第4話

「さて、これからどうするか……」


 梯子を下りきって、近くの小屋の中で一息つく。


 ここなら見つかる心配はないだろう。


「それより、ここを無視して他の町を目指すこともできるんじゃないの?」


 木箱に腰掛けたルシアが、ひょうたんを傾けながらそう提案してきた。


 確かにそうかもしれないが……。

「公国に化け物がいるなら、ほっとけないだろう」


 俺がそう返すと刀が音高らかにチンっと鍔なりを鳴らした。


「ほんっっとに変わってるわね!?」


 そう言いながら立ち上がって、胸元に指を突きつけてくる。


「え? どういうことだ?」


「お人よしすぎるのよ」


 お人よし? どういう意味だったけ?


「悪い」


「ほら、悪くないのに謝った」


 え? 謝るのがよくないのか?


「え、ええと……」


 困惑した声を漏らしてしまう。


「いい? 普通の人はね、二日も酒飲んで何も手伝わないと怒るのよ! それに、こんなボインな女性がいて、変な気を起こさないのも変だわ」


 早口でまくしたて、自分の胸を持ち上げてみせてきた。


「変なのか? でも、今その話の必要はあるのか?」


「だから、なんで危険を冒してまでこの町にかかわろうとするのよ」


 肩で息を切りながら凄んでくる。


「えっと、だがら……困っている人は助けるものだろう?」


 困惑しながらもそうしか言えなかった。


「もういいわ。話にならない。でも、死なないって約束しなさい。女神の里に行くんでしょ?」


「もちろんだ。約束する」


 もしかして俺の心配をしてくれていただけか?


 ルシアの考えがまるで分らない。


「じゃぁ、気配の濃い所まで案内するけど、警戒してよ」


「化け物の気配が分かるのか?」


「そりゃ、女神なのよ? 悪鬼の気配なら分かるわよ」


 それなら下手に奇襲を食らわなくて済みそうだ。


 「それじゃあ頼む」


 俺はそう言いながら外に出る。


 城下町の道には一人も人がいない。


 それどころか城に近づくにつれ、窓が割れたり倒壊した家が目立ってくる。


「ジン、止まって」


「どうしたんだ?」


 後ろから呼び留められて足を止めた。


 カタカタカタカタ。


 刀が小刻みに震えだした。


「おかしいわ……。この気配」


 ルシアはそう言って、自分の体を抱くようにしてうずくまってしまう。


 ルシアの側に行き、辺りを警戒する。


 俺には何も感じない。


 左手で刀を押さえて、耳を澄ます。


 微かに足音が城の方から響いてくる。


 ルシアをかばうように前に立ち、前方を睨む。


「おや? まだ人間が生きていたのか……」


 襟付きの貴族服を着てシルクハットをかぶった色白の整った顔立ちの男がこちらに向かって、歩いてくる。


「ジン、逃げて」


 ルシアが袖を引っ張ってきた。


 「おや? 女神族までいたのですね? まぁ、どうでもいいですが」


 男の爪が異様に伸びた。


 やはり人ではないようだ。


「ルシア、お前が先に逃げてくれ」


 右手で柄を掴み、腰を低く構える。


「逃がしませんよ」


 耳元で男の声がしたと思うと、色白の男がすでに横に立っていた。


「え? ぐぅぅぅ」


 男の爪が俺の胸を抉っている。


 何時の間にやられたんだ?


 俺は死ぬのか? 


 エマを助けるどころか、ルシアまで守れないのか?


 痛みとともに、情けなくなってくる。


「ジン!」


 ルシアの声がやけに遠くに聞えた。


『お兄ちゃん。強く刀を握って、お父さんがよく言っていの言葉を思い出して』


 薄れていく意識の中、エマの声が聞こえる。


 親父の言葉? ああ、苦しい時も大切な人を守れるようにもがけだったけ……。


 ダメだ。もう意識が……。


「おや? おかしいですね?」


 色白の男がそう呟く。


「ジン?」


「ウォォォォォ」


 刀が導いてくれる。俺の視界にはもはや何も映っていない。


 自分の体が自分の物じゃない感覚だ。


 ただ刀が赴くままに体が動いていく。


「これは、驚きました」


「死ねぇぇぇぇ」


「今は不完全のようですが、ここはひくべきところですね」


「殺す、殺す。コロコロ、殺す」


「ジン、もういないわ。戦いは終わったのよ」


 俺の体を何か温かいものが包んでいる。


 どこか懐かしい、優しい温もり……。


 俺は意識をを完全に手放した。


 ・・・・・・・・・・


 「あれ? 生きてる……」


 目を覚ました俺は胸元をまさぐる。


 抉られた傷がない? どうなっているんだ?


