第3話

「まずは昨日の敵について知ってることを話すわね」


 村を出て少ししたところでルシアがそう声を出した。


「ああ、頼む。俺は何もわかってないからな」


「了解よ。敵は魔族っていう化け物の鬼よ」


「鬼? 昔話に居そうだな」


「そうよ、昔話の敵。でも、実在するわ――」


「今から百年前、とある女神と村の男が誰にも秘密で恋に落ちていたの。二人は女神族の族長に結婚を許してもらえないか相談に行ったんだけど、でも、それは認められず、その男と恋仲の女神は引き離されたの……。その後、男は持病で亡くなろうとしたのだけど、その事を聞きつけた女神は誰にも見つからず男のもとに駆けつけたの。男を助けようと長寿である自分の血を禁忌と分かりながらも、その男に血を飲ませたのが悲劇の始まりよ」


 語りだしたルシアはそこでお酒を一口飲む。


「その血に犯された男は醜い異形になりその女神を殺してしまうの。そして、自分の過ちに我を取り戻して泣いたそうよ。そして本能のままに人を襲うようになっていったの」


「そんな奴を他の女神は黙って見ていたのか?」


 そう疑問を口にする。


「勿論、討伐部隊が編成されて、向かったわ……。でも、全滅した」


 ルシアは悔しそうに語気を強めた。


「それで昨日言っていた、勇者の誕生か?」


「そうよ。女神族の威信にかけて、当時最強の人間五人と女神は手を組んだ」


「五人? 勇者は五人いるのか?」


「ええ、王国、帝国、公国、皇国。それぞれの国の最強が集められてわ」


「じゃぁ、四人じゃないか?」


「あと一人は謎なのよ……。歴史書にも載ってない。取り敢えずその五人と女神で、鬼を封印して、めでたし、めでたし」


 強引だな……。


「でも何で目が覚めたんだ? まぁ、倒したから問題ないが……」


「目覚めた理由は、分からないわ。でも、昨日のは単なる雑魚よ」


「ん? 男が異形なんだろ? なら化け物は一体なんじゃないのか?」


「それがその男は当時も自分の血を人に与えて、鬼にしたって文献があるの。だからあれは単なる雑魚。本に載っていた顔とは違うわ」


「そうなのか……。その本を見せてくれないか?」


 敵の顔が知りたいので、そうお願いする。


「今は無理よ。女神の里にあるから」


「そうか……。なら、敵に気をつけながら進むか……」


 むやみに戦う事が無いようにしたい。


「その辺もたぶん大丈夫よ。彼らは日の光に当たれないから」


「となると朝のうちに進めば安全だな」


「そう言うことよ。でも、野宿は危険よ?盗賊だっているかもしれないから、 お互いに警戒は忘れない事」


「了解した。それとこの刀について知っていることを全部教えてくれないか?」


「そうね……。文献だと、様々な国の強者の武器にそれぞれ女神が宿って、 勇者を助けたってあるの。たぶん身体強化やそれらしいことがあるんじゃないの? 身に覚えはない?」


「そう言えば、戦いの中で光の線のようなものが見えてそれに従うように動いたな……」


 異形と戦った時のことを思い出して話す。


「そういう加護があるのね。戦闘経験はどれくらいなの?」


「昨日が初めてだ。俺は単なる鍛冶屋だし」


「そうなの……。なら才能が有りそうね」


 小さく笑って笑みを向けてくる。


「そうか? ただがむしゃらだっただけだが……」


「それでもよ。それよりその刀に名前を付けないとね」


「必要か?」


「必要よ。そうね……。妹が宿っているなら、これしかないわね」


 自信ありげな声を出して、俺の前に出て振り返り――


妹刀いもうとうよ」


 俺を指さしてそう宣言した。


 妹刀……。ダサくないか?


 でも自信ありげに、どう? という顔をしてるしな。


「まぁ、いいんじゃないか?」


 そう言うしかなかった。


「でしょ? このこは妹刀よ」


 満足げに前に向き直り、スキップするように歩いて行く。


 旅の初めから険悪は嫌だし、これで正解かな?


 そう思いながら、その背中を追いかける。


 ・・・・・・・・・・


 日が暮れ始めた頃、少し開けた場所に出た。


「この辺りで野宿にするか?」


「そうね。そろそろ休まないと足が棒になっちゃうわ」


 ルシアはそう言いながら、地面に座って足を延ばす。


「枝を拾うから、手伝ってくれないか?」


「え~、私は女の子よ? 休ませてよ」


 頬を膨らませて、文句を言ってきた。


「あ~。はい、はい」


 問答するのも疲れるので、適当に流して林に入る。


 手頃な長さの枝を集めていく。


 本来、エマもあれくらい我がままを言いたかっただろうな……。


 そう考えていると刀がカシャカシャと二回鍔なりを鳴らす。


 どうしたんだ? もしかしたらエマの意志があるとか? いや、ないよな。


 ある程度集まったので考えを止めて、ルシアのもとに戻ることにした。


 ・・・・・・・・・・


 開けた場所に戻るとルシアは無警戒に、寝息をたてて地べたに転がっている。


 あれほど警戒しろとか言っておいてこの態度はどうなんだろうか?


