第2話

「……ここは」


 意識を失っていたようで、目を覚ました俺は上半身を起こして辺りを見る。


 すぐそばで焚火の火が見えて、そのおかげで寒くはない。


「目を覚ましたね」


 先ほどの女性が倒れた太い木に腰を下ろして、焚火にあたりながら俺を見ていた。


「どうなっているんだ?」


「君は気を失っていたのよ。目が覚めるのを待っていたの」


「そうだ、エマは? 女の子を見なかったですか?」


 すぐそばで襲われていたはずなので、姿を見ているはずだと思い聞く。


「女の子? 見てないわね。本当にいたの?」


「化け物に襲われていたから間違いない、俺の妹なんだ」


 俺は立ち上がって、辺りを見回す。


 月が完全に上っていて、焚火の明かりがとどかないところは、見えそうにない。


「そうねぇ、特徴は? 最後に見たのは?」


 女性は枝を焚火にいれながらそう聞いてきた。


「継ぎ接ぎだらけの服を着ていて……。最後はそうだな……。この剣を抱えて、光っていたと思う」


 側に置いて当た剣を持って見せる。


 俺の記憶が変でなければ、光っている様に見えていた。


 そういえばいつ剣は俺の手元に来たんだ?


「なるほど。それならたぶん、その剣に吸収されたわね」


「はぁ? どういう意味ですか?」


 あまりにもおかしな発言過ぎて、呆れてしまう。


「その剣は、退魔の剣よ。かの大戦のときに女神の力を宿して戦った物ね」


「そういう冗談はいい。そんなおとぎ話じゃなく、エマはどうなったんだ?」


 少しイラついてしまい、口調が悪くなってしまった。


「おとぎ話じゃないわ、本当よ」


 目を見つめて嘘じゃないと訴えかけてくる。


「その根拠は?」


「君が戦ったのは、そのおとぎ話の魔物だったよね?」


 そう言われて言葉に詰まってしまう。


 確かにそうだ。あんな奴が存在してるなんて。


「そう言えなくはないな。仮にそうだとして、どうすればエマをを戻せるですか?」


「そうね、女神の里に行けば何とかなるかもよ?」


「女神の里? 聞いたことないな」


「大丈夫。私が案内してあげる」


 突っ立たままの俺の前に来て、白く細い指で俺の顎を持ち上げて、目をのぞき込みながらそう言ってきた。


 青く澄んだ瞳に吸い込まれそうになる。


 カシャン、カシャン。


 突然手に持っていた剣が、ひとりでに半身程抜いたり刺したりをして、音を鳴らし始めた。


「……はっ、どうなっているんだ」


「フフ、元気な刀ね」


 女性は後ずさって、笑う。


「刀? この剣の名前か?」


「そうよ。東洋の武器、それが刀。そしてその武器には私達女神の加護が付いた特別な刀よ」


「そうなんですね……。そう言えば自己紹介がまだでしたね。俺は、ツァーリ・ジン。女神の里までの案内をお願いします」


 俺は手を差し出して握手を求める。


「まかせて、私は女神ルシア。これからよろしくね」


 俺の手を強く握って、微笑んでくれた。


 こうして俺達の女神族の里を目指す冒険が始まろうとしていた。


 ・・・・・・・・・・


 朝、日が昇る頃に目を覚ました俺は、身体の横に置かれていた刀を持って立ち上がる。


 視界に昇り始めた太陽の光が見えた。


 女神ルシアは、ひょうたんに頬をこすりつけながら幸せそうに木に背を預けて、眠っている。


「これが、エマを飲み込んだのか……」


 刀を半身程抜き、朝日に当てその刃を見つめた。


 錆も刃こぼれもなく、美しい輝きを放つ。


 今は女神の言葉を信じて、里を目指すしかないよな。


「う、う~。朝~?」


 どこか寝ぼけた声がしたので、そちらに視線を向ける。


 女神が左手で目をこすりながら、ひょうたんの中身を飲み始めた。


「もう、朝になりましたよ。これからどういうルートで向かうのですか?」


「そうね~。えっと、こっちに来て」


 女神がひょうたんを地面に置いて手招きしてきたので、側にいく。酒気の匂いが漂ってきて鼻をつまんでしまう。


「うっ、どうしたんですか」


「あ、野宿続きでもしかして臭いかな?」


 自分の服を引っ張って匂いを嗅ぎながら、そう謝ってきた。


「いや、酒の匂いに当てられただけです」


「そう? ゴメンね~、私お酒が好きでずっと飲んでるから」


 今度は一ミリも悪びれてない、謝り方だ。


「別にいいですけ、どどうしたんですか?」


「取り敢えずこの辺りの情報を共有しようと思って――」


 女神は側に落ちてた棒切れを拾って、地面に簡単な絵を描いていく。


