妹刀の刃

星野しほ

第1話

 「こんなものか……」


 作り終えたアクセサリーを左手で掲げながら、眺めてそう呟く。


 ふもとの村に行けば、売れる出来にはなっているだろう。


「お兄ちゃん。ご飯できたよ」


 ちょうどいいタイミングで鍛冶場の戸が開き、妹のエマが顔をのぞかせた。


「ああ、すぐに行くよ。ありがとう」


 俺はそう返事をして立ち上がる。


 額についた汗を腕で拭い、扉の方に向かう。


 エマがニコニコと、扉の前で待っている。


「何かいいことでもあったのか?」


「何でもないよ。それより早く行こ」


 エマはそう言って先に母屋の方に行ってしまった。


 その後ろ姿を見ながら、のんびりと追いかける。


 外は雲一つなく晴れていて、今日はいい日になりそうだと思った。


 ・・・・・・・・・・


「いただきます」


 テーブルを挟み手を合わせて、エマが用意してくれた朝食に手をつけていく。


 この家には俺とエマしか住んでいない。


 父は六年前に亡くなって、母はエマが五歳の頃に亡くなった。


 元々父が営んでいた鍛冶屋の仕事も時代が平和になるにつれて目減りしていき、今は俺が彫金師として、アクセサリーや家庭用の金物を作っている。


 その収入で何とかエマと暮らしているが、もう少しいい暮らしをさせてあげたいと考えている。


「どうしたのお兄ちゃん? お口に合わない」


 不安そうな顔でそう言ってきた。


 つい考え込んでしまったな……。


「そんなことない。うまいぞ!」


「良かった」


 俺の返事にすぐに笑みを浮かべる。


 本当に可愛い。


「この魚ね、直ぐ近くの川で取れたんだよ! このスープも、お兄ちゃんが野菜をもらってきてくれてたから、作ってみたの」


 楽しそうに料理の説明をしていく。


 本当に申し訳ない。もっとお金があれば良い物が食べれるのに。手を赤くして、洗い物をする必要もないのに……。


「よし決めた!」


「な、何? お兄ちゃん?」


 急に立ち上がって声を出した俺に、驚いたようにそう聞いてきた。


「今日は久しぶりに、エマに似合いそうな服を見つけてくるよ」


 エマの服は継ぎ接ぎだらの着物で、それを見てるともっと、申し訳なくなるのだ。


 「いらないよ? それよりさ、お兄ちゃんが着る服を買ってよ」


「俺か? 俺は良いよ。年頃のエマが可哀そうで嫌なんだよ」


 確かに俺も父の着古した甚平を着ているが、そんなのどうでもいい。


 分かってもらえなかったので、直接言ってしまう。


「可哀そうなんかじゃないよ。私はね、お、お兄ちゃんがいてくれたらそれで幸せなの」


 顔を赤らめて、身体をもじもじしながらそう言ってくれる。


 何とも優しい妹だ。


 これは女神か天使の生まれ変わりに違いないな。


「エマ……嬉しい言葉をありがとう。俺は幸せ者だ」


 エマの頭を撫でながら、感謝を伝えた。


 「もう、早く食べて、仕事に行かないとでしょ」


「ああ、そうだな」


 ハッとして、座り直し朝食を再開する。


 エマのためにも稼がなくては……。


 ・・・・・・・・・・


「じゃぁ、行ってくるな」


 朝食を終えて、売り物を荷車に乗せ終えて、エマがいる家の中に声をかける。


「あ、待ってお兄ちゃん」


 エマが慌てたような声を出して、飛び出してきた。


「どうしたんだ?」


「まだ、神棚に挨拶してないよ」


 「そうだったな。玄関からさせてもらうな」


 俺はそう答えて家に入り、居間の天意に飾られた剣に手を合わせる。


 この剣は何でも、父の命の恩人が持っていた物をいただいたそうだ。


 遥か東で使われていた武器だそうで、刀身は細く叩けば折れそうな感じがする。


「挨拶は大事だよ」


 俺の横で手を合わせているエマが、そう呟く。


 確かにそうなのかもしれないが、俺はそこまでこの剣が凄いとは思えない。


 なぜならこの剣は鞘から抜けなくなっていて、護身用としても使えないのだ。


「よし、今度こそ行ってくるな」


「うん、気をつけてね」


 笑顔で見送ってくれるエマに手を振って、荷車を押し山を下りていく。


 目指すはふもとの小さな村、エリトルだ。


 俺は気合を入れて坂を下っていく。


 道はある程度整備されているが、石などで荷車が揺れてうごきにくい。


 子供の頃にどうして俺達が人里を離れて暮らしているのか父に聞いたことがある。


 理由はシンプルで、木材が入手しやすく煙で人に迷惑をかけないようにしているとの事だった。


 坂を下りきり、村の入口が見えてくる。


 その入り口側の側に置かれた箱に座った男が俺を見つけて、声をかけてきた。


「よう、ジン。待ってたぜ」


 そう気さくに話しかけてきたのは、村長の息子のシンジだ。


「おう、シンジ。どうしたんだ? わざわざ入り口で」


 目の前で立ち止まって、不思議に思って聞く。


「新作のアクセサリーが欲しいんだ。誰よりも早くな」


 白い歯を見せて肩を叩いてくる。


「また、ナンパに使うのか?」


 呆れて俺はその手を払う。