 木から離れた場所に枝を置いて、ルシアの側にいく。


 ルシアはひょうたんに頬ずりをしながら大口を開けて、ゆだれを垂らしている。


 女神とは思えない豪快さだな……。


「おい、起きてくれ。枝を集めてきたぞ」


「ん~」


 肩を揺するとうっとおしそうに、手を払われてしまった。


 どうにも起きそうにないな。


 本当なら火を魔法? で起こして欲しかったんだがな。


 しかたなく一人で石なんかも集めて焚火の準備を進める。


 これじゃあ、一人旅だな。


 ルシアが風邪をひかないように危なくない範囲で火を起こす。


 酒を飲んで一人で寝こけてるルシアがあまりにも頼りなく感じてしまう。


 適当な幹に腰を預けて、火の番をしながら夜が明けるのを静かに待った。


「あれ、何時の間に……」


 肩を揺すられる感覚に目を覚まして、そう声を出す。


「もう、警戒無く寝て。危ないわよ」


 ルシアはやれやれと言いたそうに俺を見下ろしてくる。


 その態度は俺がしたいくらいなんだが、俺も寝てしまったので言えない。


「すまない」

「まぁ、いいわ。私、水浴びしてくるから覗かないでね」

「そんなことしないって、それより水があるのか?」

 昨日見た範囲には川なんてなかったはずなのでそう尋ねる。

「私は精霊にお願いできるから、何時でも水が出せるのよ」

 何でもない事のようにそう言い残して、茂みの奥に入って行く。

 俺も水を分けてもらいたいので立ち上がろうとすると、刀が激しく鍔なりを鳴らし始めた。

 どうなっているんだ?

 腰につけた刀を押さえながら、視線を刀に向ける。

 すると少しずつ勢いをなくして、刀は沈黙した。

「あ、ルシア……」

 すでにルシアの姿が見えなくなってしまったので、おとなしく帰りを待つことにする。

「お待たせ。それじゃぁ、行きましょうか」


 青い透き通る髪を風にたなびかせて、ルシアは戻ってくる。


 俺に視線を向けて、そのまま進みだす。


「なぁ、ルシア」


 その背中を呼び止めた。


「何? 急がないとすぐにまた日が暮れて、足止めよ?」


「いや、水が出せるなら俺にもくれないか?水を汲みたいんだ」

 腰の竹筒を指さして、そうお願いする。


「はぁ、しかたないわね。貸して――」


 手を差し出されたので、竹筒を手渡す。


「水の精霊よこの筒を満たしたまえ」


 その後、手渡してくれた竹筒には水がなみなみとはいっていた。


「ありがと」


「良いわよ別に。行きましょ」


 フンッと、すぐに歩きだしてしまう。


 なんか昨日と態度が違うくないか?


 俺は水を一口飲んでから、その背中について行く。


 ・・・・・・・・・・


 けっきょくルシアは二日全ての野営の準備を手伝わなかった。


 だけど昨日は俺が夜のあいだ寝ないようにして起きていると、交代すると言って、俺を寝かせてくれたのだ。


 それだけでなんか嬉しくなってしまった俺は、だいぶ疲れているのだろうか?


 こうしてようやく公国の町が見えてきた。


「ようやく着くな」


「この坂を下れば、今日はホテルに泊まれるわね」


 ルシアは少し早足になって、歩みを進めていく。


 目前に見える円形状の塀と堀には橋が見当たらず、もっと近づけば分かるかと俺も速足で公国を目指す。


「やはり橋が見当たらないな?」


 道なりに来たので、この辺りに入口の橋がかかっていてもおかしくないのに見当たらず、ルシアそう声をかける。


「警備の関係で、つり橋を上げてるだけよ」


 ルシアはそう言うなり、塀に向かって「公国に入りたいから橋を下げてくれないかしら?」っと、声を上げた。


 その視線をたどってみると、塀の上に人影が見えたのでルシアが言うように橋が上下する仕組みがあるのかもしれない。


「何か様子が変じゃないか?」


 俺がそう声を出すのと同時に、ルシアに向かって矢が飛んできた。


「きゃっ。危ないわね」


 ルシアの顔をかすめて弓は地面に刺さった。ルシアはその場にしりもちをついてしまう。


「大丈夫か? おっと」


 俺の方にまで矢をいってきたので、ルシアを立たせて茂みに身を隠す。


「何だか敵認定ね……」


「公国の中で何かあったのか?」


 塀の上の兵士は、日陰の部分からは動かずに、じっと前を見つめている。


 やはり妙だ。


「さてどうしようかしら……」


「ルシアの魔法は? あそこにとどくか?」


「魔法じゃないってば……。私の力は人に害はなせないわ。でも、風の精霊よ彼に飛躍の力を」


 そう言って俺に手をかざすと、身体が少しだけ軽くなった気がした。


「なんだこれは?」


「風の加護を付与したわ。少しだけ飛べるから、あの兵を無力化してくれないかしら」


「まぁ、話し合いで無理ならそうするか」


 俺は茂みから飛び出して、思いっきりジャンプする。


 想像より高く飛ぶ事ができた。


 塀の壁に足が付き、そのままの勢いで蹴り上げるように上に向かって、飛んでいく。


「……」


 上にたどり着くと先ほどの兵士が無言で俺に弓を構えてきた。


 目に生気を感じない。


「すまない」


 矢が放たれる前に、鞘のまま兵士の脇腹を思いっきり殴りつける。


 兵士は気を失ったのか、そのまま動かなくなった。


「やったようね」


 少し遅れてルシアも塀の上に姿を現す。


「ああ、それより早く町に入るぞ」


 ここにいては目立ちそうなので足早に歩いて行く。


「それもそうね。警戒しながら行きましょう」


 奥に見える梯子を目指して、歩みを進めていく。


 走りながら城下町を見下ろす。城下町は暗い雰囲気が漂い火があがっている場所も見える。


 公国に何が起きたんだ?


 どうやらまだゆっくりすることはできないようだ。

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