「ここから一番近いのが公国なのは知ってる?」


「ええ、ふもとの村を抜けて三日ほどでつくはずです」


「そうそう、私は行ったことないけど行ったことあるの?」


「俺もないです。ふもとの村に商会が来たりして情報はもらっているんです」


 俺の言葉に女神が目を輝かせる。


「だったら、まずは村に行きましょう。それで、商会の馬車に乗せてもらって、公国に向かいましょう」


「村に行くのはいいですけど、最近は商会が来なくなったと聞いていますよ?」


「え~、もしかして三日も歩くの?」


 凄く不服そうだ。


「しかたないだろ? 第一、どうやって女神はこの場所に来たんだ?」


 そもそも女神がぶらぶらしてるのもおかしな話だし、何より俺は神様が実在するなんて思ってもいない。


 またしても口が悪くなってしまった。


「基本私は商人の馬車で旅をしてるの。この場所に来たのは馬車が襲われて、山中に落とされたせいよ」


 背中に怒りの炎が見えそうなくらい、に怒っている。


 これは流した方が話が進みそうだ。


「そうなんですね。あ、そういえば、とりあえず公国を目指す前に村で服をもらってきてもいいか?」


 その言葉に女神が俺の事をじっと、上から下まで値踏みするように見てきた。


「そうね、確かにその格好で隣を歩かれたくないわ」


 酷い言われようだが仕方ない。


 俺の服は所々敗れていて、血もついている。


 公国にこのままいけば山賊とかに思われそうだ。


 ・・・・・・・・・・


「お、見えてきたな」


 村の近くに来たところで、俺の荷車が見えてきた。


 昨日焦って置きっぱなしにしていたが、野生の動物に荒らされた形跡はない。


 「その荷物、勇者のなの?」


「そうです。後、俺の事はジンでいいですよ」


「そう?、なら私の事も特別にルシアって呼んでいいわよ。後、無理に敬語にしなくてもいいわよ?」


 荷車の前に行きながらそう言ってくれる。


「分かりました。そじゃぁ、村で必要なものを買おうかな」


「ええ、でも。とにかく服が優先ね」


 ルシアを先頭に、村に入って行く。


 まずはシンジに会おう。


 早朝のせいか、人の姿は見えない。


「とりあえずシンジ……領主の息子に挨拶して、服をもらおうと思います」


「え? そんなに簡単に会えるの? 確かにすごく小さな村みたいだけど」


 ルシアが驚いた声で聞いてくる。


「幼馴染なんです。ここには服屋はないし、何より同世代なのはシンジしかいないんだ」


「そうなのね。分かったわ」


 二人で一番奥にあるシンジの家を目指す。


「お、おいおい。どうしたんだよ? ジン」


 家の前に来たところで、玄関前で薪を切っていたシンジが驚いた声を出して、俺の側に駈け寄ってきた。


「シンジ、おはよう。少し家に入れてもらっていいか?」


「それはもちろん良いけど……。隣の美女は?」


「あら~、正直な子ね」


 シンジの言葉に素早くルシアが反応する。


「とにかく中で話そう」


 俺の真剣な声にすぐに真面目な顔になって、玄関を開けてくれた。


「斧を置いてくるから、三番目の部屋で待っていてくれ」


 その言葉にうなずいて、ルシアと家の中に入って行く。


 領主の家なだけあって、周りの木組みの家とは違い、石造の建物は重厚感があるように思う。


 そのうえ、廊下も長く、土地の広さもうかがえる。


 言われたとおり、三番目のドアを開けて中に入って行く。


「ねぇ? 使用人はいないの」


 ルシアが不思議そうに聞いてくる。


「いないはずだぞ? こんな田舎の領主にそんなのはいらないって、前に言ってたし」


「なかなか、変わり者なのね」


 ドアから一番手前の席にルシアは座って、長いテーブルに肘をついてそう声を漏らす。


「そうかもな」


 俺もその横の椅子に腰を下ろす。


 長い付き合いだが、この家に入るのは初めてだ。


 十人くらいは座れそうなテーブルに、あらためて、シンジが貴族なことを思い出す。


「おう、待たせたな」


 少ししてシンジが部屋に入ってきた。


 シンジは座らないで部屋の奥に行き、水をコップに入れて俺達の前に運んでくれる。


 ここからは見えないが、キッチンとつながっているようだ。


 「ありがとう。急に悪いな」


「いいって。それでどうしたんだ? そんなボロボロの格好で?」


 本当に心配してくれてるようで、何時になく声に真剣みを感じた。


 どう説明すればいいんだ?


