第7話

 揺れる馬車の中で、向かいに座る大柄な男を見る。


 太い腕を組んで、監視するように俺を見てきていた。


 騎士団に囲まれた俺達は馬車に乗せられたのだ。


 ルシアが耳打ちで「ここはおとなしくしてましょう」っと言ったので、抵抗せずに馬車に乗り、連行されている。


「ねぇ、貴男の格好って王国騎士の物よね?」


 俺の横に座るルシアが、向かいの男にそう聞く。


「ぬ? 如何にも。我こそは王国騎士団、団長。バ・ルーダである」


 男は腕を組んだまま、鼻の下の伸びた髭を触ってそうふんぞりかえる。


 王国騎士? ここは帝国領土だったはずだよな?


「あの、王国の騎士団長がどうして帝国の領土に?」


「ふむ、貴様は事の重大さを分かっていないようだな」


 威圧するような声で、睨みを強くしてきた。


「事の重大さというより……。どうして連行されているかすら分からない」


 バ・ルーダの目を見て、説明して欲しいとお願いする。


「ぬ~、我の目にも貴様が……。では質問を変えよう。どうしてあの小屋にいた?」


「? 明かりがついていたから、泊まらせてもらおうと思って寄ったんだ」


「誰か他にいたのか?」


「いや、誰もいなかった。ただ、腐敗臭が酷かったから部屋を出ようとしたところで、騎士団に囲まれたんだ」


 あの化け物は殺してすぐに灰になったので、説明を省くことにする。


「なるほど、少し怪しいが貴様のような優男がまさかな」


「いったい何があったのよ?」


 ルシアがじれったくなったのか、話に割り込んできた。


「我が騎士団の部下が帝国に向かう途中で姿を消してな、いつも使う休憩所で、騎士の死体が見つかり調査をしていたのだ」


「はぁ、それで私達を疑うって、アンタたちはどんだけバカなのかしら?」

「貴様、我に向かって無礼な」


 ルシアの発言に、バ・ルーダは語気を強めて腰を浮かす。


「まぁまぁ、ルシアも落ち着いて。疑われたのは仕方ないと思う。だってあそこにいたんだから、でも俺達じゃないぞ?」


「ふん、貴様のような奴に部下がやられるはずはないな」


 俺の低姿勢に、この腰抜けがと付け加えてそう言ってくる

「疑ってないなら、どうして下ろしてくれないわけ?」


「まだ完全にはれたわけではないからな。王国で少し尋問させてもらう」


 これは面倒なことになったな……。


 逃げようにも荷物はすべて没収されてしまったし。


「せめてお酒を返しなさいよ」


 なるほど、ルシアはそれで怒っていたのか。


「女のくせに、酒に依存とは……。どこの生まれだ?」


「女神よ! 崇めなさい、態度を改めなさい」


「あああああ、すみません。酒に酔ってるんです」


 ルシアの声をさえぎる

 これ以上ややこしくなるのはごめんだ。


「まぁ、着くまでおとなしくいてるんだな」


 バ・ルーダはそれから一度も話しかけに応じなかった。


 ・・・・・・・・・・


「あの~。どうして牢屋に直行何ですか?」


 王国につき、目隠しをされ外された場所は牢屋だった。


 檻の向かいに立つ兵士に、声をかける。


「……」


 罪人と話す気はないのか、背中を向けて無視を決め込む。


 ルシアはどこに連れていかれたのか、姿が見えない。


 酷いことをされてなければいいが……。


 ここで心配しても、俺にできることはない。


 今は少しでも体を休めないとかもな。


 おとなしく奥まで進み床に座る。


 石造りの床の冷たさに驚く。


 お金持ちの建物は全部こういう作りなのか?


 そう言えば、王国は一番彫金師が栄えてるって聞いたことがるな。


 どういう細工か気になる。


「もう一つすみません。この町で一番凄い彫金師って知ってますか」


 どうしても気になったので聞くことにした。


「……お前って、状況分かってる?」


 兵士は思ったより若い声で、呆れながらそう聞いてくる。


 嫌疑疑がはれるまでの勾留ですよね? ニ、三日で出れるんですよね?」


「どこの田舎者だ? たぶんだけど、お前はそのまま死刑だぞ」


「え? だって無実ですよ?」


 俺が鍛冶屋だってばれたとかならともかく、殺人では裁かれたくないな。


「どうでもいいんだよ。犯人確保、チャンチャン。それが、バ・ルーダ様の考えだと思うぞ」


「そんな馬鹿な!」


 立ち上がって鉄格子の方に詰め寄る。


「おい、何を騒いでいる!」


 部屋の外からカチャカチャ音を鳴らして、武装した兵士が走ってきた。


「あ、先輩。大丈夫ですよ。ただの癇癪です」


「む、そうなのか?」


 甲冑の奥の目が俺を睨んでいる気がする。


「あの、ルシアは、連れの女性はどうなっていますか?」


 死刑とか聞かされたら、気が気でない。


「? 罪人に話す義理はない。貴様も気やすく罪人と会話をするなよ?」


「うっす。さーせん」


 部屋に入ってきた兵士は会話をしながら、入口近くの椅子に腰を下ろす。


 少し監視する気か?


 逃げ出そうにも当たり前だが窓はないし、俺にできることはルシアの無事を祈るだけ……。


 そう思った時、一つ出れそうなことに気が付く。


 手前の若い兵士の腰に、牢のカギと思われるものがぶら下がっているのに気が付いた。


 あれを奪えば……。


 気付かれないようにどうにか、奪えないか?


 そこまで考えたところで、また何者かが部屋に入ってきた。


「バ・ルーダ様」


 椅子に座っていた兵士が立ち上がって敬礼する。


「あば、たった……」


 牢の前の若い兵士もあわあわとしながら、敬礼の姿勢を取った。


「うむ、ご苦労。その者を牢から出しなさい」


 俺を一瞥して、短くそう兵士に言う。


「了解しました」


 若い兵士は、カチャカチャと牢の鍵を開けてくれる。


 疑いが晴れたのか?


「あの、どうして出してくれたんですか?」


 牢から出ずに、バ・ルーダに聞く。


「姫のご命令である。何も言わずついてきなさい」


 部屋の入口からそれだけ言って、バ・ルーダは背を向けた。


 俺は仕方なく従う事にし、牢から出る。


「おかしな真似をしたら、すぐに押さえるからな」


 俺の後ろに若い兵がるついてきた。


 どうなるかは分からないが、ルシアと合流するまではおとなしくしておこう。


 バ・ルーダを先頭に石造りの部屋を出ていく。

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