「いいだろ? お前のアクセサリーは、イケてるんだ」


 そう言われると悪い気はしないが、シンジの女癖の悪さはどうにかすべきな気もする。


「何時か刺されるぞ」


「大丈夫、大丈夫。うまくやるから」


 「……はぁ、これなんかどうだ?」


 俺は荷台から新作の四葉のクローバーをあしらった指輪を見せた。


「いいね、買った」


「毎度あり。この後は村を回るが、困ってそうな人はいるか?」


 商売のついでにそう尋ねる。


「そうだな~。あ、ミカエラのばあさん、鍋を焦がして困ってたな」


「ありがとう。まずはそこから行ってみるよ」


「おう。またな」


 俺は荷台を押しながら村に入って行く。


 俺は自作の物を売る以外に、村の困りごとの相談に乗っていた。


 色々と家を回るうちに、そういう相談に乗るのが増えたからだ。


 何時しか俺は便利屋として認知されていた。


「おう、ジン。寄っていくか」


 肉屋のおじさんが声をかけてくる。


「あら、ジンちゃん。お野菜持っていきな」


 八百屋のおばさんがその後すぐに声をかけてきた。


「また後でよらせてもらいます」


 二人に頭を下げて、ミカエラさんの家を目指す。


 ・・・・・・・・・・


「ありがとね、ジンちゃん」


 俺が渡した新品の鍋を見ながら、ミカエラさんは笑みを浮かべる。


 「いえ、この間の野菜のお礼ですよ。それより、どうして買い替えなかったのですか?」


 俺以外にもこの村には公国のキャラバンが物資を売りに来ているはずなので、疑問に思い聞く。


「そうなの、聞いてよ。最近この村には物資の搬入がないのよ。おかげで金物は特にみんなが困ってるはずよ」


 本当に困っていたようで、声に元気がない。


「何が原因は聞いてますか?」


「村長に聞いても、分からない。手紙は出してる。と、だけしか言われないのよ」


「それは困りましたね……あ、ついでに包丁も研ぎますか?」


「あら、助かるわ。お願いするわね」


 包丁を取りにミカエラさんは一度家の中に姿を消す。


 今日の商売は物販よりも修復がメインになりそうだ。


 この村には鍛冶屋はいない。それどころか、公国、王国、帝国、皇国、のお抱えの物にしか武器が作れないように鍛冶屋の商売が禁止されているので、そういう商売をしてるもの自体がこの世界には少ないはずだ。


 この村の領主である公国の貴族は、俺の事には気がついていないので今のところお咎めはないが、もしばれたら処刑も免れない。


 それほどに鍛冶屋は粛清されたのだ。


 それでも生きていくために、俺は続けている。


 そのおかげでこの村を救えたのだから、良かったと思う。


 村の人たちの刃物を研ぎ終わる頃には、日が沈み始めていた。


「よう、商売は終わりか? ジン」


 荷物をまとめていると、シンジがそう声をかけてくる。


「ああ、終わったよ。どうしたんだ? ほっぺに手形がついてるぞ?」


 シンジの右頬にはくっきりと赤い手形がついていて痛そうだ。


「ああ、彼女に色々バレてな。ま、大丈夫だよ」


 へらへらと笑っているが、本当に大丈夫なのだろうか?


「それで、何か用か? 言っとくが、ナンパの道具はもうないぞ?」


「ハハハ、厳しいな。そうじゃないって、皆の刃物研いでくれたんだろ? 村長の息子として、お礼に来たんだよ」


「そんなのいいよ。そういえば、どうして公国の商人はこの村に来なくなったんだ?」


 村長の息子なら何か聞いてないかと聞いてみることにした。


「……ここだけの秘密だぞ――」


 俺の側に来て、耳打ちでそう言ってくる。


「公国から手紙が来なくなったんだ。それどころか、こちらの要請もフル無視だ」


 キョロキョロと辺りを警戒しながらそう教えてくれる。


「まさか戦争か?」


 声を落として、驚きながら言う。


「それはないと思いたいが、最近は皇国も怪しい動きをしてたからな……」


 何時になく真剣な声だ。


「教えてくれてありがとう」


「いいって、それより家に食事に来ないか? もう遅いし」


「悪いな。妹が待ってるから帰るよ」


「そう言うと思ったよ。妹さんにもよろしくな」


 シンジは手をひらひらさせて、家の方に歩いて行く。


 何時も真面目にしてれば、もう少しモテそうなのにと思った。


 ・・・・・・・・・・


 荷物をまとめ終えて村を出ようとした時に、異変に気が付いた。


 山の途中、俺の家の付近から黒煙が上がっているが見える。


「何事だ?」


 そう声を漏らして、荷物を置いたまま走って山を登っていく。


 エマ、無事でいてくれよ……。


 息を切らしながら、休むことなく上る。


 道中、草で顔を切ってしまったがその痛みよりも、息が切れた苦しさよりも、エマが心配でたまらなった。


 村に行くよりも倍以上の速度で家の前につく。


「エマ! 無事か」


 鍛冶場も母屋も赤い炎に包まれていて、今にも崩れそうだ。


 母屋の玄関をけ破り、声をあげながら中に入る。


 家の中は煙の臭いのほかに、獣のような臭いがしていた。


 まさか、クマが入ったのか? エマはどこかに隠れているんだよな?


