第8話

 長い廊下を歩き、薄暗い通路を抜けて階段を上がり、赤い絨毯の敷かれた廊下に出た。


 天意には装飾の施された蝋燭立てがあり、煌びやかに光っている。


 どれだけ広いお城なんだと思いながら廊下を進むと、正面に大きな扉とその前に立つ二人の兵士の姿が見えてきた。


「ご苦労、かの者を連れてきた」


「はっ。どうぞお通りください」


 二人の兵士は敬礼して、ドアを開く。


「リン・ドルグ。警戒ご苦労」


「はっ。では、私は持ち場に戻ります」


 バ・ルーダの言葉に、俺の後ろにいた兵士は立ち去って行った。


 バ・ルーダがまた歩き出したのでその後ろに続く。


 ・・・・・・・・・・


「あ、来たわね。待ってたわよ。ジン」


 玉座の間のような場所を横切り、案内された部屋には凄くご機嫌なルシアがお酒の瓶を傾けながら待っていた。


 しかもその目の前のテーブルには、肉や魚といった食事がずらりと並んでいる。


「ルシア……。これはいったい?」


 あっけにとられながら何とか声を絞り出す

「それは私が説明します」


 部屋の奥から鈴の音のような美しい声が聞こえて、そちらに視線を向ける。


「頭を下げぬか!」


 少し前にいたバ・ルーダに頭を無理やり下げられた。


「あら、ダメよ? その方はお客んなのだから、丁重に扱いなさい」


「これは失礼しました。姫」


 バ・ルーダの手が離れて、視線をまた前に向ける。


 長いテーブルにずらりと並ぶ椅子が十脚ほどあり、その一番奥の席に声の主は座っていた。


 長い赤い髪で、ヒスイ色の綺麗な瞳の女性が俺を見ている。


「どうぞ、座って? 話は食事をしながらしましょう」


「あ、すみません。ありがとうございます」


 取り敢えずルシアの前に座るか……。


 俺が椅子に座るとバ・ルーダが、奥の席の方に歩いて行く。


「ジン、このお肉美味しいわよ」


 向かいのルシアがナイフでお肉を突き刺して、差し出してくる。


「ああ、でもまずは自己紹介をしないと……」


「ふふ、もうルシアから聞いていますよ。ジンさんですよね?」


「あ、はい。痛っ!」


 突然ルシアに足を踏まれた。


「ジン、ジン。このサラダも美味しいわよ」


 皿に雑に盛り付けたサラダを手渡してくれる。


「ジンさん、雑な対応をしてごめんなさいね。お詫びのしるしにどうか食事を楽しんでください」


 そこまで言われたら先に食事にするか……。


 とりあえずサラダのレタスにフォークを突き刺す。


 シャキシャキの葉に、クリーム色の液体が付いている。


「む? これ、美味しいな! このかかっているのは何ですか?」


 口に広がる甘酸っぱい味に驚きながらも、ぜひ妹に食べさせたいと思った。


「えっと、確かシーザードレッシングとシェフが言っていたかしら」


「なぁ、ルシア」


「何よ?」


 サラダを頬張りながら、何故か不機嫌そうな声で聞いてくる。


「ドレッシングって何だ?」


 小声でそう聞く。


「はぁ? ジン、本気で聞いてるの?」


「ああ、こんなの初めて食べたんだ。ぜひ、妹にも作ってあげたい」


 呆れた様子のルシアにそう返す。


「む~。そうね、野菜を美味しくする調味料かしら。レシピは知らないわ」


 額に指を当てながらそう教えてくれる。


 なるほど、味噌みたいなものか……。


「ありがと、教えてくれて。後で料理番の人に聞いてみる」


「別にいいわよこれくらい」


 そっぽむきながら、ルシアは酒瓶に口をつける。


 俺はその顔を見ながら少し安心する。


「あの、私も会話に入ってよろしいでしょうか?」


 奥の席の姫がそう聞いてきた。


「もちろんです。こんなに豪華な食事をありがとうございます」


 慌てながら、姫の方を向く

「私の自己紹介をしておきますね? 私はエリシア王国の第一王女。シン・ユーシアといいます。この度は手違いといえ、無礼を働き誠にすみませんでした」