 「ようやく目を覚ましたわね」


 すぐそばからルシアの声がして、視線を向ける。


 ブスッとした表情で、すぐそばの瓦礫に座って俺を見ていた。


 「どうなったんだ? あいつは?」


 「どこかに消えたわ……。アイツが元凶のビッシーマーよ」


 アイツが親玉か、何も抵抗できなかったな。


 「どうして殺されなかったんだ?」


 「憶えてないの?」


 「ああ、悪い」


 「ジンがアイツの腕を斬り落として、暴れたのよ」


 「そうだったのか……。ルシアはケガはないか?」


 「ええ、ないわよ」


 立ち上がり、右手で左腕を隠しながらそう言ってきた。


 「もしかして俺のせいでケガしたのか?」


 「何でもないわよ」


 「ダメだ、見せてくれ」


 立ち上がってルシアの側に行き、腕を掴む。


 「ちょっと」


 振りほどこうとしてくるが、力で俺に勝てないので振りほどけない。


 ルシアの腕はいくつかの切り傷ができていて痛々し。


「ごめん。俺のせいで……」


 腰につけていた巾着から包帯と塗り薬を取り出して、その場に膝をついてルシアの手当てをする。


「そんなの持っていたのね? 別にいいのに」


「シンジの家を出ていく時にもらった袋だが、地図とか必要最低限の物を色々詰めてくれてるぞ」


「それはジンのためにでしょ? どうしてそこまで私に気を遣うのよ」

 俺の言葉の回答としては変な返しだな。


 どうして気を使うかか……。


「俺のせいで傷つけたんだ。当然だろ? それに、旅をする仲間だしな」


 俺の言葉に目を丸くして、口をもごもごさせる。


「……まだ、女神の里を目指すの?」


 上目づかいで弱弱しく聞いてきた。


「当然だろ?」


「だって、あんなに強いやつにまた襲われるかもしれないのよ? 怖くないの?」


「知ったことじゃない。エマを助ける為なら、何も怖くない」


「そうなのね」


「もしかして、ルシアは怖いのか?」


「怖いわよ。でも、どうしても女神の里に行く必要があるの」


 手を握りしめ、駄々をこねる子供のように声を荒らげる。


「なら、行こう。俺はもっと強くなる」


 俺はそう言って、手を差し伸べた。


「……その言葉を信じるわ」


 少しの間の後、俺の手をそう言って握り返してくれる。


 敵の親玉は俺より断然強い。


 もっと戦闘を学ばないと……。


 この日、俺達は半壊した家の中で休むことにした。


 しばしの休憩。


 明日にはもう一度公国を見て回るつもりだ。


 ・・・・・・・・・・


「本当に、人がいないな」


 城下町をある程度見て、そう言葉にする。


「ビッシーマーが皆殺しにしたのかしら?」


「それにしては死体がないな」


「それもそうね」


 俺の言葉にルシアは顎に指をあてて考えるように足を止めた。


「あと見てないのは城か……」


 死体を隠している?


 でもどうして?


 俺も考え込む。


「城に、もしかしたら化け物がいるかも」


 ルシアはそう声を出す。


「どういうことだ?」


「ビッシーマー以外にもいるかもしれないわ。最初、私達を襲った兵士は植物のような管がついてたし」


「なるほど、そういう特殊な力の持つ奴の可能性か」


 「十分、ありえそうよ。鬼には、人を多く食らい、特殊な力を操るものもいるから」


 俺達はうなずき合って、城に向かって足を速める。


「どうだ? 気配はするか?」


 城の門の前でそう聞く。


「ええ、微かにしてるわ」


「じゃ、この門を越えるか」


「風の精霊よ、加護を与えたまえ」


 ルシアがうなずきまた、風の加護を付与してくれた。


 軽く飛び越えて、中に侵入していく。


 どこか生臭い匂いが場内には漂っている。


「酷い匂いだな」


「そうね……。この部屋から気配がするわ」


 ルシアがドアの前で立ち止まって、そう教えてくれた。


「よし、入るぞ」


 警戒を強めながらドアを押し開く。


 ドアの先は開けた部屋で、奥に少しの階段とそのうえに豪華な装飾のされた椅子が置いてあった。


 ここは王国でいう玉座の間だろうか?


