちください」


 お爺さんはニコニコとそう返事を返す。


 態度が違いすぎないか?


 そのままお爺さんは奥に姿を消す。


「ここの店の評判を聞いてきたのか?」


 ルーテシアは俺の横に来てそう聞いてきた。


「いや、ルシアが酔いつぶれてたまたま来たんだ」


「そいつは凄いな。この店は王国一の鍛冶師の店だぞ。まぁ、少し変わり者だが」


 もう知ってるだろ? っと言いたげな様子だ。


「そう見たいだな。どうにか防具が欲しかったんだけど……」


「やはり断られたか。これも何かの縁だと思うから、私から頼もう。そうすれば通るかも知れないしな」


 何とも頼もしい言葉だ。


「お待たせしました。こちらです」


 お爺さんは布にくるまれた剣をルーテシアに手渡す。


「ふむ……。流石だな」


 布を取り、剣先を見てルーテシアはそう言う。


 横から見ても美しいと思う輝きだ。


 特にルーテシアの剣は先に行くにつれ細くなっているがその絶妙な細さはこの店なしでは作れないと思う。


「あの!」


「何じゃ、まだ居ったのか? 商売の邪魔じゃ帰れ」


「お願いします。防具を一緒に作ってください」


 そんな事をしてる場合じゃないかもしれないが、この人の技術をどうしても身近で体験したくなってそうお願いする。


「何じゃと!?」


 流石にお爺さんも驚いた様子だ。


 俺は深々と頭を下げても一度お願いしますと伝えた。


「フハハハハ。ジンは面白いな。ガン・ルーこの人は知り合いで恩人なんだ! どうか防具を作ってもらえないか?」


 声高らかにルーテシアは笑って、そう申し出てくれる。


「なんと! 知り合いでしたか? じゃがどうして防具がそこまで必要なんじゃ?」


 お爺さんは顎髭を触りながら、俺に聞いてくる。


「妹を助けるために、強い敵と戦う必要がるんです。。どうか力を貸してください」


「……素人に触らせるのはあれじゃが……。他ならぬ姫騎士様の頼みじゃ断れんの。ついてこい、坊主」


「はい! ありがとう、ルーテシア」


「いや、私は何もしてないさ。そうだ、ジン。ルシア様は私が城に連れて帰っておくから、安心して防具を作ってもらっていいぞ」


 何から何まで優しいな。


 俺はルーテシアに頭を下げて店の奥へと進むのだった。

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