 シン・ユーシアは立ち上がって、頭を下げた。


「頭を上げてください。何もされてませんし。俺はルシアが無事ならそもそも怒ることは何もないので」


「そうですか? ふふ、ルシア様も見せつけてくれますわね」


 どこか楽しそうにそう言って、シン・ユーシアは椅子に座り直す。


「そ、そんなんじゃないし。ただの旅の途中なだけだし」


「どうしたんだ? そんなに慌てて?」


「ジンには関係ないわよ」


 フンッとそっぽをむかれてしまう。


 いったいどうしたっていうんだ……。


「二人はどこを目指してるの?」


 シン・ユーシアがそう質問してくる。


「女神の里よ」


 どうごまかすか考えているとルシアが淡々と答えてしまう。


「あら、それはまた大変そうね? 確か皇帝国の領土のはずれにあるのよね?」


 驚くかと思ったが、何故か普通にそう返してくる。


 もしかして、都会だと女神族って普通にいるのか?


「姫、そのような与太話よたばなしを信じていたのですか?」


 バ・ルーダが少し取り乱したような声を上げる

 良かった。俺の感覚が変なわけじゃなさそうだ。


「もう、バ・ルーダ。昔に貴男も見たでしょ? ルシアは本当にすごいんだから!」


 シン・ユーシアは横に立つバ・ルーダの方を向いて、そう怒ったような口調で言う。


「しかし、あの者は魔女かもしれないのですよ? 魔導国の手の物なら危険だと教えたではありませぬか!?」


「そんなんじゃないわ。だって、私を野犬から助けてくれたのよ」


 二人は言い争いを始めてしまった。


「なぁ、ルシアってシン・ユーシアと知り合いなのか?」


 話が進みそうにないので、お酒を飲んでいるルシアに声をかける。


「ええそうよ。昔に旅の途中で、彼女を助けて友達になったのよ」


 ルシアはどこか嬉しそうにそう教えてくれた。


「すみません。話がそれましたね? それなら、馬車を貸しましょう! ようやく恩が返せそうだわ」


 何故か肩で息を切らせながら笑みを浮かべて、そう提案してくれる。


 バ・ルーダは何故か部屋の隅で座り込んでいた。


「いいの? この国も大変じゃないのかしら?」


 ルシアは浮かれることなくそう聞く。


 確かに皇帝国と何かありそうだったんだよな……。


「問題ないわよ! でしょ? バ・ルーダ?」


「……」


 バ・ルーダは少し怯えたようにうなずく。


「ほら、問題ないって」


「でも……」


 俺とルシアが困惑しながら、目を合わせていると――


「コラコラ、そんな簡単に財を渡すな」


 ドアが開き、シン・ユーシアと同じ赤髪でヒスイ色の瞳の女性が勢いよく入ってきた。


「ね、姉様!」


 シン・ユーシアは驚いたように声を上げて、腰を浮かす。


「コラ、お客様がいるときはルーテシアと呼ぶように言っただろう?」


 呆れたようにため息をついて、シン・ユーシアの前に歩いて行く。


「ごめんなさい。取り乱しました」


 俺達の方を向いてそう謝ってか、ルーテシアの方に向き直り――


「それで、ルーテシア。貴女が来るとは何事ですか?」


 真面目な声を作り、そう質問する。


「ここでする話ではないな……。姫、少しこちらへ」


「分かりました。ルシア。ジンさん。少しお待ちください」


 シン・ユーシアはそう言い残して、食堂を出ていく。


 何故かバ・ルーダは出ていったドアをふさぐように立つ。


「バ・ルーダさんは行かなくていいのですか?」


「フン、ルーテシア様が一緒なら問題ない」


 つまらなそうに返してきた。


 ここは二人が戻ってくるのを待つしかなさそうだ。


 俺は改めて、食事を再開した。

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