 無事を祈りながら、進むと庭の方に人影とデカい何かの影が煙のすき間から見えた。


 外に逃げたのか、早くクマを追い払わないと。


 俺はそう考えながら、窓を開けて外に飛び出す。


「グルルルル……」


「な……なんだ……」


「む? まだ人間がいたのか」


 俺のもらした声に“そいつは”俺の存在に気が付いて振り向く。


「化け物……」


 そうとしか言えなかった。


 ネズミのような皮膚の色に、豚のような顔。


 見たことがない生き物が、デカい木槌担いで俺も見据えている。


「お兄ちゃん……逃げて」


 その声にハッとする。


 化け物の足元で、エマが神棚に飾っていた剣を抱いて倒れていた。


「エマ! 今、助けるぞ」


 俺は駆け寄って、勢いのままに蹴りを化け物にいれる。


「人間ごときが。フン!」


 まったく蹴りはきくことなく、俺は林の木まで投げ飛ばされてしまった。


「お兄ちゃん!」


 エマが悲鳴のような声を出す。


「つまらんな……。とっとと殺して、このメスを食らうか」


 化け物が俺の方にゆっくりと近づいてくる。


 強くぶつかったせいか、息も苦しい。


 目がかすむ。


 どうすれば妹を、エマを守れるんだ。


 俺は自分の無力さにむなしくなってきた。


 力が欲しい……。


「な、何だ?」


 化け物が突然動揺したような声を上げた。


 手放しそうになっていた意識を戻して、前を向く。


 エマの体が光って見えた。


 どうなって……。


『お兄ちゃん。戦って』


 耳元でエマがそうささやいた気がした。


 俺の手にはいつのまにか剣が握られている。


 俺はそれを杖の様にして立ち上がった。


 視界がかすんでいるせいかエマが見えない。


「なんだ? 武器なんか持ってやろうってんのか?」


 立ち上がった俺に、そう言ってくる。


「ああ、やってやる」


 鞘に手をかけて、抜こうとする。


 以前は抜けなかったのに今回は簡単に抜けて、輝く刀身を見せてくれた。


 以前見た騎士の剣に比べて、全体的にやっぱり細い。


「そんな棒切れみたいな剣で何するんだ?」


 化け物が煽ってくる。


 俺は導かれるように構えて、化け物の方に走っていく。


「ぶぉぉぉぉっぉ」


 雄たけびを上げて、振り下ろされた木槌を回転しながらかわす。


 その勢いのままに刀を薙ぎ払って、化け物の腹を斬る。


「グルッ、テメエ」


 三歩ほど下がり、目を血走らせて、すごんできた。


「次で決める」


 構えなおして、剣を振り下ろす。


「くぅぅっ」


 化け物は木槌で防ごうとしたが、それごと斬りつける。


 木槌は折れて、ただの棒になった。


「俺の勝ちだな」


「舐めるなぁぁぁ」


 俺の言葉の怒ったのか棒を投げ捨てて、拳を振り下ろしてくる。


「終わりだ」


 その拳がとどく前に懐に入って、首を斬り落とした。


 剣を振って、血を飛ばし鞘に剣をなおす。


「いや~。見事、見事」


 林の奥から声が聞こえてきて、警戒しながら顔を向ける。


 奥から出てきたのは、透き通る青い髪に浮世絵離れした白い肌の女性だった。


「何者だ?」


 後ろで燃えて崩れ始めてはいるが、この場所は俺達の家の敷地の中だ。


「あ~、怖い顔をしないで? 敵じゃないから――」


 そう言いながら手に持っていたひょうたんのフタを開けて中身を飲みだす。


 アルコールの匂いが、俺の方まで漂ってくる。


 単なる酔っ払いか?


 いや、しかし……。


 思考をまとめようにも、足がふらつき視界がかすむせいでうまくいかない。


「もう、そんなに見つめないでよ。勇者君」


 俺が喋らないでいると胸を左手でかばいながらそう言ってきた。


「いや、見てないんだが……。勇者って?」


「そう? あ、燃えてる~。えーい」


 俺の言葉には答えず、燃え続ける家の瓦礫に手をかざす。


 すると地面が盛り上がり、土が瓦礫を飲み込んだ。


「お前、魔導国の人間か?」


 ますます警戒を強める。


 こいつが魔導国の人間なら俺のような魔力を持たない者は、家畜のように殺すはずだからだ。


「違うわ~、私は女神。女神ルシア、よろしくね」


 ふらふらと千鳥足で俺の側に寄ってきて、握手を求めてくる。


 だが俺はその手を掴むことができなかった


 先ほどの戦いのダメージで、意識を保っていることに限界が来てしまったようだ。

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