 素直に化け物が出たとか言っても、信じてもらえないだろうし……。


「クマが出たの! その時に私をかばって怪我をしたのよ」


 ルシアはそうシンジに嘘をついた。


「クマ? この辺りでは見たことないけどな……」


 シンジが訝しげに俺を見てくる。


「それが出たんだよ。刀が無ければ危なかった」


 俺はそう言いながら、テーブルに立てかけていた刀を手に持って見せた。


「そうなのか……。とりあえず、服がいるだろ? 着替を用意してくるな」


 シンジはそう言い残して部屋から出ていく。


「のってくれてありがと」


 ルシアが肘で俺を小突いて、ひそひそとそう言ってきた。


「別に、化け物の説明をどうやってすればいいか分からないだけだ」


「それもそうね。アイツらの事を知ってる人間って、まだ生きてるのかしら?」

「その辺は後で話そう」


「そうね、ちゃんと話したいし」


「おまたせ。隣の部屋に準備したから、着替えに行こうぜ」


 シンジが部屋に顔のぞかせて、そう声ををかけてくれる。


「ありがと」


 俺は立ち上がってシンジの側にいく。


「お嬢さんは少し待っていてくれ」


 そう言ってシンジは俺についてきた。


「どうしてついてくるんだ?」


「いや、一人じゃ着れないかもしれないだろ?」


 クスクスと笑って、構わずについてくる。


「バカにしてるのか?」


「まぁ、いいから、いいから」


 立ち止まった俺を無理やり部屋に押し込める。


 部屋の中は寝室なのかベッドが置いてあって、その上に服と靴が用意されていた。


「これは……」


「親父が準備していたお前の服だ」


「どうしてこんないい物を?」


 それを手に取りながら聞く。


 村の人が来ているような服ではなく、シンジが着てるような襟付きの白シャツに、その上に着る黒いコート、そして履き心地のよさそうな黒いズボン。そのうえ長旅用に造られた少し厚手の靴まで用意してくれていた。


「どうしてって、そりゃ、殆ど無償で村のために鍛冶屋をやり続けてくれてたからだよ」


「でも、これって旅用の用意だよな?」


「ああ、そうだ。親父は何時でも村から出ていけるようにって、今年の誕生日にジンに渡すように俺に頼んでいたんだ」


「なぁ、シンジ。俺が村を出ていくと思うのか?」


「稼ぐ必要があるなら出ていくだろ? こんな小さな村じゃなく、公国で堂々と鍛冶職人を目指した方が稼げるだろうし――」


 ケラケラと笑いながらシンジは、そう返してくる

「早く着替えろよ? 俺は一言いいたくてついてきただけなんだからな」


「ああ、何が言いたいんだ……」


 心づかいの嬉しさに言葉に詰まった俺は、続けてそう言って来たシンジに短く返事を返す。


「俺に言えないことがあるのは分かったけど、それはお前の意志の行動か?」


 俺の目を見て嘘はつけないぞと、無言で言ってくる。


「ああ、俺はどうしてもしなくちゃいけない事ができたんだ」


 その目を見返して、そう返事を返す。


「それで、この村を出ていくのか?」


「そうなるな……。でも、絶対に戻ってくる」


「約束だからな」


 服を着替え終えた俺の胸に、拳を当ててきた。


 ・・・・・・・・・・


「あら、凄い似合ってるじゃない」


 部屋に戻るとルシアが俺を見て、へ~ッという感じに感想を漏らす。


「ありがとう。待たせたな」


「良いわよ、急いでないし。それで、話はすんだの?」


「まぁ一応な……」


 何かを見透かしたような言い方だな。


「そうだ、ジン。この水筒と袋も持って行けよ?」


 シンジが竹筒と巾着を手渡してくれた。


「何から何まで悪いな」


「いいって、それでお嬢ちゃんは水筒はあるのか?」


「私は大丈夫よ」


 そう言って腰につけたひょうたんを立ち上がってシンジに見せる。


「それってお酒なんじゃ……」


 シンジが若干引いている。


 さすがに驚いたのだろう。


「そうよ。それで、お酒を分けてくれないかしら?」


 「ああ、もちろん良いぞ」


 シンジはひょうたんを持っ、てまた奥に消えていった。


「おい、がめつすぎないか?」


「お金は払うわよ?」


 文句ないでしょと言わんばかりだ。


「聞こえてるぞ。ほら、お金はいらないから、気をつけてな」


 「あら、気前がいいのね?」


「美人には優しいんだ」


「フフ、刺されないようにね」


 ルシアはひょうたんを受け取って、上機嫌で部屋を出ていった。


「あ、おい。シンジ悪いな、行ってくる」


「おう、気をつけてな」


 ルシアの背中に追いついて、シンジの家を出ていく。


 俺とルシアの旅が始まった。

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