「誰もいないわね?」


 ルシアが不思議そうにあたりを首を振って見まわす。


「どうなっているんだ?」


 俺は天井を見て、そう呟く。


 天井には幾重にもツタが生え茂っていた。


 石造りの床に敷かれた赤い絨毯の上を歩く

「まだ人が生きていたのか」


 部屋の半分ほどまで来たところで、天井から声が降ってきた。


「何者だ?」


 警戒をしながら、足を止める。


「フフフ、餌に名乗りたくないな」


 凄い勢いで先端が鋭いツタが上から降ってきた。


「ルシア、ちっ」


 ルシアを後ろに突き飛ばして、自分も後ろに飛ぶ。


 そのツタはそのまま床を破壊して突き刺さった。


「痛ぁ~。もう、何なのよ」


 尻もちをついたルシアがそう声を出す。


「すまん。敵の攻撃だ。注意してくれ」


 俺は刀を抜いて、天井を睨みつける。


「ほう、反応がいいですね」


 今度は二本のツタが降ってきた。


「はぁぁぁ!」


 迎え入れるように刀で斬りつける。


 だがツタは硬く、刃が通らない。


 ツタの勢いに押されながら壁際まで飛ばされてしまう。


「私のツタはそんな簡単に切れませんよ!」


 鞭のようにしなり、また俺をめがけて飛んでくる。


 まずいな……。


 刀を構えながら、どうしたものかと考える。


 このままでは長くはもたない。


『お兄ちゃん。光に合わせて』


 エマの声が聞こえた。


 光に合わせる?


 疑問を抱きながら、ツタを見る。


 ツタが迫ってくる方の地面に丸い光が見えた。


 あれか?


 俺はその光に向かって駆けて行く。


 光を踏み、向かってくるツタに合わせて刀を添える。


 立ち位置がいいのか、軽い力でツタをいなすことに成功した。


 そのままツタにも光が見えて、その箇所に刃を振り下ろすと、抵抗なく斬り落とすことに成功する。


「な、何?」


 天井から狼狽したような声が聞こえてきた。


 斬れた。この光に合わせればいけるか?


 俺は息を深く吸い込み集中力を高めて、刀を構えなおす。


「いいわよ、やっちゃいなさい」


 後ろからルシアが野次を飛ばしてくる。


 無数をツタが降り注ぐ。


 俺は玉座に向かって、走りながら斬り落としていく。


 先ほどの攻撃の時に気が付いたのだ。


 全てのツタがあの玉座から伸びていることに。


「ま、マズイ。編み込みの槍」


 狼狽した声の後、ツタを無数に絡めて太い一本のツタを生成して飛ばしてくる。


「ふぅー。でりゃーーーーー!」


 渾身の力を入れて、刀を頭上から振り下ろす。


 刃は無事に通った。


 だが、まだ勢いが足らない。


 マズい……。

「火の精霊よ。魔を焼き払い、彼の生末を灯したまえ」


 ルシアの詠唱が後ろから聞こてくる。


 俺の刀に向かって、火の弾が飛んできた。


 その火は刀を燃やし、勢いをつけてくれる。


 そして、ツタが燃え落ち、俺は足を前に進めていく。


「く、来るな」


 魔物の声は、先ほどまでの威勢のよさは消えて、飛ばすツタの力も弱まっている。


「チェックメイトだ」


 俺はそう言って、玉座を二つに斬り落とす。


「ギェェェ!!!!」


 耳をつんざく断末魔を上げて、周りのツタが枯れていく。


 無事に倒せたみたいだな。


「よくそれが本体だって気付いたわね?」


 後ろからルシアが駆け寄ってきて、そう言ってきた。


「ツタの動きを見てたんだ。それで全部この辺りから伸びてるのかなって」


 刀を鞘に納めて、そう返事を返す。


「でも良かったわ。そこまで危険なやつじゃなくて」


「いや、だいぶ強かったぞ。援護してくれて助かった」


「それくらい当然よ。私はサポートくらいでしか役に立たないし」


 そう言って下を向いてしまった。


「そんなことない。俺一人じゃ妹のエマを救う方法なんて思いつかなかった。それに女神の里の場所まで連れて行ってくれるんだろ? 頼りにしてるぞ」


 ルシアの手を握り、目を見てそう伝える。


「ジン……」


 何故か頬を赤らめて、そっぽむかれてしまう。


 気まずいようなどこかこそばゆい空気が場を支配する。


 カシャン、カシャン。


 その空気を破壊するように、刀が上下に激しく動いて音を鳴らす。


「そ、そうだ。またエマの声がしたんだ。それに光の弾が見えて、その所に合わせるように動いたら勝てたんだよ」


 空気を換えようと手を放して、そう話を振る。


「そうなんだ。ジンを助けてくれたのね――」


 ルシアは刀を見ながらそう話しかけた。


 カシャン。


 今度は小さく音を鳴らす。


 本当に意思疎通ができるのか?


「本当に助かったわ。必ずあなたも助けるからね? ジン。もう少し、お城を探索しましょう?」


 刀から視線を上げてそう提案してきた。


「ああ、いいぞ。取り敢えず奥のドアを見てみるか」


 俺はそう言って、玉座の奥に見える部屋に向かって歩き始める。

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